同情はするが、救えないな。
「さて、いよいよリリアナさんのご実家に突入する訳ですが……私は聖女様に諭された通り、身分を明かせません。お恥ずかしい話ではありますが、サリアとミーシャが頼りになってしまいます」
「ん。任せて」
「私もできる限り尽力いたします」
二人の返事が心強い。
緊張した様子のリリアナを横目で見ながら、私はリリアナの実家の扉を叩いた。
「こんにちはー。いらっしゃいますかー?」
すぐには扉が開かれず、しばらくノックすることになった。
もしかして居ないのかなと思った矢先、鬱陶しそうな表情のおじさんが現れた。
「なんだ! しつこいな! こんな朝早くに何の用だ!」
うわぁ。短気そー。
いきなり尋ねたこっちも悪いが、お客に対する態度がこれか。
難航しそうな気配がしたものの、ひとまずは交渉の席に付かなければ。
「私たち、リリアナさんのご友人で――」
そう言った瞬間、扉を閉められそうになったので、慌てて足を挟んだ。
「――いっ……」
くそ……勢いよく閉められたから結構痛い。
でも、ここで逃げられたら全てが無駄になる。
大事なところで身体を張るくらい、なんてことない。
私の決死の妨害は、サリアのやる気に火をつけたようだった。
彼女は静かに、けれど怒気を孕んだ声色で、リリアナのお父さんに告げた。
「友達の家が困ってるから支援の話をしにきたのに、その態度はなに? しかも私の大切な人を傷つけて。これじゃあ支援の気も起きなくなる」
サリアの言葉に、彼は訝しむように聞き返してきた。
「支援だと?」
「私はサリア・メイ・ラ・グランツ。友達が困っていると聞いて、金銭支援を打診しにきた」
「グ、グランツ家!?」
没落しても元貴族。
高位貴族の名は知っているのだろう。
急にしおらしくなった彼へ、サリアは追撃をかけた。
「いま謝るなら、支援の話を継続する。謝らないなら、これは持って帰る」
そう言ってサリアが取り出したのは、ひとまとまりの札束。
実家の資金ではなく、サリアのポケットマネーなのだけど。
見せ金として、結構持ってきてくれたらしい。
これがあと何束もあり、少しなら渡しても構わないと言っていた。
本当に、サリアには頭が上がらない。
現金が効いたのか、彼は手のひらを返して私に謝罪した。
「大変申し訳ない! 新しい取り立ての仕方かと勘違いして、拒絶するような真似をしてしまいました! ささ、どうぞ中へ!」
閉ざされそうになった扉が開かれ、私たちは中へ入った。
これで第一段階クリア。
とりあえず、交渉の席にはつけそうだ。
没落した家なので、さすがに応接室はなかったが、無駄にでかいソファのある部屋があった。
そこに通され、私たちがソファに座り、リリアナのお父さんは床にひざまづいていた。
没落しても、貴族根性は残っているらしい。
庶民に落ちたからか、より一層その意識は強いようで、上の立場にあるサリアにかなりへりくだっていた。
「グランツ様。この度は、支援の申し出、誠にありがとうございます。先ほど、友達とおっしゃいましたが、我が娘とはどのようなご交友を?」
「……」
まずい。サリアが固まった。
友達とは言ったものの、まだ日が浅い。
口下手なサリアには、交渉なんてまだ早かったんだ!
むしろ、交渉の席まで持ってこれただけでも、だいぶ凄い。
自分で言うのもなんだが、私が傷つけられたことで不思議パワーみたいなものが発揮されたんだろう。
その奮起がおさまったからか、明らかに勢いがなくなっている。
今にもこっちを向いて助けを乞いそうな雰囲気だ。
どうしようかと思っていると、ミーシャが助け舟を出した。
「私たちは、休日にお出かけしたりする仲でして、リリアナさんの商売も手伝っています。最近では、魔道具も一緒にお作りいたしました」
魔道具と聞いて、明らかにリリアナのお父さんの顔色は悪くなった。
リリアナのお金をふんだくったのがバレるとまずいと思ったのだろう。
実際はもう知っているのだけど、彼はあからさまに話を逸らしにきた。
「ええと、あなたはグランツ様のご友人ですか?」
リリアナの、って聞かないところが、地位で相手を図る小物だなと思う。
それに対し、ミーシャは綺麗に対応していた。
「そうですわね。かなり深く交友させていただいている、ミーシャと申します。私の実家も、こちらのサリアさんと同じ家格は持ち合わせていますが、私はいち友人としてリリアナさんの隣にいるので、家名は控えさせていただきます」
はぇー。奴隷身分の開示は、そういう避け方があるんだ。先に素性を明かすことで、これ以上突っ込まれるのを阻止している。
たしかに嘘は言ってないものな。
サリアの呼び方も、わざと『様』と呼ぶのを避けることで、同じ家格だとアピールしているのかな?
