寒寒寒寒寒寒寒寒or熱熱熱熱熱熱熱熱
ホロ達の過ごしているナヲワラズ学園は水の神の国ナヲワラズに存在する。
感覚することが出来ぬ者にさえ、人格が存在すると神は定言した。
おはよう世界。
新たな朝へ侵食され、死にゆく夜の空を眺めることしか出来ぬとは、実に無念なことだな。
いや、夜に思い入れや名残惜しさなど微塵もないのだが。
寧ろさっさと死ねば良い。
さて、今日というのは、リジとデートを約束した日。
休日に、わざわざ取り付けて誰かと会うだなんて久々のことだ。
何故約束したのかは忘れたが、とにかく楽しみで仕方ない。
土の神の国マノレシャドから取りせた粘土で壺作り体験をさせてもらえるんだっけか?
いや、壺の踊り食いだったかな…
クローゼットを開ける。
見渡す限り全部同じ服だ。
仕方がない。俺の感性は、自身の容姿や服装に対して全く働かないから。
これに関しては本当だというのに、知り合い達は『冗談だろ』だの『クソナルシ』だの散々言ってくる。果たして、どの考えでそう酷いことをほざいているのだろうか。
俺は嘘や偽りなど知らぬ、廉潔で無垢なただの超絶イケイケ伊達男だというのに。
俺は人間関係の諸々について神に見放されているのかもしれないと溜息をした。
しかし、どうしようもないことに気を取られてはいけない。
俺は目を閉じて、暗い静寂が自分に何かを囁くのを待つことにした。
俺の開運のためには“閃き“が必要なのだ。
後悔のない選択のためには、時間を掛けるということが非常に重要である…
暫し。そしてその時が来た。
「今の俺には、最善が手に取るようにに分かる!」
灰色のシャツの海から、直感的に灰色のシャツを選ぶ。
緑色のパーカーを掻き分け、直感的に緑色のパーカーを選ぶ。
赤色の靴下の山から赤色の靴下を選び、黒のズボンの中から黒のズボンを引き出す。
我ながら素晴らしい決断とセンスである。
着る服も決まったので、待合すると決めた時刻までの時間を潰そう。
昨日貰った魔道具でも動かしてみるか。
夜間の間、つまりこの小説に描写されない間にわざわざアイツの拠点まで行って受け取ってきたわけだが。
仕事用のコートを引っ張り出し、内隠しに突っ込んでいたそれを取り出した。
多機能魔道具の『ア・フォン』とか言ってたか。
適当に発音したらアホ呼ばわりされる可哀想な奴だな。
この世界に『メッセンジャー』と呼ばれる通話機器は元から存在するが、それに序ででは済まないほど多くの機能をつけた革新的な魔道具らしい。
『起動が正常に完了しました。文昌協会は現在、伝言機能のみを提供しております』
魔道具を起動させると、白い画面の上に黒い文字列が浮かんだ。
これ幻影魔法だなと内心考えつつも幻影に触れると、画面は移り変わる。
『こちらは伝言機能を使うための画面です。端末上でサインカードを交換した相手との間で、完全に秘匿された遣り取りを行うことが出来ます~ 』
連絡先のリストが表示された。
これは“試作品“らしいので、連絡先を交換できる相手などいないも同然だと思うが。
そう思ったのだが、何故か元からリストに二人分の連絡先が登録されていた。
【サインカード一覧】
・白天の守護者 『夜も平和でありますように』
・リク 『開発者です』
…誰だ?こいつら。
よく分からないから両方消しておくか。
現在出来ることは少ないようだが、後に新しい機能が配信されるらしい。
これが普及する未来はあるのだろうか?
