この、バカ王子!
ミリアルドにつきまと……見張って貰うようになってから数日が経った。
すぐにやめるかと思ったけれど、困ったことに長く続いている。暇なはずがないのに、ミリアルドは律儀に送り迎えをしてくれていた。
おかげで危害は加えられなくなったけれど、ご令嬢のフラストレーションが目に見えて溜まっていくのがわかる。
このままだと、いつか爆発しそうだ。
どうにかしたいけれど……私には何もできない。
自分のことなのに、私の手を離れていて、大変やきもきする。
このまま何も起きなければいいが、世界はそれを許さない。
――学校の歓迎会があると発表されたのは、そんな危うい状況の時だった。
入学式でパーティーがなかった代わりに、このタイミングでやるのだそうだ。
入学式は親御さんも混じるからな。
学生だけで気楽に、とはいかないだろうし。
まぁ、ゲームの都合上でこうなってるのもあるだろうけど。ある程度キャラを知っていないと、感慨も何もないしな。
このダンスパーティはゲームでもあったイベントのひとつで、ルートによっては、敵役である私がヒーローと仲良くなったり、主人公がヒーローと仲を深めたりと、展開は様々。
色々と進展があって、楽しいイベントの一つだ。
ダンスのミニゲームもあったり、わりと凝っていた覚えがある。スチルも綺麗だったしな。
だが、今の私に取っては嫌なイベントだ。
ドレスコードやダンスの時間があるのは、貧民の私にとっては不都合。
学生なのだから制服じゃダメなのかと思うが、そこは貴族の子息が通う学校だからだろう。
親御さんからの要望が多く、着飾るパーティーになってしまったようだ。
婚約者探しという名目で学校に来てる者もいるくらいだから、こういうイベントでは雰囲気があったほうがいいんだと思う。
実際はゲームの都合もあるのかもしれないが。
だって、皆が制服だと味気ないしね。
せっかく美麗なキャラクターだったら、着飾って欲しいもの。
とはいえ、今の私にとっては、傍迷惑な制度なんだけど。
お金は貰っていても、ドレスなんてめちゃくちゃ高いし。
この一回しか着ないかもしれないのにもったい無いよ。
ここは、長年の貧乏性が働いてるかもしれないが。
そんな思いが溢れて、愚痴が思わず口から出てしまった。
「どうしよう。ドレスもないしダンスもできない……」
そして、この呟きを耳ざとく聞いていた奴が一人。ミリアルドだ。
「ならば俺がドレスを送ってやろう。ダンスも稽古をつけてやる」
やっべ。余計なこと言ってまずいルートを開拓しそうだ。
すぐに軌道修正しないと。
「あぁ、単なる独り言です。ドレスは支度金がありますから……なんとかなると思いますし、ダンスはお友達がいますので、その方に教えてもらおうかと」
「仕立て屋は決まっているのか? 今からだと、専属の職人がいない限り、間に合うか怪しいぞ。ダンスも……本当に教えてくれるやつがいるのか? この状況では難しいと思うが……」
確かに、付き合いの薄いクラスメイトは交流してくれなくなった。
巻き込まれるのを恐れているのかもしれないし、やっかんで避けている可能性もある。
どちらにせよ、全然近寄ってこないのだ。
なので、頼みの綱はサリアのみ。
彼女に断られたら、踊れないまま当日を迎えることになる。それは大変まずい。
断られる可能性を考えれば、今手を差し伸べてくれているミリアルドの手を取るべきかもしれないが……本当に取って良いものかどうか。
……ドレスについては盲点だった。
頼めばできるもんだと思っていたから。
確かに、いくら次期聖女とはいえ、喫緊のオーダーに服飾店が答えてくれるかは分からない。
仮に承諾してくれるとしても、特急料金のようなものが発生して、支度金が全て吹き飛ぶおそれがある。
……そう考えると両方ともミリアルドを頼るのは、ありかもしれない。
でもなぁ……これ以上周りを刺激するのも怖いんだよなぁ。
大変悩んでいると、近くにいたミーシャが会話に入って来た。
「ダンスでしたら、私が教えます。ミリアルド様の手を煩わせたくないので。ドレスについては、都合の付く仕立て屋くらいは紹介して差し上げますので、ご自分でなんとかなさってください」
おぉ。目に嫉妬の炎が宿っているけど、提案自体はとてもありがたい。
推しにダンスを教えてもらえるなんて、なんたる僥倖。
「ありがとうございます。是非お願いします」
が。ここで話を終わらせないのが、空気を読まないミリアルドで。
「待て。俺が先に提案していたはずだぞ。なぜかすめ取る?」
「お言葉ですが、ミリアルド様。あなたは私の婚約者です。別の女に贈り物をするのはどうかと思います。ましてや、直接手を取るダンスなど。もう少し、私のことを考えてくださいませ」
わぁ! 嫉妬全開のミーシャだ!
