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不在主人公  作者: 俺は犬!
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疑懼嫉悪は、期待をする心だ。

現状のままであり続けることに対する恐怖も、課題が杞憂に終わり寧日に落ち着くことへの信頼なしには生まれない。

可能性は俺たちを動かす動機。


……


おはよう世界!

ああ、俺は今はナマコが憎い。海底を這うコラーゲン。

あの噛み応えが恋しくとも、お前達に出逢えない。

その身を食らう快感を俺に植え付けておきながら、この内陸の国から大分離れた海で悠々と過ごすお前らナマコ。



「一度考えてしまったら海鼠が食いたくてしゃーない」


内陸がなんだの言ったが、海鮮や青果物なんかを維持する魔法は広く浸透しているようだ。

とすれば、其処らの市庭で彼らを目にすることが出来るかもしれない。

可能性がある。

見上げれば、視界には曇り空。間もなく雨が降るだろう。

早いところ繰り出してしまえ。





「え、お前…気持ち悪……それ生齧りしていいのか?ぬめってる…うわ…」


というデリカシーの無い友人の声を聞きつつ、俺は海鼠を食いちぎる。

案外魚屋で普通に売ってたな。

これが王都か。まあ、リジの反応からすれば珍味っぽいけど。


「つーかリジ、今日は早起きじゃねえか。毎日寝坊してるって聞いたけど?」

「昨日7つ目覚ましを増やしたお陰で起きれたのかもな。なんか寝覚めが悪かったけど」


目覚ましの数を増やしたところで変わることではないと思うが。

まあ、明日の朝はゆっくり眠れよ。

意味深に生暖かい目で見つめてやるが、そもそも彼は最初から俺に視線を向けていなかった。

ハッシュポテトを齧りつつ、ついぞ降り出した小雨の空を見上げている。


「…そういや、来週使い魔召喚らしいな。今から緊張するよ」

「へー」

「ホロは興味ないんだ?」

「興味はあるぜ?ありありだ。俺は特級の使い魔出しちゃうよん」

「…いや、学生のうちはせいぜい上級くらいだと思うけど。まあ夢見るのは良いことか」


翳りの無い群青の瞳は何も映さず、しかし生気は常に感じられる。

『何処かの誰かさん』とは大違いだな、という感想が浮かんだ。

暫くして、リジの視線が俺の方へと落ちる。


「使い魔召喚が終わった後は戦闘実技で魔法も組み込まれるらしい。ホロは魔法の練習してるか?」

「いんや、特にしてない。練習って何だよ。素振りでもすんの?」

「素振りじゃなくて。お前って攻撃魔法の適正ある?」

「無くはない」

「じゃあさ、放課後にでも演習場行かね?攻撃系の魔法って実践する機会が少ないだろ」

「真面目な奴だなお前って」

「大器晩成型だからさ」



「君って要領が良いんだね」

「そうか?」


今日は模擬戦をするらしい。

金髪☆爽やか野郎のイリスが相手だった。

繰り出される軽い剣撃を雑に去なしていると、感心したような声でそう言われる。

彼は何処かの騎士団から指導を受けているという噂を聞いた。

実際、俺のやり方も悪くはないのかもしれない。

そう思っていると、彼のフェイントに引っかかった。

刃引きされた剣が、俺の脇腹に少し触れる。


「僕の勝ちだね」

「ほげああが아아아아がががががあ!!!この俺が負けるだなんてほげげげげ」

「え、なに…」

「痛い!!!心が!!!!!!」


俺は盛大に転倒して地面を転げ回り、足摺りをして悔しがった。

イリスが狼狽えているが俺はそれを無視して不貞寝をしてやる。

今のは絶対俺が勝てたって。竜騎士団の過酷な試練に耐えたとかいうバケモンだろうが勝ったってー!