そう思いつつ俺は手に持っていたアホを机の上に転がした。
「リジ、俺は全然待ってないから気にするなよ」
「お前が後から来ただろうが。つか正直お前が時間通りに来るとは思ってなかったんだけど」
「はあ?!俺は時間通りじゃなくて23番通りから来たんだが!?」
「ホロ、人前でイカれた会話を始めないでな。それで、お前の懇意にしてる商人のところに連れて行ってくれよ」
「そんなことよりも向こうの路地でやってた鉄球掬い面白そうじゃね?絶対に破れない紙で10tの鉄球持ち上げられたら賞金だってよ。挑戦料は10万円」
「何から何まで詐欺だろそれ。いいからさっさと行け」
リジに軽く蹴られたので、俺は諦めてリジを背負い投げした。
滅茶苦茶喚かれたので露天で苺飴を買って丁寧にあやしながら与えたら大人しくなった。
王都の裏町には後ろ暗い背景を持つ者、阿漕な真似をする者の多くが屯している。
当然騎士や警備団のような機関は存在するが、まあ簡単に判別がつけられるものでもない。
と言っても、俺の“友人“は取り締まる対象になどなり得ないのだが。
「リジはさ、何がそんなに気になったわけ?」
「そりゃさ、ホロみたいなのだとしても一応友達なわけだし。友達が得体の知れない詐欺食物食わされたたら心配するだろ」
完全に俺が詐欺の被害者みたいな言い方をするじゃねえか。
俺の鑑識眼を舐め過ぎじゃないか?
その気になれば目の前にあるものが生物か無機物かを判別することだって出来るんだぞ。
内心そう愚痴りながら、早足に燻んだ黄色の壁の家屋へ足を運ぶ。
扉を開けると、耳障りなドアベルの音が周囲に響いた。
俺は苛ついたのでドアを開け閉めしまくってドアベルの騒音で営業妨害をすることにした。
まあ全く店って風情でも無いんだけど。
「ビクッ!!えっ誰!?何しにきたの?」
部屋の中央にあったソファで呑気に寝転んで雑誌を読んでいた青年はビクッ!!と言いながら身を跳ねさせた後、緩慢な動作で起き上がってこちらに視線をやる。
彼の首に巻かれたロングスカーフに付けられた宝石の飾りが、ジャランと音を立てた。
「あ、ホロさんか……誰と一緒に来たの?友達な筈がないものね?」
「俺もこんなのが友達なんて信じられないです」
「ホロ、殴るぞ」
俺が彼の言葉に納得しながら頷くと、後ろにいたリジが背中を叩いてきた。
確かに俺は打てば響くような賢さを持つ男だが、本当に叩かれても困るもんだ。
……今宣言する前に殴ったか?
そんな俺たちを見やった青年は襟を正した様子で咳払いをすると、にこやかな笑みを浮かべ、リジに向けて口を開いた。
「初めまして。僕はしがない行商人のハトと申します。ホロさんの紹介で来てくれたのかな?」
「……リジです。ホロと同級生なんですけど、彼が貴方から買い受けた商品について尋ねに来ました」
リジはどこか警戒しているようにも思えるが、それもあまり色に出さず一見普段の好青年らしい態度だ。
「うーん、ホロさんと取引みたいなことはあんまりしてないような……ああ、海龍の肉とかかな?」
「そうです。正直彼がそれを食べたと言った時、あり得ないと思ったもので」
リジの言葉を聞くと、ハトは少し困ったように腕組みをした。
「リジさん、最近新聞か何かで【白星】が海獣を討伐したって話を聞いたことがない?一応ね、僕も少しそのお零れを貰ったんだ」
「ああ、1話で俺が読んだ新聞に載ってたやつな」
「もしかしてその海獣の正体が海龍ってことですか?実際そうだったら世間的に騒動になってるはず……いや、ホロは何を言ってるの?」
この国ナヲワラズに国教は無いが、国内で信仰される中で特に有名なペール教では海龍が源流とされる神を信仰している。
実際に海龍が討伐されたとするなら、信者が必ず是非を問うであろう事件だ。
「まあ、そうだね。だから事実、討伐された海流の存在は改竄されて、単なる水棲の大型魔獣として捻じ曲げられたわけだけど」
「本当だとして何故俺にその話を?」
「だって僕のことを疑ってるんでしょう?僕は疑われることが嫌いで、嘘も大嫌い。だから別に構わないんだ」
顎に指を当てて得意そうに言うハトを見て、リジは難しい顔をした。
