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悪役令嬢は、悪役だから悪役令嬢なのだ。

「レイナ様。制服のリボンが曲がっていますわ」


 そう言って、私の胸元にあるリボンをいじるミーシャ。

 ダンスパーティーに、ミーシャへの勅命と、色々あったものの、それらが過ぎれば日常に戻る。

 イベントが連なって、休みがあったという気がしなかったけれど。


 世界というのは、個人を待ってくれるほど優しくなくて。

 問答無用で新たな日々が始まった。


 私の隣には、サリアと、奴隷となったミーシャ。

 一人じゃないのは嬉しいのだけど……。


「……そのレイナ様って呼び方、やめませんか、ミーシャ様。なんだかむず痒いです」

「レイナ様こそ、私にへりくだるのをおやめください。私はあなたの所有物です。奴隷にかしこまる主人などおりませんよ?」

「そうは言ってもですね……」


 私が口篭っていると、隣にいたサリアが変なことを言い出した。


「なら私が命令する。跪いて靴を舐めて」

「私はレイナ様の奴隷ですので。いくらご友人であろうとも、サリア様の命令は聞けません。レイナ様がおっしゃるなら別ですが……」


 そこで私に振るなよ!

 嫌だよ靴舐めなんて!


「しなくていいですから、そんなこと! 普通にしてくれていればいいです!」

「本当にいいのですか? 私に命令し放題なのですよ? 好いた相手をめちゃくちゃにできる権利があるのに、何もしないのですか?」


 ミーシャが私の心を煽ってくる。

 

 そりゃ、何も思わないわけではないけど。

 無理矢理なんてしたくないし、そもそもミーシャを、キャラクターではなく、一人の人間として扱うと決めたのだ。

 いくら奴隷になったとしても、彼女の意思を尊重したい。

 好きに命令できるからと言って、嫌なことはさせたくないから。


「しませんよ。奴隷になっても、ミーシャ様はミーシャ様です。私は今まで通り扱いますからね。周囲の方は、そういう訳にはいかないと思いますが」


 取り巻きだったご令嬢とかな。

 結局、筆記用具壊したのはミーシャじゃなかったらしいし。彼女がトップに君臨していた時でもこれなのだ。周りは余計に調子に乗るだろう。

 

 今更ゲームのことを引き合いには出したくないが、ミーシャが奴隷になるルートは一つもなかったから、何が起こるか予想がつかない。


 対策も立てられず、後手に回りそうだ。

 まぁ、それが現実というものだろうが。

 決まっていないはずの未来がわかるなんて、そんなことはあり得ないのだから。


「……そうですか。ですが、私は呼び捨てにしていただかないと困ります。奴隷をうやまう主人はおりません。そんなことをしていれば舐められるのはレイナ様であり、聖女という立場も軽んじられてしまいます」


 ……なるほど。私の気持ちだけを押し通していると、聖女関連の人たちに迷惑がかかるのか。

 未だミーシャはご令嬢という印象があるけど……。

 仕方ない。ここは腹を括ろう。


「わかりました、ミーシャ。次期聖女であるが故に、外では口調を崩せませんが、敬称は外すとしましょう」

「わかっていただけたようで嬉しいです」


 話がひと段落。かと思ったら、サリアが掻き回すようなことを言った。


「レイナが口調を崩すのは私にだけ。友達で、対等だから。奴隷は命令をされても、対等じゃない」

「サリア……なんでそこで張り合うのですか」

「私はこれから、片時もレイナ様から離れません。ご友人であるサリア様では、共に過ごせない時間もご一緒いたします」

「ミーシャまで……喧嘩しないでくださいよ」


 はぁ。なんか、私は二人との仲が深まったけれど、当人たちはあまり相性がよくないみたい。

 

 サリアは、私に命をかけさせて、直後に酷いことを言ったミーシャに対して思うところがあるようだ。

 まぁ、気持ちは分からないでもないけど。

 共にいる時間も長くなるのだから、もう少し歩み寄って欲しい。

 

 ミーシャの方は、なんでサリアにつっかかるのは分からない。

 サリアの人当たりが悪いのは確かだけど、それで怒るほど器量が狭いミーシャでもあるまいし。


 二人とも、もう少し仲良くしてくれたらなぁ。


 なんて思っていると、ミーシャが、いま思いつきましたというような体で、話題を切り出して来た。


「そういえば、レイナ様は偉業をなしたのに、褒美をいただけませんでしたわね」

「ミーシャが褒美みたいなところはありますが……まぁ、私が勝手にやったことですから。金銀財宝が欲しかったわけではありません」

「ですが、やはり、囚われの姫を救った勇者には、褒美があるべきだとは思いませんか?」


 そうミーシャが問うてくるが、なんて答えればいいか分からない。

 一体どういう意図なのだろうと思っていると、サリアが口を挟んだ。

 

