生きている限り、なんとかなる。
ふわふわと、たゆたうような感覚につつまれる。
白く、なにもない世界。
そこにいることが気持ちよくて、奥へ進もうとした。
進むたびに意識が遠のいていくような気がしたけれど、それが気持ちよくて、更に進みたくなる。
このまま、大きな白に包まれることこそ、幸福。
そんな気さえした。
そのまま目を閉じ、暗くなるはずの視界が明るいまま、意識が溶けていく。
が。
突然、世界が揺れた。
暗転して、ひっくり返るような浮遊と共に、声が聞こえて来る。
「レイナ! 起きて!」
なんだよ。今気持ちいいんだからゆっくりさせてくれ。
開きかけた重たい瞼を、再び閉じようとすると、更に追撃が来た。
「起きろ、バカ!」
いったぁ!
頭に衝撃が走り、意識が引き戻されていく。
気がつくと、目の前にはサリアの顔のドアップ。
額が少し赤くなっていて、今の衝撃から察するに、おそらく頭突きでもしてきたのであろう。
しかも、よく見れば泣いている。
ここで、『どうしたんだろう』とか、『きっと今の頭突きが痛かったんだろう』なんて思うほど、私は鈍感じゃない。
――死にかけたんだ。
とても気持ちいい白い世界にいたが、この世ではないところへ旅立つ直前だったのかもしれない。
あのまま進んでいたら、きっとやばかった。
私が死ぬかもしれないと思ったから、サリアは泣いていたのだろう。
ひとまずサリアを安心させる為、彼女を抱きしめた。
「大丈夫だよ、サリア。私は生きてる」
しかし。返って来たのは思いもよらぬ言葉で。
「ううん。一回死んでる」
死んでる……? 私が……?
「……じゃあ、なんで私は生きてるの? 蘇生魔法とか?」
「近いけど、違う。あなたにあげたアクセサリー」
促されて首元を見れば、鏡面のシンボルがバキバキになっていて、見る影もなかった。
ついでに、胸元の露出も凄いことになっている。
そりゃあれだけの攻撃を喰らったら、服は無事ではないだろうけど。
今はそんなことどうでもよかった。
それよりもアクセサリーだ。
「割れてる……なんで……」
攻撃の衝撃で壊れたのか?
かなりお気に入りだったのに。
あの魔族……絶対許さん……。
そう思っていたらサリアが変なことを言った。
「よかった……ちゃんと割れた」
おい。さすがのサリアでもそれは許さんぞ。
「よかったって何? 私はすごく大切にしていたのに」
むっとして詰め寄ると、サリアは慌てたように弁明して来た。
「違う。これ、身代わり。つけてる人が死ぬような攻撃を受けた時、代わりに割れるような魔法をかけた」
え。そんな凄いものを貰っていたんだ。
というか、そういうのは先に言ってくれ。
そうすればもう少し心構えができたのに。
あぁでも、最初から知っていたら、壁が迫って来た時とかに捨て身の無駄遣いして、結果的に死んでたかもなぁ。
そういう意味では助かったのか。
まぁ、そもそも割れるようなことにならない方が良かったのだけど。
すごく気に入っていたし。
元よりそういう用途とはいえ、悲しくなる。
「でも、せっかくサリアからのプレゼントだったのに、壊しちゃった。ごめんなさい」
「だから、そこはありがとう、でしょ。また買ってあげるから落ち込まない」
「……ありがとう! 大好き!」
感極まって抱きつくと、サリアは照れたように押し返して来た。
「離れて。恥ずかしい」
そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。
ういやつめ。
もっと愛でてやりたかったが、今は他に優先すべきことがある。
ミーシャだ。
魔族が最後の抵抗をして来たのは分かったけど、依代にされていたミーシャは無事なのだろうか?
