表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/75

生きている限り、なんとかなる。

 ふわふわと、たゆたうような感覚につつまれる。

 白く、なにもない世界。

 そこにいることが気持ちよくて、奥へ進もうとした。


 進むたびに意識が遠のいていくような気がしたけれど、それが気持ちよくて、更に進みたくなる。

 このまま、大きな白に包まれることこそ、幸福。

 そんな気さえした。

 そのまま目を閉じ、暗くなるはずの視界が明るいまま、意識が溶けていく。


 が。

 突然、世界が揺れた。

 暗転して、ひっくり返るような浮遊と共に、声が聞こえて来る。

 

「レイナ! 起きて!」


 なんだよ。今気持ちいいんだからゆっくりさせてくれ。

 開きかけた重たい瞼を、再び閉じようとすると、更に追撃が来た。


「起きろ、バカ!」


 いったぁ!

 頭に衝撃が走り、意識が引き戻されていく。


 気がつくと、目の前にはサリアの顔のドアップ。

 額が少し赤くなっていて、今の衝撃から察するに、おそらく頭突きでもしてきたのであろう。


 しかも、よく見れば泣いている。


 ここで、『どうしたんだろう』とか、『きっと今の頭突きが痛かったんだろう』なんて思うほど、私は鈍感じゃない。


――死にかけたんだ。


 とても気持ちいい白い世界にいたが、この世ではないところへ旅立つ直前だったのかもしれない。

 あのまま進んでいたら、きっとやばかった。

 

 私が死ぬかもしれないと思ったから、サリアは泣いていたのだろう。

 ひとまずサリアを安心させる為、彼女を抱きしめた。


「大丈夫だよ、サリア。私は生きてる」


 しかし。返って来たのは思いもよらぬ言葉で。


「ううん。一回死んでる」

 

 死んでる……? 私が……?


「……じゃあ、なんで私は生きてるの? 蘇生魔法とか?」

「近いけど、違う。あなたにあげたアクセサリー」


 促されて首元を見れば、鏡面のシンボルがバキバキになっていて、見る影もなかった。

 ついでに、胸元の露出も凄いことになっている。

 そりゃあれだけの攻撃を喰らったら、服は無事ではないだろうけど。

 今はそんなことどうでもよかった。

 それよりもアクセサリーだ。

 

「割れてる……なんで……」


 攻撃の衝撃で壊れたのか?

 かなりお気に入りだったのに。


 あの魔族……絶対許さん……。


 そう思っていたらサリアが変なことを言った。


「よかった……ちゃんと割れた」


 おい。さすがのサリアでもそれは許さんぞ。


「よかったって何? 私はすごく大切にしていたのに」


 むっとして詰め寄ると、サリアは慌てたように弁明して来た。


「違う。これ、身代わり。つけてる人が死ぬような攻撃を受けた時、代わりに割れるような魔法をかけた」


 え。そんな凄いものを貰っていたんだ。

 というか、そういうのは先に言ってくれ。

 そうすればもう少し心構えができたのに。


 あぁでも、最初から知っていたら、壁が迫って来た時とかに捨て身の無駄遣いして、結果的に死んでたかもなぁ。

 そういう意味では助かったのか。


 まぁ、そもそも割れるようなことにならない方が良かったのだけど。

 すごく気に入っていたし。


 元よりそういう用途とはいえ、悲しくなる。


「でも、せっかくサリアからのプレゼントだったのに、壊しちゃった。ごめんなさい」

「だから、そこはありがとう、でしょ。また買ってあげるから落ち込まない」

「……ありがとう! 大好き!」


 感極まって抱きつくと、サリアは照れたように押し返して来た。

 

「離れて。恥ずかしい」


 そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。

 ういやつめ。


 もっと愛でてやりたかったが、今は他に優先すべきことがある。


 ミーシャだ。


 魔族が最後の抵抗をして来たのは分かったけど、依代にされていたミーシャは無事なのだろうか?


「私はサリアのおかげで助かったみたいだけど……ミーシャ様は?」

「ん。あそこ」


 サリアが指差した先には、ぐったりと横たわるミーシャ。


 まさか死んでないよな? と思ったが、息はしている。

 意識もあるようで、気だるそうに呼吸していた。


 少し重たい身体を奮起させながら、彼女の元に駆け寄る。


 ミーシャの身体を抱き起こして、無事かどうか確かめた。


「ミーシャ様! ご無事ですか!」


 ん、とミーシャが反応して、目を開く。

 けれども、どこか反応が薄い。

 どうしたらいいのかとサリアを見ると、彼女は助言をしてくれた。


「魔力欠乏(けつぼう)症になってる。まだ元気があるなら分けてあげて」

「さっき魔族を倒すのに注いでいたのに、なんで足りなくなってるの?」

「あいつ、最後の攻撃に全魔力を注いでた」

「力の乏しい聖女見習いにそこまでしなくてもいいのに」

「体内にある聖女の魔力を枯渇させたかったのかも」


 なるほど。私を害する以外に、自分が消えないためという理由があったのか。

 もしかしたら魔族の残滓みたいなものがミーシャに残っているかもしれないので、今の残りをギリギリまで注いでやった。


 すると、ミーシャが「ううっ」とうめき出した。


「ミーシャ様!? 大丈夫ですか?」

「たぶん、魔族の残りカスがいた。それが死んだから、もう大丈夫」


 サリアの言葉通り、ひとしきりうめいたミーシャは、途端に顔色がよくなり起き上がった。

 そして、私を見ながら、怪訝そうに問うて来た。


「……なぜ、私を助けたのですか? ミリアルド様の言うように、殺していたら楽でしたのに」


 どうやら、乗っ取られている間も意識はあったらしい。魔族が表に出ている時の会話を覚えているから。


 ミーシャにも何か思うところがあるのだろう。

 彼女の気持ちを引き出したいと思ったが、その前にサリアが噛み付いた。

 