「自分で自分を姫とか言う自意識過剰女」


 いや、ついこの前まで姫だったろうよ。

 何も間違ってないよ。

 サリアの横槍を無視して、ミーシャは続ける。


「ですので、褒美になるかは分かりませんが、私からはこちらを差し上げます」


 言うが早いか、私の頬を両手で挟むミーシャ。

 そのまま彼女の顔が迫って来て。

 唇に、柔らかい感触。


 キスされた、と思う間に、ミーシャは離れて、はにかんだ。


「こんなものでお礼になるかは分かりませんが、私のことを好いてくれていたようですから。初めての口付けを差し上げました。改めて、救っていただきありがとうございました」


 好きな人と、キス……。

 推しとしてあがめるのはやめたけど、相変わらず好意は持っていた。

 ミーシャが奴隷になるというだけでも情緒が破壊されたが、その上にキス……。喜びと困惑で頭がどうにかなりそうだった。


 私がフリーズしていると、サリアも接近して来て――。


「奴隷の唇で主人を汚すなんて無礼。私が上書きする」


 なんて言いながら顔を寄せて来るものだから、慌てて顔の前に手を挟んだ。


 手のひらに、柔らかい感触。

 今度はきちんと阻止できた。

 サリアはめちゃくちゃ不満そうだけど。


「……なんで?」


 なんで阻止するの。なんでこいつは許して私はダメなの。

 そんな心の声が聞こえて来るかのようだ。

 でも、ダメなものはダメ。

 

「私たちは友達でしょう? キスまでしたら一線を越えて、なんだか違う関係になってしまうじゃないですか」

「私は別に構わない」

「私が構うんですよ」

「……不平等。なんでこいつは良いの?」

「不意打ちだったからです。本来はミーシャもダメですよ」

「なら、私のも受け入れるべき」

「だから、同意の上ではダメなんですって」


 そんなことを言ってしまったからか。サリアはことあるごとにキスしようとチャンスを狙って来るようになった。曰く、不同意ならいいんでしょ、とのことだ。

 良いわけあるか、バカ。

 あー、余計なこと言った。


 でも、不意打ちとはいえ、せっかくミーシャとキスできたのだ。

 サリアが嫌いなわけではないけど……今日だけは余韻を楽しませて!


 


 それからというもの、もっぱら三人で過ごすようになった。

 サリアとミーシャは折り合いが悪いけど、私に対しては優しい。

 二人とも私を好いてくれているらしく、毎日のように取り合っている。


 それが嬉しくもあるが、私のことで争うのは申し訳ない。

 毎回止めに入るのだけど、まだお互い距離感がうまく掴めないのか、すぐに仲良くとはいかないようだ。


 わかるよ。友達の友達って、仲良くしづらいよね。


 でも、いつか二人の距離が縮まることを願っている。

 二人とも、身近な人を大切にできる人だから。


 ゲームの中では、悪役令嬢という名称だったが。

 それが似合わないほど、心根が優しい。


 悪役令嬢は、悪役だから悪役令嬢なのだ。

 私と敵対しなくなった彼女らは、もう悪役令嬢なんかではない。

 私の大事な友達だ。


 ……友達にしては、スキンシップが多い気もするけれど。

 いつか理性が保たなくなるかもしれない。


 でも、友達は肉体関係などないから友達なのだ。

 それ以上は、別の友達になってしまう。

 そんなのは嫌だ。

 だから、彼女らの誘惑には負けない。

 必ず抗って、幸せに過ごすんだ。


 

 やり直しなんてない、一度きりの人生。

 幸せな未来は、自分で手繰り寄せなければならない。

 襲いくるフラグを全て薙ぎ倒し、誘惑に打ち勝ってみせる。

 私は、絶対に友達の色仕掛けなんぞには負けない。

 そう心に誓って、新たな人生を歩んでいくことにした。







 

 なんか忘れている気がする。


 そのことに気がつかされたのは、今まで関わりを避けていた、別の悪役令嬢と遭遇してからだった。


 そうだ。私の死亡ルート、まだ残ってるんだった……。

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