「私はサリアのおかげで助かったみたいだけど……ミーシャ様は?」
「ん。あそこ」
サリアが指差した先には、ぐったりと横たわるミーシャ。
まさか死んでないよな? と思ったが、息はしている。
意識もあるようで、気だるそうに呼吸していた。
少し重たい身体を奮起させながら、彼女の元に駆け寄る。
ミーシャの身体を抱き起こして、無事かどうか確かめた。
「ミーシャ様! ご無事ですか!」
ん、とミーシャが反応して、目を開く。
けれども、どこか反応が薄い。
どうしたらいいのかとサリアを見ると、彼女は助言をしてくれた。
「魔力欠乏症になってる。まだ元気があるなら分けてあげて」
「さっき魔族を倒すのに注いでいたのに、なんで足りなくなってるの?」
「あいつ、最後の攻撃に全魔力を注いでた」
「力の乏しい聖女見習いにそこまでしなくてもいいのに」
「体内にある聖女の魔力を枯渇させたかったのかも」
なるほど。私を害する以外に、自分が消えないためという理由があったのか。
もしかしたら魔族の残滓みたいなものがミーシャに残っているかもしれないので、今の残りをギリギリまで注いでやった。
すると、ミーシャが「ううっ」とうめき出した。
「ミーシャ様!? 大丈夫ですか?」
「たぶん、魔族の残りカスがいた。それが死んだから、もう大丈夫」
サリアの言葉通り、ひとしきりうめいたミーシャは、途端に顔色がよくなり起き上がった。
そして、私を見ながら、怪訝そうに問うて来た。
「……なぜ、私を助けたのですか? ミリアルド様の言うように、殺していたら楽でしたのに」
どうやら、乗っ取られている間も意識はあったらしい。魔族が表に出ている時の会話を覚えているから。
ミーシャにも何か思うところがあるのだろう。
彼女の気持ちを引き出したいと思ったが、その前にサリアが噛み付いた。
「そんな言い方ない。命をかけて助けてくれた相手への冒涜。謝れ」
おお……いつになく言葉が刺々しい。
相当怒ってるな、これは。
気持ちは嬉しいけど、今は少し我慢して貰おう。
「いいよ、サリア。私は気にしていない。手伝ってくれたあなたには悪いけど、私が勝手にやったことだから。感謝されたくてやったわけじゃない」
「でも……それじゃあレイナが報われない」
「いいから。今は私に任せて」
サリアと会話していると、ミーシャは少し興味深げにしながら言った。
「それがあなたの素の話し方なのかしら。短期間で随分仲良くなったのですね」
「たまたま言葉が砕けてしまって、吹っ切れたといいますか。まぁ、それは置いておきましょう。なんで助けたか、でしたね。単に、あなたに生きていて欲しかったからです」
ミーシャは少し戸惑ったような表情をした後、端的に聞いて来た。
「……それは、私を好いているからですか?」
好きだから、というだけで、そこまで命を張れるのか。
まるでそう言っているかのようだった。
それに対する答えは単純。
「そうです。あなたが好きだからです」
「それなら、おあいにくさまでしたね。私はそんなに良い人間ではありませんよ。あなたのドレスを盗んだのも私ですし」
「なにかご事情があったのでしょう? あなたは自らの意思でそんなことをする人ではないと思いますが」
私がそう伝えると、ミーシャは表情を暗くして、沈むような声色で言った。
「……それですよ。私が重いのは」
「はい? それ、とは」
重いって、一体何のことだ?
そう思ったのも束の間、ミーシャは堰が切られたかのように捲し立ててきた。
「あなたが期待する『私』が重い、と言っているのです! 私はそんなに気高い志も、折れない気持ちも、挫けない心も、持ち合わせていません! あなたの夢の中の私がどうだったかは知りませんが、今の私は魔族に誑かされるような弱い女です! 嫉妬深く、嫌味で、わがままで……あなたが好いてくれる『私』なぞ、どこにもいません! だから、あなたの助けたかった人は、ここにはいないのですよ……」
未来視の嘘を伝えていないサリアが『何の話?』と言いたげな顔でこちらを見ているが、後でな。
今はミーシャが優先だから。
「私が助けたかった人は、きちんとここにいますよ」
「私はあなたの思うような人じゃないと言ったでしょう!? そんなに期待されても困るのです! 私は、命をかけて助けて貰えるほど、価値のある人間じゃない!」
これは、魔族になびいたのが相当効いてるな。
自己卑下が凄まじい。
以前なら、こんなミーシャはミーシャじゃない、なんて思ったのだろうけど。
現実で生きる彼女をきちんと見れるようになったからか、これでもいいと思えるようになった。
理想の姿じゃなくなったから見捨てるなんて、それは愛とは言えない。
たしかに最初は色眼鏡で見ていたけれど。
今は、こんな彼女が愛おしい。
それは、今まで積み重ねて来たことがあるからだ。
「何か勘違いなされているようですが、あなたを助けたのは、理想の『ミーシャ様』を救うためではありません」
「……なら、どうして?」
「嫌いなはずの相手を、手作りお菓子でもてなそうとするあなたが。好きな相手に近寄る苦手な人間を許容できるあなたが。そんな者のために労力を費やせるあなたが、好きだからです。それは、夢の中のミーシャ様ではなく、今のあなたがしてきたことですよ」
心の中にある思いをぶつけると、ミーシャは歯切れが悪そうに呟いた。
「そんなの……誰でもできることですわ」
「いいえ、それはありえません。私には、到底できないことですから。それに、ここにいるサリアにもできないことだと思いますよ。ね?」
私が話を振ると、サリアはつっけんどんにミーシャへ語った。
「無理。嫌いな相手とは話したくない。あなたは異常」
もう少し言い方なんとかならなかったの?
まぁいいけどさ……。
「と、いうことですので。あなたは、他人ができないことをできる人です。ご自分の価値を軽んじるのはいけませんよ」
「そう、ですか……私は、今の私のことがあまり好きではありませんでしたが……そう言って貰えるのなら、少しは見直してもいいのかもしれませんね」
瞳に涙を湛えながら笑う彼女は、ゲームなんかでは味わえないくらいの、美しい表情だった。
色んなことを考え、選択し、思い悩む現実は。
苦しいことも沢山あるけれど、それだけ価値のあるモノで。
ミーシャはただでは済まないだろうけど。
生きている限り、なんとかなる。
どこか儚げで、人間臭くて、それでも強さを持っている彼女は、これからなにがあっても、しぶとく生き抜いていけるだろう。
確証はないけど、そんな予感がした。