きっと何か不正をしていたに違いない。そうだ、あの憎らしいほど綺麗な金髪に光が反射して目を眩まされた。

これは不正だ。


「ホロくん…どうかしたのかい?頭が」

「心配するな子猫ちゃん、俺はオールグリーンだ」

「よ、良かったあ!」


平然とした顔で起き上がってサムズアップをして見せると、イリスは安堵の息を吐いていた。

多分、コイツは本気で俺の体調の心配していたな。

あんなソフトタッチされたくらいで傷つくほど、俺の体はヤワじゃない…ぜ。

そうしてイリスで遊んでいると、背後から非難の声が飛んできた。


「少しは真面目に出来ないの?向こうは真剣に付き合ってたのに」

「そうだぞ、負けが悔しいからってありゃないよ?イリス勝ったのに可哀想じゃねえか」


冷静に考えると、確かに失礼なことをしたような気がしてきた。


「すっいませんでしたぁイリスさんっ!!!!!!」

「ファッ」


俺がイリスの目の前飛び込んで滑り込み土下座をすると、またしてもイリスは色を失って右往左往。

いつの間にやら背後にいたクロに、俺は頭を殴られた。



正午。雨脚が強くなってきた。

この国は、地理的に考えるとそう雨が降ることはないらしい。

知らんけど。

それとは関係なしに、衝動を抑えきれなかった。


「クロ。俺今無性に誰かを連れて屋上に行きたいんだ。二人きりでさ」

「お前からの誘いは嫌な予感しかしないんだが」

「そうだそうだー」


昼休みにまでクロに引っ付くようになった女子がヤジを飛ばしてくる。

今日はピンク髪のボブの子か。新しいな。


「じゃあお前でもいいから来いよ」

「あ、あたし?嫌だよ、てか屋上って雨降ってんじゃない。頭おかしいんじゃないのアンタ」

「ふっ、俺の誘いを断るとはおもしれー女」


俺が悪い笑みを浮かべてピンク髪女子を見ると、彼女は真顔になってさっと背後へ下がる。

なんだよ、クロにひっついてなくて良いのか。

すると、見兼ねたとでも言うようにクロは大きくため息を吐いた。


「ホロ、やめろ。行ってやるから他の奴に迷惑を掛けるな」

「ふわぁモノカーネルくん」


庇われた女子が乙女の顔をしてクロを見つめている。

確かに今のは格好いいよな。分かる分かる。

俺はピンク髪女子を見ながら軽く頷いた。

何故かは知らないが、ゴミを見るかのような視線を寄越された。



「傘も持たずに屋上へ出て何をするつもりだ」

「いいから来てくれ」

「………」


外に出れば、既に降り頻る雨に制服を濡らされる。


「青春ごっこ」

「は?」

「今日はここまでわざわざ来てくれてありがとう。実はどうしても伝えたいことがあったんだ」

「ここじゃないと駄目か?」


はにかむような笑みを浮かべて見せると、クロは眉を顰めながら腕組みをする。

気が立っているのだろうか?それとも…期待しちゃってるのか?

俺は雨に濡れて色気の増したクールビューティーを見据え、ふと、偶然、運命的に気付く。


「あ、クロ」

「なんだ」


俺はひょいとそれをクロの髪から取ってやる。


「頭に赤ナマコ、ついてたぜ」

「そんなわけが、ない………?」


クロは自身の髪を触り、謎の粘液が手に付いたことに愕然としていた。

海鼠は神秘の生物なので、例えクロが超人イケメンだったとしても気取られずに頭に乗ることも可能だ。

そうに決まってるだろ。


「なあ、クロ。俺にとって、お前はこの赤ナマコのように、世界に彩りを加えてくれる存在だ。だけど、クロと比べたら他のものの彩りの全てが淡く見えてくる。クロの鮮紅の瞳は、お前の心の奥底に燃える熱い想いだと思う。お前の赤い炎は何よりも俺の世界を色付けた。俺のクロへの想いに火を灯した。もう赤ナマコじゃ足りない。お前に俺の人生を彩り続けてほしいんだ」

「帰っていいか」



ドキドキ告白タイムの後、俺はクロに小言を言われつつ教室に戻った。

そして、水を滴らせながら廊下を歩くところを担任に見咎められ、俺もアイツも制服から着替えることになったんだが…

教室へ戻ると、アンニュイな雰囲気を纏わせ、しっとりとしているクロの姿に悶絶する女子達が多くいた。

もし珍獣ランドを作りたいという考えが思い浮かんだ時には、是非クロに協力を仰ぐべきだろう。





「だからホロは今ジャージを着てるのか」

「ああ、全て理解しただろ!」

「…まあいいよ、着いてきて。友達が待ってるから」


放課後、約束通りにリジと合流した。

その足で演習場へ向かうと、同じ一年と思しき男女らが3名ほど屯していた。


「ラクゼル、そいつがAクラスの?」

「そうそう、例の問題児」

「何だって?」


俺が不機嫌な声を出すと、リジがまあまあと宥めてくる。


「コイツらに俺も混じって新しい魔法を研究してんだけど。お披露目に付き合ってくれよ」

「いいぜ」

「じゃあ早速」


リジが指示を出すと、彼の友人の一人が何かを投げた後に詠唱を始めた。

地に落とされたのは植物の種。

詠唱が終わると同時に、種は急速に成長して檻の形を成してゆく。


「丈夫な蔓植物の成長を魔力によって調整し、相手を拘束する魔法だ。拘束後、敵の額に一定の間隔で水滴を落とし続けるという仕掛けもついてくる」

「リジ。俺よく分かんないけどよ。拘束は良いとして、水拷問の機能は必要なのか?」

「遊び心ってもんさ」


二番手は、黒い炎を体の周りに纏わせる魔法。


「格好いいな」

「幻覚魔法だな。エフェクトは良いが、炎が術者の動きに追従していないから棒立ちでないと使えない」

「ええ」


最後は、蝶の形をして空を舞う爆弾を生成する魔法。単なる魔力の塊と見せかけて発射された魔力弾は次第に空中で分解され、数十体の色とりどりの蝶が縦横無尽に飛び回る。


「俺はこれ好きだな。使ってみたい」

「分かる分かる。威力は控えめだけど、見栄えは良いしな。魔法式ならここにあるけど………結構複雑だから安定して使うのはなかなか難しいぞ」

「ほー………【交響虹蝶】」


俺が詠唱をして魔法弾を放つと、忽ち其れは分裂して、緑色に発光する蝶となる。

淡い発光をして爆ぜてゆく蝶々を見て満足していると、リジが拍手をする。


「へー……今の一瞬で式を頭に入れたのか?才能だな。俺ちょっとホロのこと舐めてたかも。魔法学の勉強してる?」


リジが機嫌の良さそうな笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。


「してない。つっても、さっき見たように多彩な色の蝶は出なかったけどな。何を見逃したかは分からねえし」

「いいよいいよ、面白い。中級魔法で適正のあるやつはすぐに使えそうじゃん」

「お、マジか?試してみようかな」


リジが魔法の原理を事細かに説明するのに割り込んで俺がにわか知識を披露し、リジに120%訂正される。

そんな光景を眺めていたリジの取り巻きのうちの誰かが言った。


「羨ましいなあ、才能のある奴って」






雨は唐突に降り止んだ。


「まあ、間に合うか」


帰り道。庭潦に足を突っ込んだ。

少し浮かれたくらいがちょうど良い。

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