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一度傷ついた心は、そう簡単には癒えないんだな。

「私の家は、前にも言った通り、貴族でした。とは言っても、下から数えた方が早いような、下位貴族でしたが。そんな私にも、物心ついた頃からニール様という婚約者がいました。なんでも、先代からの約束で、互いの家に同世代の異性ができたら、結婚させようとのことだったらしいのです」

「生まれる前からの婚約ですか。聞いた感じではあちらの方が家格は上ですが、向こうも乗り気だったのですか?」


 理由もない施しが怖いと言っていたからニールの家が関わっているのかと思ったが、そうなるとリリアナが好いている意味もわからない。

 どういうことなのかと思惑をめぐらせていると、リリアナは続けた。


「なんでも、先代はニール様の家に、手助けをしたことがあったようなのです。それが原因でウチは下位貴族のままとなったのですが、あちらは、それをきっかけとして家格の高い貴族としての立ち位置を確立しました」

「そうなんですね。リリアナさんの家の先代は、かなりのお人好しだったのでしょうか?」

「そのようですね。私が幼い頃に亡くなっているので、お会いした記憶はほとんどありませんが、ニール様の家は大変恩義を感じていたようです。そして、孫である私たちの生まれが近いことから、婚約の話に至っています」

「近いというと、全く同じではないのですね?」

「ニール様が二個上です。だから、そろそろ学園の卒業話も出始める頃ですね」


 そうか。別に三年制というわけではないものの、三年も経てば、職業技能を習熟したと認められ、卒業する段階に入ってくる。

 長いと五年ほどかかる場合もあるらしいが、だいたいは三年らしい。

 そうなると、彼女がニールと一緒にいられる時間は、少なくなってくるんだな。


 なにがそこまで彼女を突き動かしているのかは知らないけれど。

 だって、生まれる前からの約束だ。

 お互い、そんなに大事に思わなくても良い気がするのに。


 それとも、貴族の約束事というのは、そんなにも大事なのだろうか?


「生まれる前の婚約なのに、リリアナさんは彼に思いを寄せているのですね」

「そうですね。初めは婚約者だから一緒にいたのですが、いつしかニール様のことを心からお慕いするようになりました」

「それは、なにかきっかけがあるのですか?」


 リリアナは思い出を探るように考え込んだ後、やがて口を開いた。


「……そうですね。やはり、周りの悪意から引っ張り出していただいた時でしょうか?」

「周りの悪意、ですか?」

「私たちの事情を知らない方から見れば、下位貴族の私が、甘い汁をすするためにニール様の家に擦り寄っているように見えたようなのです。ですから、周りのご令嬢から、沢山嫌がらせは受けました」

「あぁ……家格が高い家なら、自分の家こそが相応しいと思う方もいるかもしれませんね」

「そうです。そういう理由で、私は嫌われていたようです。お茶会に呼んでは家格の違いを見せつけて、できない芸事をやらされ恥をかかされる。そんなことは頻発しておりました」


 どこの世界でも、いくら偉くなろうとも、そういうことはあるんだなぁ。


「それで、リリアナさんはどうしたのですか?」

「私はそこまで強くはなかったので、すぐに引きこもり、ニール様と会うのを拒絶しました。彼との婚約が原因なら、それがなくなれば平和になる。そんな浅はかな考えで、拒絶していたのです」

「……それって、ご両親は許してくださらないのでは?」


 まだ会ったことはないが、リリアナから聞いてる話だと、そういう時は怒りそうな気がする。

 その考えは当たっていたようで。


「はい。なんとかして私をその気にさせようと、あの手この手を使ってきました。ニール様の家と結婚できなければ、弱小貴族ですからね。両親も必死だったと思います」

「それで、その後リリアナさんはどうしたのですか?」

「どうもしません。ただひたすら、嵐がすぎるように引きこもって、自分の世界にいました。けれど、ニール様がそれをこじ開けてくれたんです」

「こじ開けた、ですか。あまり穏やかな言葉ではないですが」

「そうですね。物理的に扉を壊したりもしていましたから」


 物理的に扉を壊すって。結構やんちゃな人だな。


「そんなことする人、よく怖気付きませんでしたね」

「最初はびっくりしましたよ。そして、なんて非常識な人だとも思いました。おかげで私の部屋の扉は一時使い物にならなかったですし。けれど、しばらく私の家に滞在し、ずっとお話ししてくれました。家の事情で結婚するのが嫌なら、しなくてもいい、とも。それを聞いて、かえって興味が湧きました。この人は家にとらわれず、自由な思想を持っているんだ、と。そして、その人が、私に興味を持って、引っ張り出そうとしてくれている。それが嬉しくてたまらなくて。気がついたら恋に落ちていました」


 ほー。そんな過去があったんだ。

 ……でも、それが理由のない施しとどう関係するんだろう?


