「本当に羨ましい。私はここまで愛されていないのに」
短期間連続七話投稿:五話目
八時十分に七話目投稿予定
ホールの音が、蘇った。
それと同時に、動き出す私たち。
漏れ出てくる音を頼りにしながら、ステップを踏む。
間違えてしまわないように気をつけながら、右へ、左へ。
自分でも分かるほど優雅に踊れているのは、ひとえにミリアルドのリードのおかげだろう。
私が主役だとでも言うかのように、引き立てるようなダンスをしてくる。
難しいステップは踏んでいないのに、さぞかし映える踊りだろうな、という実感があった。
もちろん練習していたからというのもあるが、その成果を十全に引き出せるよう、的確に誘導してくるのだ。
もはやここに私の意思はなく、ただ操られるがままに動くのみ。
そんな状態だから、徐々に近づいてくるミリアルドの顔に、疑問を持てなかった。
ごく自然に接近してくる、端正な面。
彼の動きがぴたりと止まり、それに合わせて私の身体も静止する。
まるでそれが演目の一部だとでも言うかのように、ミリアルドは口付けしようとしてきた。
だが。
「……ミリアルド様? 私を放って、一体なにをなさっているのですか?」
情熱的な口付けをも凍らせるような、冷たい響きの声。
声の主が誰かなど、わかりきっている。
ミーシャだ。
一番裏切りたくなかった人に、この場を見られた。
踊っているだけなのだから悪いことはしていないはずなのに、良心が痛む。
告白は、断った。
けれど今の口付けは、思わず受け入れてしまいそうな、自然な動作で。
ミーシャが来ていなければ、唇を許していたと思う。
それが酷く、申し訳なかった。
ミリアルドも、今やろうとしていたことに気が引けたのか、焦ったように言葉を取り繕っていた。
「違うんだ、ミーシャ。君を放ってレイナを追いかけたのは済まないと思っているが、彼女の様子が心配だった。一人だけ場違いな格好で、傷ついているだろうと思ったから。そうしたら、やはり居場所がないのを気に病んでいたよ。誰も踊りに誘ってくれなかったと嘆いていて、その姿が見ていられなかったんだ。せっかく練習したのに、踊れないのは可哀想だ、と思ってな。それに、君の費やしてくれた時間や、レイナの努力を無駄にしたくなかった。だから一曲踊っていただけなんだ」
「余計なこともよく喋るお口ですこと。だから彼女の口で蓋をしようとしていたのかしら?」
ミリアルドの弁明を、一刀両断。
最後の動作だけは言い訳できなかったのか、ミリアルドは何も返さなかった。
音楽は聞こえてくるのに、ひどく静かになる。
気まずい沈黙が耐えられなくて、私は思わず謝罪してしまった。
「申し訳ありません。こんなつもりではなかったのです。告白をされてもきちんとお断りしましたし、私は今もミーシャ様しかお慕いしておりません。ですが、ダンスだけは、どうしても踊っておきたかったのです。せっかく二人で練習してきましたから」
「ええ。あなたにやましいところがないのは、見ていましたから知っていましたよ。まぁ、本当にその気がなかったのかは、怪しいところですけれど」
うっ……バレてる。
迷っていたのが見透かされて言葉に詰まっていると、ミリアルドが訝しげに尋ねた。
「見ていたとは、いつからだ?」
「ミリアルド様が熱い告白をなさる前からですわ。私には、そんな情熱的に迫ってはくれませんでしたのに」
「……悪趣味だな。その時に止めればよかっただろう」
「ミリアルド様の本音が聞きたかったのですわ。どうやら、私と彼女は同程度の存在みたいですし。長年連れ添ってきた私と、ぽっと出の成り上がり女が」
「そんな言い方はないだろう。いくらミーシャでも許さないぞ」
ミリアルドが庇ってくれるけれど、ミーシャの言う通りだ。
私が間に入ること自体が、間違っている。
私のせいで、二人ともおかしくなったのだ。
本当なら、仲睦まじく過ごすはずだった二人。
ゲームでも、ほとんどの場合はくっつくはずだった。
それを、ミーシャと仲良くなりたいという私の欲が狂わせた。
推しと仲良くなるどころか嫌われて、しかも彼女を不幸にしている。
いったい、なにがしたかったんだろうな。
今も、ミーシャがひがみをあらわにした顔で、こちらを睨んでいる。
こんな顔をさせたかったわけじゃないのに……。
彼女は、心の底からしぼり出すような声色で、心情を吐露した。
「本当に羨ましい。私はここまで愛されていないのに」
本来愛されるはずの主人公が、愛を求めている。
私が介入したせいで、何もかもおかしくなった。
こんなの、ゲームには存在していない。
このままではダメだ。
なんとかして、彼女の気を鎮めなければ。
焦りで回らない頭を働かせながら、言葉を絞り出した。
「そんなことありません! ミリアルド様はきちんとミーシャ様も愛しています。そうでなければ私を妾に、とは言わないでしょう? ミーシャ様を切り捨てなかったのですから、あなたはきちんと愛されています」
「それでも、妾にはしようとしたのですよね。私だけを愛してくれているなら、他の女は要らない。そのはずでしょう?」
「……それは、そうですが」
ミリアルドがミーシャだけを愛していたなら、こんな話にはならなかった。
ミリアルドが悪いのはそうだけど、きっと彼女に取っては、たぶらかした私も同罪で。
その証拠に、彼女は憎悪を宿した瞳で、刺し殺さんばかりに私を貫いてきた。
「私だけを愛してくれていれば良いのに。あなたがいたから、こんな風に心を掻き乱される。あなたさえ。あなたさえ居なければ……」
途端、ミーシャが胸を抑えて苦しみ始める。
何事かと思った時には、全てが遅かった。
彼女の体から溢れ出す黒い闇。
吹き荒れるように迸るそれは、一向に収まる様子を見せず、彼女の周りを暗く染めていく。
こんなの、ゲームにもなかった。
一体なにが起こっているんだ?
状況に置いて行かれていると、苦しんでいたミーシャの様子が一変し、いきなり哄笑しはじめた。
次の拍子にはこちらに手を伸ばしてきて、彼女の体にまとわりついていた闇が、指向性を持つ。
漂っていた闇が凝縮され、一本の槍となり、私目掛けて飛んできた。
避けなきゃまずいと直感したけれど、あまりのことに頭が追いつかず、身体を動かすまで遅延があった。
ようやく動き始めた頃には、闇の槍が目前まで迫っていて。
気がついた時には、天を仰いでいた。