「そんな言い方ない。命をかけて助けてくれた相手への冒涜。謝れ」


 おお……いつになく言葉が刺々しい。

 相当怒ってるな、これは。

 気持ちは嬉しいけど、今は少し我慢して貰おう。


「いいよ、サリア。私は気にしていない。手伝ってくれたあなたには悪いけど、私が勝手にやったことだから。感謝されたくてやったわけじゃない」

「でも……それじゃあレイナが報われない」

「いいから。今は私に任せて」


 サリアと会話していると、ミーシャは少し興味深げにしながら言った。


「それがあなたの素の話し方なのかしら。短期間で随分仲良くなったのですね」

「たまたま言葉が砕けてしまって、吹っ切れたといいますか。まぁ、それは置いておきましょう。なんで助けたか、でしたね。単に、あなたに生きていて欲しかったからです」


 ミーシャは少し戸惑ったような表情をした後、端的に聞いて来た。


「……それは、私を好いているからですか?」


 好きだから、というだけで、そこまで命を張れるのか。

 まるでそう言っているかのようだった。

 それに対する答えは単純。

 

「そうです。あなたが好きだからです」

「それなら、おあいにくさまでしたね。私はそんなに良い人間ではありませんよ。あなたのドレスを盗んだのも私ですし」

「なにかご事情があったのでしょう? あなたは自らの意思でそんなことをする人ではないと思いますが」


 私がそう伝えると、ミーシャは表情を暗くして、沈むような声色で言った。


「……それですよ。私が重いのは」

「はい? それ、とは」


 重いって、一体何のことだ?

 そう思ったのも束の間、ミーシャは(せき)が切られたかのように捲し立ててきた。

 

「あなたが期待する『私』が重い、と言っているのです! 私はそんなに気高い志も、折れない気持ちも、挫けない心も、持ち合わせていません! あなたの夢の中の私がどうだったかは知りませんが、今の私は魔族に誑かされるような弱い女です! 嫉妬深く、嫌味で、わがままで……あなたが好いてくれる『私』なぞ、どこにもいません! だから、あなたの助けたかった人は、ここにはいないのですよ……」


 未来視の嘘を伝えていないサリアが『何の話?』と言いたげな顔でこちらを見ているが、後でな。

 今はミーシャが優先だから。


「私が助けたかった人は、きちんとここにいますよ」

「私はあなたの思うような人じゃないと言ったでしょう!? そんなに期待されても困るのです! 私は、命をかけて助けて貰えるほど、価値のある人間じゃない!」


 これは、魔族になびいたのが相当効いてるな。

 自己卑下が凄まじい。


 以前なら、こんなミーシャはミーシャじゃない、なんて思ったのだろうけど。


 現実で生きる彼女をきちんと見れるようになったからか、これでもいいと思えるようになった。


 理想の姿じゃなくなったから見捨てるなんて、それは愛とは言えない。


 たしかに最初は色眼鏡で見ていたけれど。


 今は、こんな彼女が愛おしい。

 それは、今まで積み重ねて来たことがあるからだ。


「何か勘違いなされているようですが、あなたを助けたのは、理想の『ミーシャ様』を救うためではありません」

「……なら、どうして?」

「嫌いなはずの相手を、手作りお菓子でもてなそうとするあなたが。好きな相手に近寄る苦手な人間を許容できるあなたが。そんな者のために労力を費やせるあなたが、好きだからです。それは、夢の中のミーシャ様ではなく、今のあなたがしてきたことですよ」


 心の中にある思いをぶつけると、ミーシャは歯切れが悪そうに呟いた。

 

「そんなの……誰でもできることですわ」

「いいえ、それはありえません。私には、到底できないことですから。それに、ここにいるサリアにもできないことだと思いますよ。ね?」


 私が話を振ると、サリアはつっけんどんにミーシャへ語った。

 

「無理。嫌いな相手とは話したくない。あなたは異常」


 もう少し言い方なんとかならなかったの?

 まぁいいけどさ……。


「と、いうことですので。あなたは、他人ができないことをできる人です。ご自分の価値を軽んじるのはいけませんよ」

「そう、ですか……私は、今の私のことがあまり好きではありませんでしたが……そう言って貰えるのなら、少しは見直してもいいのかもしれませんね」


 瞳に涙を湛えながら笑う彼女は、ゲームなんかでは味わえないくらいの、美しい表情だった。


 色んなことを考え、選択し、思い悩む現実は。

 苦しいことも沢山あるけれど、それだけ価値のあるモノで。


 ミーシャはただでは済まないだろうけど。

 生きている限り、なんとかなる。


 どこか儚げで、人間臭くて、それでも強さを持っている彼女は、これからなにがあっても、しぶとく生き抜いていけるだろう。

 確証はないけど、そんな予感がした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