代償
恵まれたわけではない、だからといって恵まれない訳でもないいたって特色のない土地にA国があった。だが、一つ誇れることがある。A国の住民は前科者が世界的に見てもずば抜けて少ないものだ。
それは、当たり前に国の創成期からずっと犯罪に対する法律が厳しいためである。万引きや、刃物所持などの軽犯罪を除いては、すべて死刑や終身刑とされるのだ。
犯罪が起きる件数が少ないというよりは、刑務所から出てくることの出来る人が少ないといった訳なのだ。
しかし、政府はこれに頭を抱えていた。街にはびこる前科者が減るのはいいが、人口が減る一方なのだ。だからといって、創成期からの伝統の憲法を変える訳にもいかない。
政府は何度もの会議を繰り返した結果、まことに馬鹿馬鹿しく思えたが、悪魔にすがる思いで黒魔術に頼ることにした。
それは、昔から機密情報として代々受け継がれてきたものだったが、今まで、誰一人つかったことが無かった。今まで、そんな迷信を実行しようなどという愉快な政治家はこれを知る者の中にはいなかったからだ。
さっそく、準備に取り掛かった。蛙の目玉、赤ちゃんの髪の毛、狐の舌、紫色の草などと珍物が国内から、国内で見当たらないときは世界中から探し出し、取り寄せた。
材料がそろい、机や椅子が片付けられた会議室に大きな魔術陣を書き、儀式は始められた。
鍋に材料を全てを放り込む。色は毒々しかったが、その香りは花畑を舞う蝶のようなとてもよい気分にしてくれた。
そして、それが、真っ白になったならば、床の魔方陣に無造作にぶちまけた。
すると、どうであろう。紫色の濃い煙が部屋中に充満し、それが晴れると、なにやら目の前に一人の顔を見かけない男が立っていた。
しかも、ただの男ではない。角が生え、尾も生えているのだ。よく見ると口の中に鋭い牙が生えそろっている。
しばらく不敵な笑みを浮かべ黙りこくっていたが、ついに男のほうから口を開いた。
「私は悪魔だ。さて、呼び出した用はなにかね?」
まさか、本当に成功するとは思っていなかったもので政治家たちは大口を開け、目を見開いた間抜けな顔をお互いに見合わせ、少しのざわつきの後、それらの視線は成功したら悪魔と話す代表に目が向けられた。
一歩前出て、代表は冷静な態度を装い悪魔と交渉を開始した。
「お初にお目にかかります、悪魔様。私どもがあなた様を及び致した理由はひとつ、願いを叶えて頂きたいのです」
「おぉ、そうか、そうか。良い良い。さて、何をお望みかな?」
「はい。でも、その前にすみません。悪魔というものは願いを叶える代わりに代償をもらって行くと聞くのですが、それはないのですか?」
「おぉ、よく知っておるのぉ。私がもらっていく代償は人一人分の魂じゃ」
「魂ですか……。分かりました。ご用意致しましょう」
「そうか。なら、早速願いを言え」
男は悪魔に願いを告げた。それは、会議で決めた合理的なものであり、また使われる命もそうやって決めたものだ。その命とは死刑、終身刑を宣告された囚人たちの命。どうせ、失う命だからせめて国家の為に役立てようとリサイクル感覚の発想である。
悪魔はそれ以来、何度も何度も呼ばれ、その度に悪魔は満足そうに命を貰い帰って行く。帰っていく悪魔を見送る政治家たちの顔もまた、満足気なものになっていた。
しばらく、続けていると悪魔が健康状態の良い命をくれると、願い事の産物もそれに比例すると教えてくれた。
囚人たちは不味く冷えた飯を食べさせられていた為、健康状態は極端に悪かった。そこで、政府は方針を変えた。その日から、囚人たちの冷たく、みすぼらしい食堂からはそれに合わない、とてもいい香りのするご馳走が出された。
囚人たちの健康状態は次第に良くなり、常人以上の健康状態になるまでになった。悪魔も、大満足だった。
そんな、ある時、ある軽犯罪を犯した若者が出所した。
その若者は、刑務所で見た死決定の囚人への待遇の良さを待ちのみんなに言いふらした。一般の人々は少し驚くほどで、あったが、そうでない、俗に言うホームレスと呼ばれる人々はそれに食いついた。死もそろそろであるから、最後くらい贅沢しようとわざと犯罪を犯し始めたのだ。と言っても、殺人を起こす勇気など無い。
仮にあったとしたら、こんな生活はしていないだろう。彼らは、大抵空き巣なんかで捕まるのだ。
そして、彼らは満足に過ごし、健康なのにも関わらず、ある日静かに死ぬのである。
そして、そんな奴等は急増していった。事実、幾らホームレスが刑務所に入ろうと誰も迷惑しないわけで、止める者もいなかった。
そして、どんどん死んでいき、願いの糧となる。
しかし、前の様に人口が減ることは無い。
悪魔は今日も彼らの命と引き換えに、可愛い赤子を置いていくのだ。