「……つつしんで、お受けいたします」
短期間連続七話投稿:四話目
八時十分に七話目投稿予定
会場を出て、涙を振り切るように走る。
練習の時に挫いた足が痛むけれど、それよりも遠くへ行きたかった。
たったったっと、自分の足音だけが、空虚に響く。
私の他に誰もいない校舎が、余計に寂寥感をかきたてた。
皆は楽しく音の重なりに包まれているのだろう。
そう考えると、自分がとても惨めで、この静寂を壊すくらい叫びたくなる。
そんな風に、気持ちが沈みかけていた時。
ふと、私だけの足音に、誰かの足音が混じった。
それは後ろから聞こえているような気がして。
振り返ってみれば、ミーシャと踊っているはずのミリアルドがいた。
「っ……なんでミリアルド様が……」
「待て、レイナ! 止まるんだ!」
今は誰とも話したくなくて、振り切るために、出鱈目に角を曲がった。
けれども、男であるミリアルドの方がさすがに早い。
怪我をしている私では限界があり、建物の中では追いつかれそうだった。
これは、外に出て隠れ場所を探すしかない。
どこでもいいからと出口を見つけ、外に出る。
が、その判断が間違いだった。
目の前に広がるのは、ぽっかりと切り取られたように存在する芝生のみ。周りは建物に囲まれていて、結構な広さはあるけれど、出入り口は今通った場所だけ。
見晴らしがいいので、当然隠れる場所もなかった。
しかも、ダンス会場の裏手だったらしい。
音が漏れ聞こえ、疎外感を煽ってくる。
突きつけられた現実に足が止まって動けなくなっていると、後ろからミリアルドが追いつき、声をかけられた。
「なんで逃げるんだ」
「……私の居場所なんて、あそこには存在しないからですよ」
「そんなことはない。君を気にかけている人はいる。それは、俺も含めてだ。でなければ、ドレス探しを手伝うわけないだろう」
「でも、ミリアルド様はミーシャ様が最優先ですし、私も少ない知人しかおりません。あなたたちといると、周りの人は近づいてきてくれないのです。その証拠に、誰も私と踊ろうとしなかったじゃないですか」
王子にこんなことを言うなんて、不敬罪だってわかっている。
殺されたっておかしくない。
それでも、言わずにはいられなかった。
世界において、自分が異物な気がして。
誰からも求められてないんだって、そう思ったら、気持ちがぐちゃぐちゃになって。
王子に対しても悪態をつきたくなるくらい、心が乱れていた。
もう、どうなってもいい。
そんな風に自暴自棄になって、なりふり構わなくなっていた私を。
ミリアルドは、前から優しく抱きしめて。
なにごとかと思っているうちに、耳元で囁いてきた。
「俺が君の居場所になろう。相手がいないのならば、俺が踊る。だから泣かなくていい。君は一人じゃない」
いけない。それだけはダメだ。こんなのは、ミーシャを悲しませてしまう。
抱きしめて来たミリアルドを押し返そうとするが、全く歯が立たない。
こういう時に、自分は女になったのだと実感する。
そして、女になったのは身体だけではなくて。
不覚にも、彼の言葉でときめいている自分がいた。
世界でひとりだと思っていたのに、自分を見てくれている人がいる。
それだけで、心が温かくなってしまう。
でも……この先は、茨の道だ。
推しと敵対することになるし、国母になったとしても、絶対幸せにはなれない。
これは禁忌だ、とでも言うかのように。
感情を、理屈がねじふせてくる。
心ではいくら求めていても、理性がそれを許さなかった。
だから、言葉になるのは拒絶の言葉で。
「……ダメですよ。ミリアルド様にはミーシャ様がいらっしゃいますから。……さ、会場に戻ってください。彼女が待っておりますよ」
けれど、ミリアルドは動かなかった。
「ミーシャは当然大事だ。しかし、レイナも同じくらい大切にしたいと思っている」
「……なにをおっしゃっているのですが。そんなこと、できるわけ――」
「できる。俺は王族だから。妾として、君を娶ることができる。ミーシャと結婚したとしても、君を愛そう」
こんなこと、冗談で言えるものではない。
励ましたいだけの、慰めの言葉でもない。
彼は本心で言っている。
それが、なおさら分からなかった。
「……どうして私なのですか? ミーシャ様の方がお綺麗で、芯があって。彼女と比べれば、私はどこにでもいる女です。ただ、次期聖女という称号があるだけ。……もしかして、その箔付が欲しいのですか? でしたら――」
「違う! 俺は君が君だから欲しいんだ!」
「……わかりません。こんな私のどこがいいのか」
ミリアルドは、私の目を見つめながら、真剣な表情で言った。
「君は俺を、俺という存在を見てくれた。最初は権力が目当てで近づいて来たのかと思ったが、君は俺より、ミーシャに近づこうとしていただろう。初めてなんだ。俺を認めながら、求めてこなかったのは。だから、どうしても振り向かせたくなった。ミーシャだけでなく、君も側にいて欲しいと思ったんだ」
「それは……振り向いたら飽きるのではないですか?」
「そんなことはない。しばらく一緒にいたが、君はころころと表情が変わる。見ていて飽きない、もっと一緒に思わせてくれるんだ。共に過ごせたら、きっと楽しいだろう、と」
心が弱っているからか、気持ちがぐらついている。
彼が最低なことを言っているのはわかっているのに、それでもいいと思ってしまう自分がいる。
悪い男にたぶらかされるより、求められない方が辛いから。
それでも、すぐに承諾しないのは、やはりミーシャのことがあるからだ。
きっと、ものすごく彼女を悲しませてしまう。
彼女は強いから、気持ちを隠して、表面上は優しくしてくれるかもしれない。
でも、心は絶対に傷つく。
自分だけを見てくれなかったミリアルドに、落胆もするだろう。
そして、ミーシャだけを見ていると言ったはずの、私にも。
結局、お前もミリアルドになびくのだ、と。
最初からこれが目当てだったのだと、そう思われるに違いない。
それだけは、嫌だった。
いくら寂しくても、苦しくても、ひとりぼっちで辛くても。
大切な人だけは傷つけたくない。
だから、本当は承諾してしまいたかったけれど。
「……申し訳ありません。お気持ちは大変嬉しいのですが、告白を受けることはできません」
私たちの間に言葉が消える。
ダンスホールで響いていた音楽も、ちょうど止んだ。
ぴん、と張り詰めたようなしじまが、場を占める。
やがて、ホールに音が戻る前に、ミリアルドは手を差し出しながら、言った。
「……そうか。わかった。しかし、最後に踊るくらいはいいだろう? せっかく練習したんだ。その成果を出せずに終わるなんて、もったいないだろう」
本当は、すぐに断るべきだったのだろう。
でも、それができなかったのは、もったいないと思ったからだ。
告白を断るなんて。努力を無駄にするなんて。一人で戦おうとするなんて。
それは、とてもバカなことだと思ったから。
推しを裏切りたくないから、告白は受けられないけれど。
これからも、味方でいて欲しいと。
そんな欲張りな想いを込めて、ミリアルドの手を取った。
「……つつしんで、お受けいたします」




