本来はお前の役目だからな。
「……なぜミーシャが料理しているんだ?」
あ。ミリアルドがこっちに気がついた。
……って、おじやが全部ないじゃないか!
「私のおじやはどうしたんですか?」
「おいしかったら全部食べたぞ。それよりも、ミーシャに料理させるなんて……どうなっても知らないからな」
え。
大丈夫だから止めなかったんじゃないの?
ミーシャの従者らしき人たちの方を見ると、無言で目を逸らされた。
おいおいおい。話が違うじゃんか。
本当に死ぬのは嫌なんだけど?
あまりにも不安なので、ミーシャが何を作っているのか観察したが、材料的にお菓子に見えた。
が、あきらかにお菓子の材料じゃない物が混じっている。
……なんで野菜ジュースと豆乳があるんだ?
たしかに健康そうな雰囲気はあるが……お菓子に混ぜて大丈夫なのか?
……きっと、美味しくできるレシピを知っているんだろう。
そう思わずにはいられなかったが、さっきから見ていると、分量ちゃんと測ってないんだよな。
お菓子作りって、計量が命のはずなんだけど……。
ミーシャってこんなに大雑把な性格だったのかぁ。
意外な一面を知れたが、不思議なことに全く嬉しいと思わない。
このあとアレを食わされるからだろうか。
せめて焼き時間はちゃんとしてくれよ。
生っぽいとアタる可能性があるからな。
しばらく見守っていると、ミーシャが自信満々で完成品を披露して来た。
「できましたわ! さぁ、レイナさん。お食べになって」
綺麗な薄オレンジ色のクッキーで、ぱっと見美味しそうに見える。
なんか、過程を見て不安になっているだけな気がして来た。
だって、毒味役の従者さんたちが念の為にと食べたけど、普通にしてるし。
実はうまいのかもしれない。
推しの手作りクッキーを食べれるとか、役得か?
期待感に胸を膨らませ、一つ手に取った。
「では、いただきます」
口にいれて、一噛み。
一気に広がる、粘土のような風味。その奥から漂う、野菜の香りと、豆っぽい乳臭さ。野菜ジュースと豆乳が明らかに喧嘩している。
端的に言うとまずい。
なんでこんなにまずいんだ!?
野菜ジュースと豆乳が入ってただけだろ!?
そんなに変な物入ってなかったじゃないか!
あまりのまずさに、自然と涙が出てくる。
なんで毒味役は止めなかったんだよ!
しかもあんなに平然として!
変なところでプロ根性を発揮するな!
口に入れちゃったから全部食べるけどさ!
その様子を見ていたミーシャが、なにを勘違いしたのか、喜びをあらわにした。
「涙が出るほとんどおいしいんですのね?」
あぁ、そんな顔をしないでくれ。まずいって言えなくなる。
推しを傷つける勇気がなかった私は、言葉を真綿につつむように、何重にも梱包して差し出した。
「すごく個性的な味です。初めて食べる風味で、興味深い味わいですね」
「まぁ。それはよかったですわ。ミリアルド様はいつも食べてくださらなくて。毎回従者に食べさせていたのですけれど、今日はレイナさんが全部食べてくれそうですわね」
これを!? 全部!?
え、私を苦しめるために、わざとこれ作ったの?
そうだったら好感度下がるんだけど。
「ミリアルド様が食されないのに、お作りするんですか?」
「えぇ。私の作った物で喜んだ顔が見たくて。でも、いつもご遠慮なさるんですの」
あ。これ本当に相手のためを思って作ってるやつだ。
悪気なんて微塵もない。
混じりっ気のない善意だ。
だからこそ、悪意があるよりタチが悪いのだけど。
これだと下手に傷つけることも言えない。
せめて味見をしてくれればよかったのだが……作り慣れてない人って味見の過程を飛ばしがちだよな。
貴族のお嬢様だし、仕方ないのかもしれない。
ミリアルドも強く拒絶できないのか、やんわりと断っていた。
「……そうだな。今もレイナの手料理を食べ過ぎて、もう入らないかもしれない」
「残念ですわ。でも、これでお腹いっぱい食べられますわね、レイナさん」
こいつ……自分だけ逃げようとしやがって。
くっ……仕方ない。
推しの心を守るためなら、舌が壊れても構わない。
全部食べ切ってやるからな!
