そんな……殺す? ミーシャを?
短期間連続七話投稿:六話目
八時十分に七話目投稿予定
死んだ、と悟った瞬間、視界が変わっていた。
槍に刺し貫かれたと思ったが、痛みは感じない。
代わりに、身体を動かせないほどの重みがある。
目の前には、先ほども見た端正な顔。
ミリアルドだ。
お互いの吐息が触れそうな距離だが、今はそんな甘い空気ではない。
切羽詰まったような表情で、こちらの様子をうかがってくる。
「大丈夫か? 気持ちはわかるが、ぼーっとするな」
彼が咄嗟に押し倒してくれたおかげで助かった。
私の豊満な胸に彼の手ががっつり乗っているが、この際、些細なことだ。
命を助けて貰っておいて、胸のひとつやふたつ揉まれたくらいで文句を言うのはおかしい。
そうわかってはいても、恥ずかしいものは恥ずかしかった。
「えぇ。大丈夫です。申し訳ありません。ですが、ミリアルド様……助けていただいたのは大変ありがたいのですが、その、手が……」
「っ……すまない。わざとじゃないんだ。許してくれ」
「わかっております。しかし……今のミーシャ様が許してくれますかね?」
「言うな……告白であれだけ怒り狂ったのだから、こんなことをして、どうなるかわかったものじゃない」
きっと怒っているのだろうと思って彼女を見れば、興味深そうにこちらを眺めていただけだった。
あれ。思っていたのと反応が違う。
そもそも、あの攻撃はなんだったのだろう?
体から闇が溢れていたけど……大丈夫なのか?
彼女が心配になって、思わず問いただした。
「ミーシャ様、一体どうしたのですか? なぜこのようなことを……」
「なぜ? なぜですって? 売女が不思議なことを言うものね。さすが次期聖女。頭の中まで平和なのかしら」
変だ。ミーシャはこんなことを言わない。
決めつけはよくないと分かっているが……こんな攻撃的な言葉を使うなんて、らしくなかった。
それだけ私を憎んでいるのかと思ったが……どうやら違和感を覚えたのは私だけではないらしい。
「お前、本当にミーシャか?」
「いやですわ。どこからどうみてもミーシャではないですか。何を見てそう思ったのです?」
「雰囲気が違いすぎる。ミーシャはいくら嫌いだからと言って、手を出すようなやつじゃない。それに、体から吹き出た闇。文献で見たことがあるぞ。魔族が取り憑いているな?」
「あらやだ。知っていたのね。もう少しなりきりごっこで遊ぼうと思っていたのに、ざんねーん。バレているなら隠す必要もないわねぇ」
ミーシャの姿で、全く違う喋り方。
本当に、別人になってしまったようだ。
おかしい。
こんなのは知らない。
ゲームでは誰のルートでも、こんな乗っ取りみたいなことはなかったはずだ。
ミーシャが、ミーシャでなくなる?
私の推しは消えてしまったのか?
事実を受け止められないでいると、ミリアルドが非情な現実を突きつけてきた。
「……こうなっては、殺すしかあるまい。魔族に身体を乗っ取られた者は、生涯そのままだと言うからな」
そんな……殺す? ミーシャを?
ミリアルドは、愛している人をそんな簡単に見捨てられるのか?
それとも、魔族とはそんなにまずい存在なのか。
でも……なにか方法はあるはずだ。
魔族に対抗できるのが聖女なら、きっとどうにかできるはず。
……その方法を、まだ教えて貰っていないのだけど。
何もやらないよりかはマシなはずだ。
必死にミーシャを殺さない方法を考えていると、成り代わった魔族が、私の気持ちを煽るようなことを言った。
「いいのかしら? この身体は彼女のモノよ。私は弱ったあの子の意識と、成り代わっただけ。今も、私の中で叫んでるわぁ。この裏切り者、ってねぇ」
ミーシャは完全に死んだわけじゃないのか?
