1!111111111
どうもどうもそちらの世界の皆さん、初めまして。
俺の名前はホロ。ホロ・ディベーレ。
今年から王立ナヲワラズ魔法学園に入学した、15歳の健全で平凡な青年。
「おはよう世界!」
俺は無駄のない精錬された動きでベッドから床へ転げ落ち、ふらりと立ち上がって部屋の窓を押し開く。
大して心地良くも感じないような、生ぬるい微風が頬を撫でた。
さっと制服に着替え、空間魔法で呼び出したパンをトースターに押し込んだ。
コーヒーの入った瓶を取り出してはグラスに注ぐ。
昨晩夜更かししたお陰か体には気怠さが残るが、精神的な活動が活発になればどうにかなるものだ。
例えば、他人の役に立つビジョンを思い浮かべるだとか。新しい知識を得て成長した自分を思い浮かべる。
今日の行動を思案しつつ、今朝の新聞に目を通す。
此処へ載るのは、政治的な変化よりも冒険者達の英雄譚や零落についてだ。
最近、学園で殊に話題に上がるのは、素性の知れぬ冒険者。
一方で、新聞に載るのは著名な人物。
どちらだって二つ名があればそれを大きく取り上げて他人の気を引く。
そんで事実無根の事柄ですら、つらつらと。
……
「【白星】は聖王国の近海に現れた未知の強力な海獣を単独で討伐。【甦生】は新たな…結界魔術の構成式を提案して表彰……へぇ〜俺もこのくらい有名になってみたいもんだな!二つ名も欲しいし」
「余裕で遅刻だ!早く起きたのにどうして!?」
「それは自分に問い直せ、馬鹿」
「あたっ」
平然と俺の頭を叩いてくる馬鹿…間違えた。
友人にため息をつきつつ、小走りに学園へ向かう。
新聞を読んだあと、時間まで余裕があると思って瞑想をしていたらとっくに点呼の時間を過ぎていた。
特に急ぐこともなく寮のからノロノロ出てみると、目先に知った顔の男がいて声をかけた。
天然の白髪に青の瞳という特異な見た目を持つ彼は、【リジ・ラクゼル】。
あらゆる場面で目立つ奴。
入学初日の時なんて酷かったらしい。俺は知らないけど、コイツの取り巻きがよく得意に語っている。
「おい、ホロ。少しは急げよ」
「リジ……一緒にゴールしような!絶対な!」
「待たねえよ」
眉を顰めてため息をつく彼にへらりと笑って見せれば、もう相手にされない。
そのうち、軽く手続きを済ませて教室へと向かった。
死にそうな顔をして息を整える俺を一瞥したリジは、手を振って去っていった。
奴は俺とはクラスが違うからな。色々な意味で。
「おはようござい、ますっ!!」
「遅」
担任が何となしに呟いた一言に吹き出すものがいる中、俺はふらふらと自身の席へ移動する。
「おい、先生に何か言うことはないのか」
「遅れてしゅみませんてした。てへぺーろ」
「鳥肌が立った。もういい」
窓際の背後から二番目の席に座った俺は、適当に教科書を掴んで開いた。
「それ、今使う教科書じゃない」
背後からそんな声が聞こえたが、どうせ授業だなんて聞きもしないのだから関係ない。
カーテンに遮られて朧になった柔い日光に当てられ、気分も良い。
微睡むのにも時間は掛からない。
「ホロ、良い加減に起きろ。単位落とすぞ」
パァン、と頭を叩かれて目を覚ます。
俺の周りはぞんざいな奴しかいないな。類友。
顔を上げれば、皆大好きクールビューティーが分厚い教科書片手に此方を見下ろしていた。
もう少し薄いモノで殴ってほしかった。いや、殴らないでくれ。
「俺を連れて行ってくれ、王子様。目覚めのキスも頼むわ」
「まだ起きてないのか」
パァンと再び叩かれてから、俺は動き出す。
「次、何すんの?」
「戦闘実技。つっても、今日は講堂で軽い説明を受けるだけだ。筆記用具だけ持てば良い」
「サンキュ。案内して」
優しい友人に恵まれて良かったと思う。
いや、最早親友だ。なんてったって、この鉄仮面と仲良く出来るのは俺だけだから必然的に一番。
「そろそろ見捨てるからな」
ツンデレだ。多分。