珍しいものを見れた。
相手がミリアルドってところが気に食わないものの、こんな姿はめったにお目にかかれない。
ゲームでも一ルートのみの限定的なもので、ミリアルドにも強気に意見する。
ちょうど今みたいに。
……と同時に、まずい兆候でもある。
なぜなら、取り巻きを完全に抑えきれなくなるルートが、該当のものだからだ。
現在はゲームの進行と乖離しているものの、状況だけ見れば似通っている。
このまま行って、果たして大丈夫なのか。
こうなったミーシャを制御できるのは、もうミリアルドしかいないのだけど。
最悪なことに、彼はだいぶ私に肩入れするようになっていた。
「……ダンスについては受け入れよう。俺が教えると、ひがむ者もいるだろうから。だが、ドレスは俺が送る。前のように、破損させられるかもしれないからな。王族の贈り物を破く不届きものなど、そうはおるまい」
この、バカ王子!
そこは『そうだな』でいいんだよ!
なんで自我出しちゃうの!?
見てみろ! ミーシャの顔が、憎いやつを殺すか迷っているような表情だ!
ミリアルドには悪いけど、ここは回避一択。
「ドレスなんて高いもの、いただけません。どうお返ししていいかわからなくなりますから……」
私の言葉に、ミーシャの表情が和らいだ。
弁えていて良い子ね、とでも言っているかのようだ。
しかし。
このわがまま王子は、自分を曲げなかった。
「俺が送りたいのだから気にするな。お返しは、着ている姿を見せてくれるだけでいい」
もう! ほんとにおバカ!
私じゃなくてミーシャを見ろ!
なんで私ばっかりに構うんだ!
「いえ、そういうわけにもいきませんから……」
「俺が良いと言っているのだからいいだろう。この話はこれで終わりだ。ダンスのことはミーシャと都合をつけておけ」
あーん。問答無用で会話終了させられたー。
ミリアルドは一人で教室を出ていってしまった。
人目が多く、追いかけたくても追いかけられない状況だ。ここで後をつけたら、なんて噂されることか。
なによりミーシャが見ている。
ミリアルドに放置されたミーシャが。
うぅ……こんな状態のミーシャとダンスの都合をつけるの?
いくら推しとはいえ、限度があるよぉ。
「あの……ダンスはいつお願いできますか……?」
「無様なダンスを披露したくないのなら、委員会に都合をつけて、パーティーまで放課後を全て空けておきなさい」
「は、はい。わかりました」
ひぃん。推しが厳しいよぉ。
でもその通りなので、従うしかなかった。
むしろ、イラつく相手にも手を差し伸べるところが優しいと思う。
もしかしたら、サンドバッグ的なナニカとして、ストレスの捌け口に使われるのかもしれないが。
それでもやることはやってくれるはず。
……仕方ない。サリアには、しばらく訓練できなくなることを謝っておこう。
あとは委員会へ欠席の連絡だなぁ。
はぁ。胃が重くなることばかりだ。
世界はなんでこんなにままならないんだろう。
生まれ変わっても、こういうところは同じなんだな。




