333333333300代言
光が差せば、活気のある王都の情緒が途端に蘇る。
おはよう世界。
今朝から空き地で素振りをする青年らも、戸外に漂い始める朝の香りも、宛のない連想を楽しませてくれる。
「剣術だの槍術だの物騒な学園だな〜?俺は傷つきたくないぜ」
「基礎教養だから仕方ないさ」
剣の扱いについての講義が終わって、感想を漏らす俺を宥める隣席の同級生。
キラキラと輝く作り物めいた金髪が特徴の、爽やかな男。
名前は確か、イリス?
次は実践段階に入るらしいので、ソイツに剣の持ち方の確認をしてもらうことにした。
何やら進んで俺の手伝いをしたいようだったから。
「どうして剣先を引きずるんだ!ふざけてるの!?」
「俺隕石より重いもの持ったことなくて…」
「…頼むよ。講師の先生に睨まれるから、ね」
俺は震えながら剣を持ち上げた。辛い。腕が震える。
両腕が疼く。今すぐ俺を解放してくれ。
そうでないと俺は…俺は……
「なんだ!やれば出来るじゃんか!」
「うげっ」
イリスに背中を叩かれ、俺は剣を取り落として地面に頽れる。
「このクソみたいな剣を、今後も使わされるのか。正直俺は疲労で死にそうだ」
「今後体力をつければいいのさ。お疲れ様ホロくん…立てるかい?」
この男、先ほどまでは鬼気迫る表情をしていたが、今やその影もない爽やかな笑みを浮かべている。
お綺麗なことで。
彼に差し出された手を取って起き上がる。
「お前って良い奴だな」
「よく言われるよ。良い奴だねって。まあ、僕はいろんな人に良い顔をしているから」
「は?浮気するなよ最低だな」
「してないしてない。君だけだよ」
「昨日なんて他の女と楽しそうに遊んでっ!あんたにあたしなんかの気持ちは分からないでしょうねっ!」
「誤解だ!あれは俺の妹で…」
「ホロ…」
初対面にも拘らず茶番を始める俺らを、クロはどこか途方に暮れたような目で見ていた。
背後には、クロのことを好いてる連中が待っているだろうに、こっちばっか見やがって。
あいつ絶対俺に惚れてるだろ。
「なんだ、クロ。俺に嫉妬したのか?これだから三流の剣士は。俺の完璧な立ち姿をちゃんと見てたか?」
「ぶっ倒れたとこは見てた。つか、嫉妬じゃねえよ別に…ただ」
「ちょっと!あんた邪魔しないでよ!モノカーネルくん、次は私の持ち方も見てくれる?」
いつもの。クロはとにかく女子に好かれて大変だ。…なんか多いな取り巻きが。
皆この時間で剣の持ち方くらい確認しているだろうに、わざわざ?
「つーか何でクロは一人で何人もの面倒見てんだよ。イリスとかもさ、手伝ってやったら?」
「えっ僕!?」
「いいんじゃねえの?時間は有限だし。イリス教えんの好きそうだし」
「恐れ多いな」
「俺に対しては躊躇なかったぞ」
女子人気はあるみたいだし反発少ないだろ。ま、好青年だし。
イリスを犠牲とする俺の提案に乗り気な奴もそこそこいるようで、暫くすると二手に分かれて指導が行われていた。
なんつか、人気の偏りを是正する奴はおらんのかね。
「結局最後まで解放されてねーのか、クロ」
今日の実技の後は昼休憩だ。
心なしかアンニュイな空気を纏いながら歩くクロが視界に入った。
クロはこの間の金髪の美少女に付き纏われ、彼女の話に雑な相槌を打っている。
その背後にも3人の女子生徒が引っ付いてきて、流し目が素敵だとか何とか。
クロがマジで嫌そうなの、伝わってなさそうだな?
喜怒哀楽が顔に出ないからなあ。クロも。
「モノカーネルくん、これ王都で最近流行りのチョコレート。一つあげる!
そう言ってクロにあーんさせようとする金髪美少女、ありゃ流石に過干渉じゃね?
若干クロの眉が顰められているし。
ああ、てかあの菓子。よく見ると…
「王都で最近流行りのマジで美味いチョコレート菓子じゃねえか!俺好きなんだよな、一つくれよ」
「よく口が回るね?…あとそんな味のお菓子なんてこの世に存在しないと思う」
「悪い。俺は得体の知れないものを食うのは遠慮したい」
「モノカーネルくんコイツの言うこと真に受けないで!普通のチョコレートだよ!」
涙目になった美少女がクロに向き直ろうとすると、その拍子に袋の包みから内容物が転び出る。
危ない!あのままでは即死だ!
