赤い物
何処からか、5時を知らせる懐かしい曲が聞こえてきそうな夕方、R氏は仕事を終わらせ車を走らせていた。車内では大音量でテンポの良い音楽がかかっていた。R氏はそのテンポにノッて体を揺らし、鼻歌なんかもうかべていた。
車内のジュンチャジュンチャジュンチャジュンチャというテンポに
ドンっ、キャーキャーーと言う音が割り込んできた。
男ははっと我に帰った。
見ると目の前が真っ赤だった。いや、よく見るとそれは血の赤だった。R氏は息を飲んだ。
「あ…、あ…、俺、俺、やっちまった…。引いちまったよ…。あぁぁぁぁぁ、ヤバい、ヤベェよ!」
R氏は気づけば、アクセルと深く踏んでいた。R氏を乗せた車は大きなエンジン音を鳴らして現場を離れていった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、逃げちまったよ…。これからどうすれば…。まず、フロントガラスの血を拭くか…」
R氏は人影の無い草陰に車を止めて、雑巾で車の血を拭いた。幸い車体が赤かったため血はそう目立ってはいなかった。多分、目撃者を除けば、この事には気付いていなかっただろう。それは、皮肉なものでもあった。男は気付いてくれたなら、それはそれで心持が軽くなれるからだ。男はそんな考えを巡らせながら車体を拭いていると、ふと、自分に引かれた被害者を思い出してみた。
「たしか・・・、子供だったはずだ。パッと見のシルエットからは、長髪だった事も思い出すことが出来た。ここからは彼の予測だが、あの時間だ。おそらく、学校を終え下校中だったのであろう。そう思っているとつくづく可哀想な事をしたと彼は深く落込んだ。だが、やはり自首する気には到底なることが出来なかった。R氏は仕方なく逃げ続ける手段をとる事とした。
R氏は血を拭き終えると不自然にならぬ様、道路に人気がなくなるまで待った。だが、夜になっても道路に人気がなくなることは無かった。気付けば3時になっていたが眠気はR氏を襲うことは無かった。
そしてついにその時は来た。道路に一台たりとも車の姿は見当たらなかった。彼は急いで車に乗り込みエンジンをかけた。
誰もいない道路の一本道をR氏の車は静かに走っていた。朝のひんやりとした空気がR氏の頭を冷やし、より一層彼に罪悪感を感じさせた。自分の罪重さを改めて知り、償いたいという気持ちまで出てきたが、やはり、捕まるのは御免という始末であった。
しばらく行くと人気の無い道路沿いに警官が一人ポツンと立っていた。R氏は恐ろしかった。自分の罪がばれるのではないかと。R氏はなるべく平常を装って前を通り過ぎようとした。だが
「あの、すいません…」
話しかけてられてしまった。
しかし、R氏はなおも平常を装う。
「はい、なんでしょう?」
「いえ、貴方の車の上に赤い…」
その警官の一言でR氏は通常では働かないようなひらめきが働いた。
「「おそらくだが、引いた血まみれの遺体が車の上に乗かっていたのだろう。ならもう、言い訳は出来ないな。ここまでか…」
R氏はひどく肩を落としたが、何かがふっ切れた様に涙がどっと溢れ出し、窓から手を伸ばし警官の肩を強く握り全てを自白した。
「す、すいませんでした・・・。ここから十六㎞ほど離れた街でひき逃げ事件があったはずです。実は・・・、その犯人は・・・・、私なのですよ・・・。私をどうぞ捕まえてください」
R氏は全てを自白しすっきりとしていた。しかし、警官の反応は意外な物であった。
「はい・・・?何を言ってらっしゃるのです?あのですね、貴方の車の上に赤いランドセルが乗っていますよ?どうなさったのですか?」