最初からやっていればよかった。
私たちが近寄ると、こちらに気がついた人たちが避けていく。
人だかりが割れて、リリアナまでへの道ができていた。
これ知ってる。モーセの海割りだ。
こっちの世界に聖書はないから、言っても伝わらないけど。
まぁ、それはいい。問題は、この短時間で何があったか、だ。
「どうしてこうなったのですか、リリアナさん」
原因を知っているであろうリリアナに尋ねてみるも、彼女も分かっていないようで、首を振った。
「それが、皆さんがいなくなってから、人が沢山やって来たのです。皆さんと離れるつもりはありませんが、ここまで変わるなんて……」
しょんぼりしているリリアナが居た堪れない。
私たちのせいで売り上げが落ちていたと証明されたから、彼女も落ち込んでいるのだろう。
どう慰めようか迷っていると、集団の中にいた一人の男子生徒が、及び腰になりながらも、こちらに要求してきた。
「なんでもいいが、早くその魔道具を売ってくれ。売り切れる前に買いたいんだ。人が集まってくる前に早く」
一人が声をあげたからか、周りもそれに続いて声をあげた。
そうだそうだ、早くしろと、合唱が始まる。
あれ? もしかして、普通に魔道具が欲しいだけ?
「私たちを避けて近づいてこなかった訳じゃないんですか?」
そう問うと、先ほど要求してきた男子生徒が、顔をしかめながら言った。
「先にここを通った奴らは知らないが、俺はその魔道具が、火柱を防ぐ場面を見たからここにいる。お前たちがいようがいまいが関係ない。魔道具が欲しいから買いに来ただけだ」
その声に、他の人間も同調している。
自分の方が先に来ているから早く買わせろという声が多い。
サリアの魔法に、ここまでの効力があったなんて。
最初からやっていればよかった。
きっかけは最悪だけど、結果的には良かったのだろう。
ここまで人が集まってくれたのだから。
ただ、このまま売ると、これはこれで問題が起きそうな気がする。
ニールがあれだけ買ったんだ。他の人に同じ買い方をされると、一瞬で無くなるぞ。
それは争いが起きそうなので、急遽ルールを設けることにした。
「わかりました。きちんとお売りいたしますので、列になってください。ただし、一回に購入できるのは、一種類ごとに三個ずつまでです」
そう宣言すると、先ほどの男子生徒が噛み付いて来た。
「三個ずつだと!? さっきのやつはもっと沢山買っていたじゃないか!」
なんかもう、この集団の代表者みたいになってるな。
一人相手にするだけでいいから楽だけど。
「あれは最初のお客様だったからです。ここまで集まっていただけることは、あの時点では想定していなかったので。ここにいる皆様に購入いただけるよう、どうかご理解ください」
「だが、使い切りなのだろう? 九個買えたとしても、心許ないくらいだ」
「これ以上買いたい場合は、二週目を並んでいただくか、明日以降にまた来てください。ご納得いただけないようであれば、お売りできません」
「……わかった。それでいい」
買えないのはよほど困るのか、押し寄せていた集団が、素直に列を作り始めた。
後ろに並ぶのを嫌がる者もいたけれど、数は足りるであろうことを伝えれば、わりとすんなりと並んでくれた。
それでもごねる者もいたけれど、足りなくなった場合でも、並んでいれば、明日以降に優先購入できる整理券を発行すると伝えたら、しぶしぶながらも従った。
そうして休む間もなく、全員で品物を売り捌いていって。
並んでいるのが人を呼ぶのか、さらに人が集まった。
必死になって列を捌いているうちに品物がなくなり――。
「ごめんなさい! 今日の分は完売です! 明日も売るので、今並んでいる人は、整理券を受け取ってから離れてください。明日以降は整理券用の窓口を作るので、持っている人はそちらに並んでくださいねー」
そう告げると、整理券を受け取った人たちは立ち去っていった。
売るものがなくなり、人がいなくなって閑散とする。
撤収作業をしていると、リリアナがこちらに寄ってきて、お辞儀をした。
「ありがとうございます! おかげで全部売れました! サリアさんがニール様を攻撃した時は正直むかつきましたけど……結果的に売れたので、あれで良かったのかなと思います」
「……まぁ、サリアは突飛なことをする子ではありますが、悪い人ではないので。よければこれからも仲良くしてあげてください」
「はい! 皆さんとは仲良くしていきたいので、よろしくお願いします!」
「あと、ごめんなさい、リリアナさん。あなたはお金が優先と言っていたのに、勝手に個数制限をかけてしまって」
「いえ、あれだけ人がいたのに、買えない人がいたら評判が悪くなって、今後の売り上げに影響しますから。いいと思います」
「それなら良かったです。明日も沢山売れるといいですね」
「私としては、正直足りるか不安なのですけど……」
リリアナのその言葉がフラグだったのか――。
翌日、多めに工房から魔道具を持ってきたけれど、あっという間に行列ができて、一瞬でなくなった。
それを踏まえて、次の日は在庫を全て持ってきたのだけど……それもあっという間に売れてしまった。
初見の人もいたが、リピーターが多く、売っても売っても足りない状況だった。
結局数が足りないまま、売り終わってしまって。
完全に売り切れたと伝えた瞬間、暴動が起きそうな雰囲気になったのだが。
リリアナが再販を宣言すると、一気に収まって、集団は解散した。
これには、思わず呆れのような、感嘆のような言葉がでてしまう。
「……すごかったですね」
私が呆けていると、リリアナが乗ってきた。
「それだけ、サリアさんの魔道具が良いものだったんですよ!」
「あんなおもちゃでここまで売れるなんて、ぼろ儲け」
なんてことをサリアが言うものだから、つい反射的にとがめてしまった。
「ダメですよ、サリア。自分の発明の価値を貶めるようなことを言っては。解析を手伝ってくれたミーシャにも失礼です」
「…………ごめん」
お。今回は謝罪を促す前に謝っている。
情操が育ってきているみたいで嬉しいな。
ただ、謝罪をされたミーシャは、あまり気にした風ではなかった。
「別に気にしていませんわ。そもそも、サリア様が構築した術式がなければ、品物にはなりませんでしたもの。レイナ様もおっしゃっていましたが、もう少しご自分の成果を誇ってもよろしいのですよ」
「わかった。私はすごい」
「そうですわね。サリア様は天才です」
二人の掛け合いが微笑ましい。
皆、嬉しいんだろうな。
けれど、なんかこう、もっと喜びを分かち合いたい。
そう思って、一つ提案をしてみることにした。
「週末も近いですし、魔石を仕入れるのに一度集まりますよね? その時に、今回のお祝いをしませんか?」
「いいですわね。どこでやるのでしょうか?」
「お菓子を食べに行くのはどうですか?」
「お菓子……!」
サリアの目が、きらきらと輝く。
ここまで反応するなんて、なんか意外だ。
「サリアはお菓子が好きなんですか?」
「頭を動かすために必要な糖分が効率よく取れるから好き」
なんじゃそりゃ。
絶対それだけじゃなさそうな雰囲気だったろ。
……まぁいい。彼女なりの照れ隠しだと思って、多めに見よう。
「リリアナさんはどうですか? 一緒に行きませんか?」
「私もいっていいんですか?」
「もちろん。二人もいいですよね?」
「ええ。当然ですわ」
「構わない」
「だそうです。週末はよろしくお願いしますね」
「はい! 楽しみです!」
きっと、楽しい会になるはず。
そう思って、その日を心待ちにしていた。
――だけど。
当日集まってみると、一人だけ暗い顔をしている人がいた。




