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美しき神

「すみません地球さん、貴方最近病気にかかりましたよね?」

「うん。そうなんだよ。つい一月前までは皮膚が荒れていただけでおさまっていたんだけど、それから半月、体が熱っぽくなり始めて、今月にはついには毛まで抜け始めたんだよ。あれからもう進行は見られないけれど、本当に困ったものだったよ。それに引き換え良いよね月は。俺が美しさからじわじわとかけ離れてゆく中で、美しさを次々と手に入れついには『真の水の惑星』なんて皆から誉められ」

「そんなことはありません。今でも随分と綺麗ではありませんか」

月の真の意味を持たないそのお世辞に、小ばかにされたように感じ腹が立った。

「そうかい。なら、今君の皮膚は何色だい?」

「えっ…。緑、と青です」

「じゃあ、俺は何色だ?」

奴は答えなかった。俺は数年前、それは美しい緑と青、所々の淡い白がなんとも言えぬ美しさを引き立て、皆からは『水の星』などと誉れ、中には嫉妬心を抱く者までいたが、今となっては過去の栄光。一面、赤錆のような茶色が覆いつくし、所々の濁りがその醜さを倍加していた。今や、『赤錆の惑星』にまで成り下がっていた。奴が答えないのもまぁ、無理も無い。そういえば、昔、火星に同じような事を言われ困り果てた時期があり困り果てたことがあった。あの時の俺は表面上では慰めていたが、内心、他を愚弄し自らを褒め称えていた。おそらく、目の前の『真の水の惑星』さんもあの時の俺同様、俺を心底馬鹿にしているに違いない。畜生。本当に腹立たしい。どうにかして、見返してやりたいものだ。

 どうにか手はないかと俺は三日三晩考えに耽った。そして、ある疑問に辿り着いた。

「火星は今頃どうしているのだろう」

奴は昔、

「美しさを我が物にし、お前を見返してやる」

と言ったきり、そっぽを向いて、一切会話はしていなかった。

奴なら、醜い者同士、恥じることもない。直ぐに訪ねる事とした。といっても、我々惑星はあまり近づくことは出来ぬのだが。

「やい火星。少し、相談があるのだが」

奴は丁度、太陽さんの光の当たる範囲におらず、暗くなっていたが自分の隣にいるため今話しかけた相手が奴であることは明白だ。

しばらくすると、光がゆっくしと差込み、奴の体が鮮明に映し出された。

 俺は目を見張った。俺の呼び声に反応し、こちらを向いたのは、一面銀色で覆い尽くされた奴だったからだ。

「どうした。お前」

「あぁ、お前か。噂は聞いてるぞ。随分と、醜くなったんだってなぁ。うん。噂どおりだ。いや、それより少し酷いかな?それに引き換え今の俺、見てみろよ。この全身武装。銀色が眩しいだろう」

皮肉にも太陽さんの光が反射し、きらきらと白い光を放っていた。そんな事は見れば分かる。それより、奴の変わり様に俺は心底驚いた。あの赤茶けた醜い惑星からどうしてこんな美しいとは言えないが、見栄えのいいものになったのだろうか。聞かずにはいられなかった。

「お前、どうして…?お前はもっとこう、赤土の塊のような地味な奴だったはずだ」

奴の返事は直ぐに返ってきた。そう俺が問うことを待っていたようだ。

「聞きたいか。そうか、聞きたいか。いいだろう。教えてやってもいいぜ。同じ惑星同士だしな」

やけに素直な反応だった。先ほどの言葉にはひどく皮肉を受け取れたが、別人のようなあっさりとしたものだった。なぜだ。

「おいおい、そんな驚いた表情をするなよ。さっきの言葉でそう簡単に教えてもらえると思わなかったのか。大丈夫だ。俺はもう、そんな規模の小さい惑星じゃない。生まれ変ったのさ。あの頃から。もう何もかも違う。さっきの皮肉もそれを強調させるためだ。一度思い出してもらわなきゃ、いまいちピンとこないだろう?」

あんなことを言ってやがる。奴はぜんぜん変わってなんかいない。さっきから、奴の嫌味がひしひし体に伝わってくる。まぁ、好都合だ。今のうちに聞き出しておこう。

「おい。で、なんでなんだ?お前がそこまで見栄えの良くなった理由」

「あぁ、これさ」

奴の出した物はなにやらチューブのような物でなにか書かれている。

「なんだそれ」

「これは。殺虫剤さ」

「殺虫剤だと?」

「あぁ。最近、君は病気にかかったね?」

俺がこくりと頷くのを確認すると奴は得意げに話し出した。

「そう。お前は病気にかかったと思っているだろう。だが、違うんだ。俺たちが美しくなったり、はたまた醜くなるのは実は虫のせい。その虫ってのは俺たちの皮膚に住み俺たちの皮膚や栄養分を食いたいだけ食い荒らす。それで、今のお前だ。お前が病気だと思っているのもこいつが原因なのだよ」

俺は心底驚いた。俺たち以外に生物がいるとは。しかもそれが憎むべき相手だとは。

奴は話し続けた。

「それで、活躍するのがこれよ。殺虫剤。これで、俺たちにはびこる虫どもを死滅させられる訳よ。だけど、それで一件落着ってわけではないんだ。確かに、虫は死に、美しくなれると思うかもしれない。だが、不思議な事に虫がいないと緑や青が保たれない訳よ。おそらく、虫にも善と悪があるんじゃないかな。詳しくは知らないが。まぁ、そういう訳で新たにこれが必要になる。植虫剤。これは、逆に虫を植えるんだ。善のな。俺のようになるかも知れない。過去のお前、いや今の月のようになるかもしれない。はたまた、新たな美しさを生み出すかもしれない。どれになるかわ分からないが。美しくなることはまちがいないだろう。」

すっかり聞き入っていた。そして、説明の終了と同時に俺は

「欲しい!譲ってくれ!」

の一言が口から漏れた。奴は当初と変わらず気前よくそれらを差し出してくれた。

そして、

「飽きたり、気に入らない物になったら、また虫を殺して、別の虫を植えつければいい。なぁに、なくなったらまた来いよ」

とまで親切にしてくれた。

俺は大粒の涙を流し、深く深く礼を言った。本当に感謝だ。

「過去の自分が恥ずかしい」

とまでこびてもみた。

 早速、元の場所に戻り殺虫剤をかけ、その後植虫剤を全身、まんべんなく丁寧に塗った。

するとどうだろう。赤錆のような土地は見る見る回復をとげ、まず、青が全身に広がり、ついにはまだ薄くはあるが念願の緑までもが復活をとげた。

私は、今は亡き冥王星にまで届くほどの雄叫びに等しい、喚起の声をあげた。

 

地球はこれからも様々な美しさを手に入れていく。

その度に死滅する地球はさておいて。


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