「ありがとうございます、いただきます」
意を決して、一口、また一口と口に入れる。
噛みすぎるとえぐみが広がるので、ろくに噛まずに飲み込んでいく。
本当は飲み物で流し込みたいが、あまり目立つようにやると怪しまれる。
口が乾いた体で、うるおす程度にしか飲めなかった。
あまりにも勢いよく食べていたからだろうか。
ミリアルドが興味を持ち始めた。
「そんなに美味しそうに食べるなら、一口貰おうか」
「……私のおじやを食べたくせに、また私から奪うおつもりですか?」
余計なことを言いそうだから、食べさせたくない。
が。私の食べっぷりが祟ったのか、ミリアルドは強情だった。
「いいではないか。ミーシャも、俺が食べるなら喜んでくれるはずだ」
「そうですわね。是非ミリアルド様にも食べていただきたいですわ」
あーあ。せっかく気を使って、やめとけって遠回しに言ったのに。
こいつもこいつで食い意地が張ってるよな。
私の心配をよそに、ミリアルドはクッキーを口に入れる。
せめて否定の言葉だけは言ってくれるなよ。
そう願っていたのだが――。
「うっ……まずい……」
あっばか! 口に出すな!
ほら、ミーシャの顔が曇った!
「美味しくなかったですか……?」
ミリアルドが肯定する前に、口を挟むことにした。
「まずまずのいい出来だな、と言ったんですよね?」
……一言で矛盾しているが、乗り切るにはこれしかない。
絶対否定するなと念を込めて、ミリアルドを睨む。
その圧に怯んだのか、歯切れが悪そうに同調してきた。
「そ、そうだな。個性的な味で、初めて食べる風味だ」
私と全く一緒のこと言うんじゃないよ!
いくらコメントに困ったからと言っても、もっとこう、なにかあるだろ!
ミリアルドは残りも食べ切ったが、それ以降は手に取らなかった。
その代わり、黙々と食べる私を、尊敬の眼差しで見てくる。
愛があるなら普通はこれくらいやらないとダメなんだぞ。
本来はお前の役目だからな。
ほとんど食べ切った頃、ミーシャがぽつりと、とんでもないことを言った。
「そんなに美味しいなら、私も一口いただこうかしら。今まで自分で食べてこなかったので、味を知らないのですわ」
それはダメ!
推しの口にこんなもの入れられない!
作ったのはその推しなんだけどさ!
「ミーシャ様が私に作ってくれた物ですから、全部いただきたいです」
「まぁ。私が作ったのですから、一口いただくのはいいでしょう?」
「それを言ったら、私が食べようと思っていたおじやは、ミリアルド様に全て食べられてしまったのですけど」
「自分がされて嫌なことを人になさるのですか?」
うっ……劣勢だ。私一人じゃ止められない。
頼む、ミリアルド! なんとかミーシャを止めてくれ!
すがるようにミリアルドを見ると、やつはとんでもないことを言った。
「いい機会だ。一度自分の作った物を食べてみるといい」
あほー!
このあんぽんたん王子!
そんなんだから第二王子に能力で負けるんだよ!
私の必死の努力もむなしく、ミーシャはクッキーを手に取って、一口齧ってしまった。
にこやかにしていたのは最初だけ。
咀嚼が途中で止まり、食べかけのクッキーを皿に置いて、彼女は吐き捨てるように言った。
「……こんな家畜の餌にもならないようなものを、二人は喜んで食べていたのですか?」
よかった! 味覚はちゃんとしてるんだ!
美味しいと思って作っていたらどうしようかと思っていたよ。
推しの味覚が壊滅的でないことに安堵していたのも束の間、ミリアルドが、余計なことを言った。
「俺は一個でやめた。レイナに至っては、ミーシャが傷つかないように、我慢して食べてくれただけだ。勘違いするな」
そんな冷たいこと言わなくてもいいじゃないかよぉ!
仮にも婚約者なんだろ!
もっと優しい言葉をかけてあげるべきだろ。
ミーシャは心底悲しそうな表情をしながら、私に謝って来た。
「……申し訳ありません、レイナさん。こんな廃棄物のようなものを食べさせてしまって」
「いえ、そんな。私がやりたくてやったことですから。今度はきちんと計って作りましょう? 私も手伝いますから」
励ましても、ミーシャの顔は晴れない。
俯いて、どこか悔しそうに涙を堪えている。
あーあ。推しにこんな顔させたくないから頑張ったのに。
あほ王子のせいで台無しだよ。