それなら、まだ助けられる方法があるのかもしれない。
「ミリアルド様、やはり殺すのはダメです。今もミーシャ様の意識があるなら、なんとかして戻す方法が――」
「そんなものはない! 歴史を鑑みても、そのままにしておいて良かった試しはないんだ! 放っておいたら、どれだけの人を傷つけることになるか……」
ミリアルドは、悔しそうに拳を握りしめていた。その手から、血がにじむほどに。
そうか。ミリアルドも本当は殺したくないんだ。
心が私に傾いていたとしても、大切な婚約者だもんな。
それでも切り捨てなきゃいけないほど、魔族と言うのは危険な存在なんだ。
こちらの葛藤を知っていてか。
その魔族は、私たちの気持ちを逆なでるように挑発してきた。
「たくさんの人を傷つける、ですって。あなたたちがこの子を傷つけなければ、こんなことにはならななかったのよぉ? この子の心が弱り切らなかったら、私が完全に表に出るなんて不可能ですもの」
「うるさい! そもそもお前が付け入ろうとしなければよかった話だろう!」
ミリアルドが噛み付いているけど、それどころではなかった。
ミーシャの心が弱っていた?
そんなの、絶対私のせいだ。
私が、ミリアルドと仲良くなっていたから、不安で仕方なかったのだろう。
それで、心に隙ができてしまった。
つまり、私が魔族に介入させるきっかけを作ったってこと……?
きっと、いきなり魔族に乗っ取られたわけではないのだろう。
心が弱ったから乗っ取れた、と言っていたから。
いつからかは知らないが、ミーシャの様子がおかしくなったのは薄々感じていたはず。
その時から、憑依されていたのかもしれない。
それなのに、気づけなかった。
私は唯一、魔族に対抗できる存在であるはずなのに。なにも知らないし、今できることもない。
有事の際に動けなくて、なにが聖女なのか。
こんなだから、失いたくない人を、殺す選択肢が出て来てしまう。
悲観的な思考に苛まれていると、魔族が嘲笑うように言った。
「あらぁ。次期聖女の心に付け入る隙がでるなんて面白いわぁ。……そうだ。あなたが身体を差し出したら、この子は解放してあげてもいいわよ」
「私の身体を、差し出せば……?」
「そうよ。そのつもりがあるのなら、地面に頭を垂れて、『どうか私の身体を使ってください』と言いなさい」
私が身体を貸せば、ミーシャは助かる……?
おろかな私が犠牲になるだけで済むなら、それはなんと魅力的な提案なのだろう。
にべもなく膝をつき、頭に地面を擦り付けて、乞うように言った。
「お願いします。私はどうなってもいいからミーシャ様は助けてください。どうか私の身体を――」
余計な前置きをしてしまったからだろうか。
全て言い切る前にはがいじめにされて、身体が起こされる。
またしても、ミリアルドだった。
「やめるんだ! そんなことをしても、被害が増えるだけだ! 次期聖女が乗っ取られてしまったら、本当に手の施しようがなくなってしまう!」
「離してください! 役に立たない次期聖女がどうなろうと、大差ないでしょう! それよりも、国母となる方が助かったほうがいいはずです!」
そうだ。ゲームでも私がいなくなるエンドは沢山あった。
聖女だなんだともてはやされているけれど、結局私は必要ない存在なんだ。
そう思っていたけれど。
「俺は君を失いたくない! 君は何より大切なんだ! この国にも、俺にとっても!」
その言葉が本心なのか、次期聖女を引き止めるための建前なのかは分からない。
でも、確実に何かが壊れた気がした。
「あっはっはっ。選ばれなかったことで、この子はさらに絶望してるわ!」
壊れたのは、ミーシャの心だ。
一段と、ミーシャにまとわりつく闇が濃くなった気がした。
「ミリアルド様……今のはさすがに嘘でも酷いですよ」
「嘘のつもりは……いや、今はいい。それより、目の前のことが先決だ」
明らかにまずい状況というのが分かる。
その証拠に、かの魔族は高らかに宣言した。
「この子はもう、あなたたちを必要としないくらい絶望したわ! 一応、約束しているからね。望みを叶えてあげるって。今、この子はあなたたちがいなくなることを強く望んでいるわ! だから、二人まとめて死になさい!」
襲い来る、壁のように連なった闇。
ミリアルドが防御魔法を使うも、一瞬で割れる音が響いた。
目の前に、黒が広がる。
それはやがて、私たちを包み込んだ。




