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自分の立場を考えろ、ばか。

 ……悩ましいけど、進むべきな気がする。

 引いてばっかりでは何も得られないからな。


「わかりました。それでは。少し身の上をお話しいたします。私には母しかおりません。赤子の頃に、父が病気で亡くなっています。それから二人で生活をしているのですが、仕事で忙しい母に変わって、私が家事をしておりました」

「ならば、今は家事をしてくれる者がおらず、母君も困っているのでは?」

「そこは、私が次期聖女となったので、支援金をいただいておりますから。生活費の心配がなくなり、無理な労働をしなくても良くなったようです」

「そうか。ならば安心だ。レイナは親孝行な娘なんだな」


 親孝行……今はそうかもしれないけど、昔はひどかった。

 転生して、女の子になったことが受け入れられず、色々迷惑をかけたからな。


「いえ、実はそうでもなくて……幼い頃は、やたらと怪我をして心配させておりました。男の子と遊んでばかりいましたから、生傷がたえなかったのです」

「そんなにやんちゃだったのか?」

「ええ、それはもう。木に登るわ、虫取りに山へ向かうわ、戦いごっこと称して魔獣に挑むわ。あげくの果てに、自分の呼び名は僕でした」


 自分が女の子だと思いたくなくて、男の子のような行動ばかり取っていた。

 変わったきっかけは、魔獣に挑んだ時だろうな。

 大怪我して、お母さんを心配させて、なにやってるんだろうって思った時に、行動を改めるようにしたんだ。

 あれがなければ、今も性自認は男だったかもしれない。

 

「それはまた……経歴だけ聞くと、聖女とは思えんな」

「そうなのです。私も聖女の信託をいただいた時は、信じられない気持ちでいっぱいでした。魔法は使ったことがありませんし、人を癒すなんてもってのほか。できることと言えば、料理洗濯などの家事くらいですから。本当に聖女が務まるのかと、今も不安ですよ」

「ほう。先ほども気になっていたが、料理ができるのだな? 一度食べてみたいぞ」

「そんな、恐れ多いですよ」


 王族に食べさせるなんてとんでもない。

 そこそこ食えるくらいには上達したが、あくまで庶民料理だ。まぁ、ゲームに出てこなさそうな前世の料理とかも作っていたから、お母さんには将来お店を出したら、なんて勧められていたけど。

 自分で考えついたわけじゃないし、それはやらないつもり。

 そんな程度の腕だから、貴族の口にいれるのは恐れ多いのだ。

 しかし、ミリアルドは止まらない。


「いいではないか。食べてみたいぞ、次期聖女の手料理。とても自慢になりそうだ」


 あー、はいはい。たしかに話題にはなるでしょうね。

 そんなことでマウント取りたいなんて意外と子供っぽいんだなと思うけど、こいつ、大事なことを忘れてないか?


「他人の手料理を気軽に食べようとするなんて、毒殺されたいのですか? いくらなんでも警戒心が薄すぎますよ」


 こんなのでも王族だからな。

 そんな人が、庶民の手料理を食べようとするなんて、殺してくださいと言ってるようなものだ。

 自分の立場を考えろ、ばか。

 しかし、ミリアルドはまじめな顔で、まっすぐ言うのだ。


「レイナはそんなことしないだろう?」


 しないけどさ……。

 今は一般常識のことを言っているんだよ。

 どこに庶民の手料理を食べる王族がいるんだ。


「それはそうですが……立場というものがありますでしょう? 第一、そんなことをすればミーシャ様に合わせる顔がありません」

「いいではないか。誰かの手料理というものを一度味わってみたいのだ」

「シェフも手ずから作っているのですから、手料理と言えるのでは?」

「俺はレイナの家庭の味を知りたいのだ。どうか頼めないか?」


 あーもう! しつこいな!

 なんでそんなにこだわるんだよ!


「いくら王族とはいえ、度がすぎているかと思われます。何か私の手料理にこだわる理由でもあるのですか?」


 そう問うと、ミリアルドは寂しそうな顔をしながらぽつりとこぼした。


「……俺は王族だから、一般家庭の味というものに憧れがあったのだ。母の味、というものを知らずに育って来たからな。レイナのそれは、俺が食べられる物の中で、最も近しいだろうと思ったのだ。……しかし、あまりわがままを言っても困らせるだけかもしれない。家庭の味は諦めるとするよ」


 あー……くそっ!

 悪いことしてないはずなのに、なんかこっちが悪い気分になる!