「最後に聞かせてください。ホロとどんな取引をして、その希少な素材を渡したんですか」
「貰ったのは、とっても大事な情報だよ。詳しくは言えないけど、海龍の肉くらいあげてもいいかなって思える程度には。これでいい?詐欺師の疑いは晴れたかな」
「……成程。根拠無く疑って申し訳ありませんでした」
リジはため息をつきながら頭を掻く。
バツが悪いという様子ではなく、単なる気の緩みらしい。
「まあ悪い人ではないみたいで良かったです。ホロは正直信用ならないんで」
「はは、それはちょっと分かる」
「何故だ?」
よく分からない話題で意気投合している二人を横目に、俺は近くにあったラックに突っ込まれていた王都観光のガイドブックを手に取って流し読みしていた。
「なあリジ、今なら俺達カップル限定メニュー頼みに行けるんじゃね?」
「ねーよ馬鹿」
「君たちデートする仲なの?」
「違います」
リジが食い気味に返答するが、ハトは素知らぬ顔をしてカバンから紙切れを取り出した。
「バンドライブのペアチケットあるんだけど興味ない?知り合いに貰ったんだけど興味なくてさ」
「リジも10年前から行きたいって言ってたから貰っとくわ。さんきゅ」
「ホロ?え、今から?」
俺は乱雑にハトからチケットを受け取ると、リジの手首を掴んで引き摺りながら家屋から出た。
『時は金じゃ買えないのにー!!金の音でときめく俺ー!!』
「えらい過疎なライブだな」
「ホロ、黙れ。てか数十人はいるだろ。なんだこの歌詞」
ステージの中央で無茶苦茶な音程の歌詞を絶叫しているカラフルな髪色の男とその取り巻きの演奏者を眺めつつ、俺は頼んだ葡萄ジュースに口をつけていた。
ストローを3本刺したのにリジは一切手をつける気はない。
「なんでだよ。イチャイチャしようぜ」
「やっぱ紅茶が一番うめー」
俺はジュースをリジの方に近づけるが、彼はバンドでも俺でもない虚空を眺めながら、自分で注文した紅茶を飲んでいた。
「使わないならお前の分のストローも俺が貰ってしまうぞ。画面の前にいるお前の分もな」
「え、3本目にも意味あったのかよそれ。てか何だよ画面って」
そんな遣り取りをしているうちにライブは終わりを迎えた。
片付けの始まった会場を後にしようとしている時、ふと会場の端のほうからはしゃいだような声がした。
「チェーララクトさんかな?警備団の」
「本当に綺麗だな。あんな感じなんだ」
などと、観客が当人らにも余裕で聞こえそうな音量で会話しながら俺たちの前を過ぎ去って言った。
ふと一瞥すると、長身の人物が目に映る。
先が透き通り、焔を移したかのように鮮明な赤だ。
王都の警備団なんて言うと特に目立つ仕事でもないが、そう言えばやけに人気な奴がいるら
しいな。多分あいつだ。
「ん?有名人か?それより帰ろうぜ」
特にリジは興味もなさそうにカップに残った紅茶を飲み干した。
俺もミーハーでもねえし居座る理由もない。
今日はもう解散で良いか。
「そうだな。やっぱり最後は王都で流行りの海獣人形でも買っていこうぜ。【白星】の武勇伝を面白おかしく描いた漫画なんかも買いたいな。あと向こうの露店で持ってるだけで全国の銀髪美少年少年から人気になれると話題のマスコット【シオン】のグッズが……」
「ミーハーすぎるだろ」
結局、海獣人形を購入した後一体リジに押し付けて帰ってきた。
『まあ思い出になるからいいか』
などと言いながら、多分内心俺との愛の証が増えて天翔たい気分だったのだろうな。
片手をポケットに突っ込み、片手に自分の分の人形を抱えながら自宅のドアを蹴破った。
別に本当に破壊はしていない。
教科書と雑多な紙の散らばった床に人形を投げ捨てる。
「相変わらず情報量が多い生活だな」
ポケットの中に帰りの店でもらったポイントカードがあったことを思い出し、突っ込んでおこうと財布を取り出した。
俺の財布には赤色の宝石の飾りがぶら下がっている。
これは『結界石』ではあるが、今の状態は価値がないに等しい。
価値がないというのは、単に値段だけの話ではない。
足りないと思うのなら行動すべきだ。
俺は乱雑にカードを財布に突っ込むと、この先はどうしようかと真剣に壁に問いかけた。