表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/75

「本当に羨ましい。私はここまで愛されていないのに」

短期間連続七話投稿:五話目

八時十分に七話目投稿予定

 ホールの音が、蘇った。

 それと同時に、動き出す私たち。

 漏れ出てくる音を頼りにしながら、ステップを踏む。


 間違えてしまわないように気をつけながら、右へ、左へ。

 自分でも分かるほど優雅に踊れているのは、ひとえにミリアルドのリードのおかげだろう。


 私が主役だとでも言うかのように、引き立てるようなダンスをしてくる。


 難しいステップは踏んでいないのに、さぞかし映える踊りだろうな、という実感があった。


 もちろん練習していたからというのもあるが、その成果を十全に引き出せるよう、的確に誘導してくるのだ。

 

 もはやここに私の意思はなく、ただ操られるがままに動くのみ。


 そんな状態だから、徐々に近づいてくるミリアルドの顔に、疑問を持てなかった。


 ごく自然に接近してくる、端正な面。

 彼の動きがぴたりと止まり、それに合わせて私の身体も静止する。

 まるでそれが演目の一部だとでも言うかのように、ミリアルドは口付けしようとしてきた。


 だが。


「……ミリアルド様? 私を放って、一体なにをなさっているのですか?」


 情熱的な口付けをも凍らせるような、冷たい響きの声。

 声の主が誰かなど、わかりきっている。


 ミーシャだ。

 一番裏切りたくなかった人に、この場を見られた。

 

 踊っているだけなのだから悪いことはしていないはずなのに、良心が痛む。


 告白は、断った。


 けれど今の口付けは、思わず受け入れてしまいそうな、自然な動作で。

 ミーシャが来ていなければ、唇を許していたと思う。


 それが酷く、申し訳なかった。


 ミリアルドも、今やろうとしていたことに気が引けたのか、焦ったように言葉を取り繕っていた。


「違うんだ、ミーシャ。君を放ってレイナを追いかけたのは済まないと思っているが、彼女の様子が心配だった。一人だけ場違いな格好で、傷ついているだろうと思ったから。そうしたら、やはり居場所がないのを気に病んでいたよ。誰も踊りに誘ってくれなかったと嘆いていて、その姿が見ていられなかったんだ。せっかく練習したのに、踊れないのは可哀想だ、と思ってな。それに、君の費やしてくれた時間や、レイナの努力を無駄にしたくなかった。だから一曲踊っていただけなんだ」

「余計なこともよく喋るお口ですこと。だから彼女の口で蓋をしようとしていたのかしら?」


 ミリアルドの弁明を、一刀両断。

 最後の動作だけは言い訳できなかったのか、ミリアルドは何も返さなかった。

 音楽は聞こえてくるのに、ひどく静かになる。

 気まずい沈黙が耐えられなくて、私は思わず謝罪してしまった。


「申し訳ありません。こんなつもりではなかったのです。告白をされてもきちんとお断りしましたし、私は今もミーシャ様しかお慕いしておりません。ですが、ダンスだけは、どうしても踊っておきたかったのです。せっかく二人で練習してきましたから」

「ええ。あなたにやましいところがないのは、見ていましたから知っていましたよ。まぁ、本当にその気がなかったのかは、怪しいところですけれど」


 うっ……バレてる。

 迷っていたのが見透かされて言葉に詰まっていると、ミリアルドが訝しげに尋ねた。


「見ていたとは、いつからだ?」

「ミリアルド様が熱い告白をなさる前からですわ。私には、そんな情熱的に迫ってはくれませんでしたのに」

「……悪趣味だな。その時に止めればよかっただろう」

「ミリアルド様の本音が聞きたかったのですわ。どうやら、私と彼女は同程度の存在みたいですし。長年連れ添ってきた私と、ぽっと出の成り上がり女が」

「そんな言い方はないだろう。いくらミーシャでも許さないぞ」


 ミリアルドが庇ってくれるけれど、ミーシャの言う通りだ。

 私が間に入ること自体が、間違っている。

 私のせいで、二人ともおかしくなったのだ。


 本当なら、仲睦まじく過ごすはずだった二人。

 ゲームでも、ほとんどの場合はくっつくはずだった。

 それを、ミーシャと仲良くなりたいという私の欲が狂わせた。

 推しと仲良くなるどころか嫌われて、しかも彼女を不幸にしている。

 いったい、なにがしたかったんだろうな。


 今も、ミーシャがひがみをあらわにした顔で、こちらを睨んでいる。

 こんな顔をさせたかったわけじゃないのに……。

 彼女は、心の底からしぼり出すような声色で、心情を吐露した。


「本当に羨ましい。私はここまで愛されていないのに」


 本来愛されるはずの主人公が、愛を求めている。

 私が介入したせいで、何もかもおかしくなった。

 こんなの、ゲームには存在していない。

 

 このままではダメだ。

 なんとかして、彼女の気を鎮めなければ。

 焦りで回らない頭を働かせながら、言葉を絞り出した。

 

「そんなことありません! ミリアルド様はきちんとミーシャ様も愛しています。そうでなければ私を妾に、とは言わないでしょう? ミーシャ様を切り捨てなかったのですから、あなたはきちんと愛されています」

「それでも、妾にはしようとしたのですよね。私だけを愛してくれているなら、他の女は要らない。そのはずでしょう?」

「……それは、そうですが」


 ミリアルドがミーシャだけを愛していたなら、こんな話にはならなかった。

 ミリアルドが悪いのはそうだけど、きっと彼女に取っては、たぶらかした私も同罪で。

 その証拠に、彼女は憎悪を宿した瞳で、刺し殺さんばかりに私を貫いてきた。

 

「私だけを愛してくれていれば良いのに。あなたがいたから、こんな風に心を掻き乱される。あなたさえ。あなたさえ居なければ……」


 途端、ミーシャが胸を抑えて苦しみ始める。

 何事かと思った時には、全てが遅かった。


 彼女の体から溢れ出す黒い闇。

 吹き荒れるように迸るそれは、一向に収まる様子を見せず、彼女の周りを暗く染めていく。


 こんなの、ゲームにもなかった。

 一体なにが起こっているんだ?


 状況に置いて行かれていると、苦しんでいたミーシャの様子が一変し、いきなり哄笑しはじめた。

 次の拍子にはこちらに手を伸ばしてきて、彼女の体にまとわりついていた闇が、指向性を持つ。

 

 漂っていた闇が凝縮され、一本の槍となり、私目掛けて飛んできた。


 避けなきゃまずいと直感したけれど、あまりのことに頭が追いつかず、身体を動かすまで遅延があった。


 ようやく動き始めた頃には、闇の槍が目前まで迫っていて。


 気がついた時には、天を仰いでいた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