 ……まぁ、暗殺を疑われないのなら、作ったところで減るもんじゃないしな。

 ミーシャとの伝手を取り持ってもらうためと思えば、こういう餌も必要だろう。王族にとっては、本当に餌のような食べ物な気がするけど。

 それは私が判断することじゃない。


「……わかりました。そこまで言うのならば、お作りいたします」

「本当か!?」


 喜びをあらわにするミリアルド。だが、タダで作るわけにもいかない。

 

「ですが、二つほど条件があります」

「なんだ。言ってみるといい」

「一つは、ミリアルド様と、そのお付きの方の目の前で作らせていただくこと。怪しい動きがないと証明していただき、万が一、具合を悪くなされても、責任を追求しないでいただきたいのです」


 要は暗殺するつもりはないから、どうなってもこっちのせいにしないでくださいよ、ってことだ。

 結構横暴な要求な気がするけど、これが飲まれないならそもそも作りたくない。

 ミリアルドになにかあって、死刑とかになったら元も子もないからな。

 彼もそれがわかっているからか、大きく頷いていた。


「そうだな。俺が食す前に、毒味役も用意する。それならば安心できるか?」

「はい。私がなにもしていないと証明できるのならば構いません」

「わかった。して、二つ目は?」


 私にとってはこっちの方が重要だ。

 ご褒美がないと、王族に手料理振る舞うなんてイベントやりたくないからな。

 そのご褒美は、当然――。


「ミーシャ様との仲を、きちんと取り持ってもらいたいのです。そのためには、ミリアルド様自身が、ミーシャ様との仲を修復していただかないと困ります」


 ミーシャのことに関しては、結局頼れるのがこの男しかいない。

 今の状態で私にできることは何もないし。

 他力本願にはなるけど、こうするしかない。


 ……自分でも、ミーシャに対する執着が異常だな、とは思うよ。

 でも、()の心を救ってくれたのはゲームの彼女なのだ。

 前世で友人との板挟みに陥って、立場が悪くなっていた時。

 彼女の気丈さに勇気づけられて、本心を言えたのだ。

 立場的には全く違えど、周囲の期待に応えなければいけないのは同じだと思ったから。

 集団の統率者となる彼女の言葉は、心に響いたのだ。

 

 これは、憧れ、という感情が近いのだと思う。

 別に、恋仲になって、エッチなことをしたいとかは思っていない。

 お互い女だからな。


 でも、彼女に認められて、良き友人となりたい。

 そうすれば、あの頃より人として成長したと認めてもらえる気持ちになるだろうから。


 彼女にこだわってしまうのは、こういう理由なんだと思う。

 それは、本人にも言えないけれど。


 ()の、私の、大切な気持ちだ。


 だから、今の状況は結構まずい。

 見限られて信用がないからな。

 ミーシャからの信用を取り戻すためには、手段を選んでいられないのだ。


 その頼みの綱のミリアルドは、事の重大さを分かっていないように、気軽に要求を承諾して来た。


「なんだ、そんなことか。もったいぶるからもっと重要なことかと思っていたぞ」

「そんなこととはなんですか。私にとっては重要なのですよ」

「聖女の心を掴んでしまうとは、ミーシャも隅に置けないな。ここまで熱心だと、妬いてしまうぞ」


 男にやきもち焼かれても嬉しくない!

 ミーシャからだったら喜ぶけど。


「ご冗談を。嫉妬する対象が違うのではないですか? 私に好かれても、ミリアルド様はお困りになるだけでしょう」

「そんなことないぞ。聖女との友好はいくらあっても良い。親愛にまでなってしまうと、それは問題ではあるがな」


 ミリアルドは、はっはっはっと声をあげて笑っているけど、そうなる未来もゲームではあるんだよ!

 冗談になってないから!

 あんまり突っ込むと変なことになりそうだから、本題に戻すとしよう。


「……それで、条件は飲んでいただけるのですか?」

「構わん。それくらいならお安い御用だ。して、次の休みは空いているか?」

「空いておりますが……まさかそんなにすぐの予定なのですか?」

「あまり間をあけて忘れられても困る。ミーシャとの仲だけ取り持って、すっぽかされるのは嫌だからな」


 ちっ。少しそうならないかと期待していたのに。

 でもまぁ、飯を一回作るだけだ。

 そんな大変なことでもない。

 早く用事を済ませられるなら、願ったり叶ったりだ。


「わかりました。では、今度のお休み……となると、あさってか、しあさってでしょうか?」

「そうだな。しあさってにしよう。構わないか?」

「えぇ。私は寮暮らしですから。特に予定などはありません」

「ではそうしよう。なに、こちらも期待には応える。楽しみにしておけ」


 えー……なんか不安だ。

 何をするつもりか問い詰めたかったけれど、予鈴が聞こえている。

 そろそろ授業だから教室に戻らなきゃ。

 私はミリアルドと連れ立って、個室を出た。


 ……別々に戻ればよかったと思ったのは、周りが騒がしくなってからだった。

 ほんと、失敗した。

 なんで二人で一緒に帰ったんだろう。


 ミーシャの機嫌が気になってそちらを見ると、相変わらず虚な目をしていた。

 あぁ、こわい。

 何も言われないのが逆にこわい。


 色んなことが気になって、その後の授業はあまり集中できなかった。

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