222222222の舞
すぐに日が沈んだ。かと思えばすぐに昇った。
俺の体感で言えば0.0001秒の間にそれは起こったと思う。
馬鹿みたいなことを言うなって?必要な描写なんだ。俺にとっては。
またしても夜更かしをしてしまった。
今日も朝日は心地よい光と現実の実感を俺に与え、俺の無秩序な思考に秩序を涵養する。
「良い冒険をさせてもらったな」
俺は絵本の表紙を撫で、世界に変革をもたらした主人公の数奇な生涯を思い返した。
「今朝の飯はケーキにするか…」
そうして朝からケーキ屋へ向かうも、未だ開店はしていなかった。
「畜生!」
平凡な俺はその事実に耐えきれず、近くの川に飛び込んだ。
そして、俺は今日も全身を濡らしたまま息も絶え絶えに学校の門を通り抜け、教室へと走った。
担任は気怠そうにこちらを振り向いて、数度瞬いた。
「ホロ、お前また遅刻……何故頭から海藻を被っているんだ?何故守衛に何も言われない?」
「川でちょっと泳いだっす」
「川に海藻はない」
「あ、海藻は途中の店で特売だったんで買いました」
「意味が分からないが、兎に角着替えてこい問題児」
「お前、退学秒読みなんじゃねえの」
誰かにそう言われたが、俺はただ笑った。大丈夫だっつって。
「はぁ、保健室に行ってたら一時限終わったわ。クロ〜!何してたか教えてくれ!」
「保健室だのなんだの、怪我でもしたのか?」
「川に飛び込んだせいで体が臭ったからさ、保健室で消臭してもらったわ。魔法で。すげーよな」
「何がだ」
何やら不機嫌そうな声音のクロに気付き、俺は彼の顔を覗き込む。
普段と何ら変わりない、澄ました顔だ。
多少思案したあと、合点がいく。
「昨日お前を見捨てたの、怒ってんのか?」
「別になんとも」
「これ慰謝料の飴ちゃん」
俺は鞄から菓子を掴んで彼の机に置いた。
「要らん」
「まあまあ、許せって!この間読んだ本に書かれてたんだけどさ、北の国の英雄ザインクがこう言ったんだってよ。『甘味ごときで他者を懐柔しようだのとは下衆がすることだ』ってさ」
「お前は下衆の意味を知らないな?…まあ、いい。放課後にノートを貸してやる」
「流石、俺のクールビューティー」
俺が真顔で拍手をすると、化物を見るかのような目で隣にいた生徒に見られた。
ただ拍手しただけでその反応とは何事だ。
「ディベーレ、お前ちゃんと話を聞けよ。お前が一番危険だ。聞け。」
「わかりゃりゃした」
戦闘実技の授業が、使い魔・魔武器についての説明へ入るという時。
俺は珍しく真剣な顔つきをした担任によく言い聞かされた。
「本当に解ってンのか」
「古代ドレイン期の哲学者エステイオの言ってることと同じくらい理解出来てるっすよ」
「おしまいだ。何も解ってねえじゃねえか」
そう呟く担任。俺が読書家の超絶天才な平凡高校生ということを知らないのだろうか。
エステイオの本が述べていることなんて、3分かければ1行分は音読出来るというのに。
「今回ばかりは寝たら叩き起こすからな。ノートを提出しろ。絶対に」
「ふぁい」
「モノカーネルのノートを写してきたら殺す」
「殺生な」
担任は毎秒舌打ちをしていた。その絶妙なリズムに合わせて即興で作詞した曲を歌ったら頭を殴られた。
早く報復したい。嘘ぴょん。
「俺、ノート持ってないんだよなあ。まあいっか」
「良くないだろ。これをやるからちゃんと授業を受けろ」
教室に近い廊下で俺に説教をする担任の声はクロにも聞こえていたらしく、彼はルーズリーフを数枚取り出して俺に差し出した。本当に聖人みたいな奴なのに、クロでも嫌われることがあるんだもんな。
「クロ。良い親友だな俺たち」
「モノカーネルくん、そんな奴に優しくする必要ないわよ」
声の聞こえた方へ顔を向けると、黒髪の強気そうな美少女が脚組みをして俺を睨みつけていた。
「そいつ、見るからにやる気がないでしょ。手を貸しても貸しても堕落していくタイプ。救いようがないから放っておいていい」
「正論だな」
「俺はやればできる子なのに!」
俺への熱烈な批判にあっさり納得するクロ。ショックを受けた俺は涙を流す。
「な、何よ。泣くことないじゃない…ちょっと…」
「嘘泣きです」
「お前!!」
「ホロ。別に俺はお前を見捨てたわけじゃない。いいから早く受け取れ」
激昂する彼女を無視してクロからルーズリーフを受け取った俺は、久々に筆記用具を持って真面目に字を書いた。
「なんて字だ……見ているだけで頭が……」
背後から聞こえてきたのは多分賛辞だろう。分かりやすい図式。整然と整えられた美しい字体。
まともに聞いてみると割と面白いもんだな。
俺は満足気に頷き、授業を終えた担任の元へ行ってレポートを見せてやった。
「なんだこれ!お前授業も聞かずに落書きしてたのか!?ふざけるな!」
結局、口頭で聞いた内容を説明することになって事なきを得た。
『ああ…お前俺の話した内容が全部別の言葉に変換されて聞こえてんのか…?まあ抽象的な話は合ってるからいいか…今後どうなるんだか…』
とベタ褒めされてしまって気分が良かったので、帰りに再びケーキ屋に寄った。
「この炭ケーキをください」
「すみれケーキですね」
そうして無事に純白の美しいケーキを買い終えた俺が上機嫌に寮へ向かうと、またしても彼に出会う。
「よおホロ。今日の授業では何度叱られた?」
「褒められこそすれど、叱られることはしてないぜ」
俺は胸を張って答えると、彼は乾いた笑みを漏らした。
「そうだ、リジ。お前ってケーキ好きか?俺思ったんだ。人間ってケーキ食ったらどうなるんだろうって」
「…代謝が起こるんじゃないのか?」
「だから俺の部屋で食ってかね?ケーキ」
「ま、まあいい…行くよ」
「意外と生活感のない部屋だな」
リジは部屋に入ると、遠慮なく床に置いてあったクッションに腰掛けた。
俺は机の上に座りながら皿にケーキを乗せていると、彼に行儀が悪いと指摘される。
それは本当にその通りだ。
「このケーキ、異物とか入ってないだろうな」
「まさか。俺の愛しかない」
「異物でしかない」
ケーキを食った後は、彼に昨日借りた絵本を紹介してやった。
彼は見たこともない表情をしていた。…それはいつものことか。
別れた後は散歩をした。暗いからあまり色が見えない。