 嬉しそうに語るリリアナの話にケチをつけるのは野暮だけど、どうしても気になる。

 リリアナがどうやって、今の彼女になったのかが。


「先ほど、面白くない話とおっしゃっていましたが、今は幸せな話に聞こえます。ここから何か、とてつもない悪いことが起こるのですか?」

「そうですね……結果的に、ニール様を横取りされそうになることがありました」

「結果的に、ですか……偶然そうなった、という感じでしょうか」

「そこは意図的でしたね。唯一私と仲良くしてくださった貴族のお友達が、最初からニール様を目当てにしていたのです。そうと知らず、私は仲良くなって。そして、両親も、その家の子と家族ぐるみの付き合いを始めました。それが向こうの狙いだったとも知らずに」


 え、なにこわい。一体何があったんだ。


「狙いというと、何かやろうとしていたんですか?」

「おいしい話があるから一緒にどうかと勧められた事業がありまして。その頃にはだいぶ付き合いも深かったものですから、私たちは簡単に信じてしまいました。それが、没落のきっかけとなる、穴だらけの事業だったのです」


 あぁ。そこに繋がるんだ。

 でもなんで、リリアナの家を罠に嵌めるようなことをしたんだろう。


「その子の家は、なぜそんなことをしたのですか?」

「その子も、その家も、ニール様と婚約したがっていたのです。それには、先にいる私が邪魔ですから。所詮は下位貴族。再起不能の経済打撃を喰らえば、結婚どころではなくなると考えたのでしょう。事実その通りとなり、私たちは没落しました」


 ……軽く話しているけれど、友達に裏切られるのはショックだったろうな。

 しかも、だいぶ仲良くしていたようだし。

 あっさり話しているけれど、そんな気がする。


 そんな過去があれば、施しを受けるのに渋るのも分かるな。

 最初にミーシャが助けようとした時も、すぐには乗らなかったし。


 過去のことがちらついて、素直に受け取れなかったのだろう。


 でも、私たちは絶対にそんなことはしない。

 それを分かってもらいたくて、リリアナの目を見ながら、真剣に告げた。


「私たちはリリアナさんの味方ですからね。絶対に、見捨てたり、裏切ったりしませんよ。あなたに信じられなくても、貫き通しますから」


 リリアナは少し目をうるませて、けれども素直には頷かなかった。


「私も仲良くしたいとは思っています。けれど、完全に信用しきれるほど、無謀ではないつもりです。だから、その言葉が嘘でないことを願うしかないですね」


 一度傷ついた心は、そう簡単には癒えないんだな。

 ……まぁいい。

 リリアナがどう思っていようと、こちらのやることは変わらない。

 責任持って彼女を助け、安心を与えるだけだ。


 そう思っていると、リリアナの背後からにゅるりと手が伸びてきて、彼女を捕らえ、ベッドから引きずり下ろした。


「何しようとしてるんですか。あなたはこっちですよ」

「抜け駆けは許さない」


 ミーシャとサリアだ。

 どうやら向こうも話が終わっていたらしい。

 タイミングがよかったのは、途中から聞いていたのかな?

 リリアナは頬をかきながら、曖昧に笑っていた。

 

「あはは……そんなじゃないですよ」


 二人は何も聞いてなかったかのように、リリアナを引っ張って、あちらのベッドに収まった。


 うーん。どこから聞いていたんだろう。全く気が付かなかった。

 聞かれていたとしても、やましいことなんてないけれど。


 二人も、リリアナに対する気持ちが同じであればいいなと思った。


 そんな風に、夜がふけていく。

 乗り込みの直前とは思えないほど、穏やかに。

 

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