「きぃあああ!!」
猪突猛進の俺に跳ね飛ばされる美少女。
俺は落下するチョコレートの下に滑り込み、口でチョコレートを受け止める。
ほろ苦くも柔らかな生チョコと、違和感にも近い塩味のマリアージュ。
涙と後悔と血の味がする。ほうほう。
生チヨ子の肉体をもっと味わおうと目を閉じていると、不意に顔の横から小さく手を突くような音が聞こえた。
周囲にいた生徒のざわめきが耳に入る。ついでにクロの困惑した声も。
「はっ」
目を開くと、目の前には美少女の顔面が。
これは世に言う床ドンというやつか?まさか俺が受け身になるだなんて。
「っ……あ、危ないなぁ!!危うく君の胸に突っ込むところだったよ!…ていうか私のお菓子食べたよね!?吐いてよ!」
「既に食ったもん吐かせてどうすんだよ。ま、クロに食わせなくて正解の味だったと思うけどな」
「失礼なやつだなぁ!!」
やけに不自然な絵顔のまま、俺に迫り来る整った愛らしくも凛々しい顔。
この熱っぽい視線、強引なアプローチ、まさか……
「初めてだから優しくしてくれ」
「ゔっ!!君が嫌われる理由が理解できたよ!もぉ!」
美少女は顔を赤らめて早足にどこかへ行ってしまった。何だ、公衆の面前で抱かれるかと思った。
次は二人きりの時にしてほしいものだ。
俺がやれやれと肩を竦めつつも起き上がると、背後にクロの気配が近づいてきた。
「今回のは不味かったんじゃないのか」
「ああ、不味かった。口直しになんかジュースでも買うか。クロも下まで行かねー?今から」
「……そうだな」
「ってなわけで、……おい、ディベーレ!!起きろ!」
カンと黒板をチョークで叩く音が教室内に響き渡った。
俺を寝ぼけ眼を擦りながら起き上がるって欠伸をする。
「なんすか先生」
「全ての魔法の詠唱の最初に付け足せる言葉は何か、答えてみろ。ちゃんと聞いてただろ?」
「詠唱なんて何言っても同じじゃないんすか?」
「舐めとんのか」
俺がさも当然かのように言えば、担任は据わった目をした。加えて幾人かが失笑する。
石を投げて良いのは間違えたことのない奴だけだ。
担任は咳払いをすると、腕を組んで教室を見渡す。
「魔法っつーのは、迅速な式の構成とリズムの取れた詠唱の二つが揃って初めて使いもんになる…これは『祝福持ち』でも同じだ。日々の鍛錬が全てって言えば分かりやすいか?意欲のない奴は冗談抜きで落第するからな」
「俺の目を見て言うのには何か理由が?」
「ふん…まあ、此処にいる奴は入学試験を通過している。少なくとも初級魔法を扱える筈だから、理解はしていると思うが……じゃ、これから式の正確度と詠唱の質によって威力がどう変わるかを説明してやろう」
「ホロ、噂聞いたぜ。授業全然聞いてないんだろ?試験大丈夫かよ」
放課後の図書館では、またリジと出会った。
今日の彼は、肩まで伸びた白髪を結って黒縁眼鏡を掛けていた。凛々しさ三割り増しだな。
「別に心配することはねえんじゃね?なるようになるって」
「一年のうちに中級魔法二つ極めりゃ後はどうにかなるって先輩から聞いたぜ。お前も少しやる気出してみれば?」
「んー…ま、多少は練習しておくか。剣より楽そうだし」
となると、何が足りないって……
俺は頭の後ろで手を組んで多少思案した顔を見せ、口を開く。
「リジが教えてくれないか?」
「んー?…いいぜ、空いてる時にな。俺も生徒役がいると勉強捗るし」
その日は薬草学の本を借りた。
治癒魔法なるものもこの世には存在するが、扱いは困難な為に薬草の需要も少なくはない。
ポーション、その他医療品としての活用。植物療法。免疫について……ハーブについて。
「お前にしては普通の本を選んだようだけど、理解出来んのか?」
「今日の運次第だな」
「そんなことある?」
日も暮れ切った後に寮の自室の前に向かうと、キィと足元で何かが鳴った。
「パナケアか」
黒いトカゲを片手に乗せて部屋へ入る。
パンを取り出して床に放ると、彼は勢いよくそれを貪り始めた。
「この間もまた何も言わずに出て行ったくせによ。なんて、お前は話せないけどさぁ」
浅皿にミルクを注いでやると、彼は満足そうに鳴いていた。
「俺の家の居心地がそんなに良いか?俺、少し前まではお前みたいな小動物なんて食い物にしか見えてなかったのに」
ニヤリと笑うと、トカゲはぴしっと固まった。俺はそんなトカゲをひっ捕まえ、軽く『魔法』で洗浄してやった。
後は衣を纏わせて油に突っ込むだけだな。しないけど。
「ま、いつも通りって感じか」
再び外出をすることにした。
歩みは標に沿って。