ついでに、リリアナの友を強調することで、私たちは彼女の味方だと示していることにもなる。
どうやらこれが効いたようで、彼はミーシャにもへりくだっていた。
「家名を名乗られなかったので、失礼ながら、ミーシャ様と呼ぶことをお許しください。この度は、我が娘と関係を築いていただき、誠にありがとうございます。このようにやんごとなき方々とご交友を持つとは、我が娘ながら誇りに思います。そちらに控えているお嬢様も、名家の方なのでしょうか?」
おっと。こっちに飛んできた。
三人とも家格が高ければ、全員から支援をむしり取りたいのかな?
随分よくばりな人だこと。
まぁ、私はただの庶民だけどね。
「私はただのレイナです。それ以上でも、以下でもありません」
「そうですか。あなたも類稀なご友人をお持ちなのですね」
あからさまに興味がなさそうだな。
それが気に障ったのか、ミーシャは当て擦りをするように、先ほどのことを掘り返した。
「ところでレイナ様。先ほど足を挟まれたようですが、お加減はいかがですか?」
サリアに対しては敬称を変えたのに、私の呼び方は変えていない。
これで、私がやんごとない身分にいるみたいな構図ができあがるのか。
さらに私をおもんぱかることで、ミーシャが気にかけるほどの人物に、怪我をさせたみたいになるんだね。
それを悟ったのか、リリアナのお父さんは顔が真っ青になっている。
あんまり脅すのも可哀想なので、ここらで話を収めることにした。
「あぁ、少し痛みますが、心配しなくてもいいですよ」
「心配だから治しておく」
サリアがわざとらしく立ち上がって、私の前にひざまづき、怪我を治してくれた。
心配ないって言ったのに。痛みは引いたけれど、リリアナのお父さんの血の気も引いてる。
だって、サリアほど家格の高い人物に膝をつかせるなんて、普通なら異常だからな。
いまさら慌てて頭を下げてきた。
「本当に申し訳ございません! 取り立て屋と勘違いしてしまって……どうかご容赦願いたく……」
こんな可愛い取り立て屋がいるもんかよ。
ただの言い訳だと思ったのだけれど、ミーシャはここから話を広げていった。
「取り立てですか。誰が来るかも判別できないほど、方々にお金を借りているのですか?」
頭をあげた彼は、己の恥部とも言うべき事柄を、隠さずに披露した。
「借りている場所は少ないですが、額が額でして……」
そうな。明らかに家の規模とあってない調度品が多いものな。
貴族の暮らしが忘れられなくてこうなっているのだろう。
同情はするが、救えないな。
「そうですか。そのお金はどこから返済しているのですか?」
痛いところを突かれたのか、リリアナのお父さんは固まって動かなくなった。
それを、サリアとミーシャが睨みつける。
蛇に睨まれた蛙という言葉が前世にあったけれど、私的には王様に睨まれた庶民、みたいな構図だ。
このままだと支援が貰えないと思ったのか、彼は事実を綺麗事で柔らかく包みながら伝えてきた。
「リリアナが家のためにお金を稼いでくれていましてね。そのおかげで、我が家はなんとか回っていました。本当に、よくできた娘です」
まぁ本当によく回る口だこと。
さて。ここからが大事なところだ。
ミーシャがいい感じに話を運んでくれているから、私は邪魔しないよう黙っていよう。
頼んだぞ、ミーシャ。