「クロ、話の要約頼むわ」
担任の講義を聞いた後、俺はアホヅラ晒しながら隣に頼んだ。
そこにいるのは、やはり皆大好きクールビューティー……もとい、【クロメアズテル・モノカーネル】。
馬鹿長い名前だと思って俺は愛称でクロと呼ぶが、他の奴が愛称をコイツに使うのはあまり見たことがない。
だってコイツ、愛称で呼ばれるのスゲー嫌いって公言してるし。
でも良いよな、俺の名前のホロとクロ。
ニコイチっぽいだろ。
「…人が魔法を扱う時に起こることについての説明だ。まあ、魔法を扱った経験のある奴なら感覚でも理解していることではあるから、今回は聞かなくても大して変わりはないが…今後もその調子で行くのか?本気で」
彼は変わらず無表情ではあるが、多分呆れている。俺のそばにいる奴は、いつも俺に呆れる。
ルイハトモヲヨブ。
…は、失礼か。
「大丈夫大丈夫!魔法に関する学問なんて、殆ど感覚を言語化しただけだろ?感覚でいけるって!」
「ホロがそれで出来ると信じていたら声は掛けないんだな」
「お、信用ねえな」
ケラケラ笑う俺を、クロはやはり感情のない目で見つめる。
「お前は変だな」
「変な俺に付き合ってくれてありがとうな凡人」
「俺は凡人か」
馬鹿みたいに整った顔に困惑を浮かべるクロは案外素直な奴だ。
「座学、早くも挫折!でもまだ無傷、なら不敗説!」
「韻を踏む暇があるなら集中したらどうだ?」
その後の座学の授業では、何故か無駄に担任に当てられて言葉を詰まらせた俺。
授業が終わってから、俺はぐでっと背もたれに寄りかかり、そのまま背後の机に頭を乗せる。
後ろにいたクロは特に何も言わないが、早くも自信が打ち砕かれて落ち込む俺を冷ややかな目で見ている。
「ホロ、お前って後のこと考えなさすぎて面白いな」
近くにいた名も知らない男子生徒に笑われて、俺はまたへらりと笑った。
「面倒くさいことはしたくないよな」
「うわ、マジで適当」
「適当でもなんとかなるもんじゃね?クロもそう思わないか?」
唐突にクロに話題を振る俺。男子生徒が目元をぴくりと引き攣らせるのを見て、大して関わってもない割にクロが苦手なんだなぁと思う。
「場合によるな」
「ま、そうよな」
俺は神妙に頷いた。
近いうちに使い魔を召喚するらしい。HRが終わってから、そんな話題を耳にした。
「使い魔ねえ」
「興味があるのなら、よく授業を聞けば良い」
「クロが要約してくれたらスゲー早いから、そっちの方がいいな。ほら。飴ちゃんやるから」
俺は鞄に突っ込んでいた菓子を幾つか掴み、クロの鞄に放り投げた。
「要らないんだが」
「じゃあ友達料ってことで。ま、クロは危機に瀕した友人に手を差し伸べられる優しい奴であってくれよ」
くあぁと欠伸をしていると、クロはため息をついた。
どいつもこいつもそうやってあからさまな反応するなよ。
興奮して俺のダイヤモンドハートが消し炭になる。嘘ぴょん。
「…にしてもさ、クロは人気者だよな」
「何処に目がついてんだ。何だよ唐突に」
「別に何でもねえよ。あ、そーだ。クロ、今日一緒に…」
「あの、モノカーネルくん!ちょっと、いいかな」
俺の声を遮ったのではないかと錯覚するようなタイミングだが、その透き通るような声には悪意など感じない。
クラスの中で一際目立つ、美しい金髪を靡かせた小柄な美少女が、モノの元へと駆けてきた。
「何だ」
「モノカーネルくん、今日一緒に帰ろうよ!」
にぱっと花の咲いたような笑みを浮かべる美少女の姿に、周囲の雰囲気が心なしか和んだ気がした。
いや、それで
気が立つ奴もいたが。
「何故だ?別に構わないが…」
「あ、抜け駆けしないで!モノカーネルくん、私も一緒に帰ってもいいかしら?」
「あ、あの私も」
女子が集まってきて、クロは訝しげに眉を顰める。
「何だお前ら…」
「ひゅー、青春だねえ」
俺が茶化すように声をかけると、彼を取り囲んでいた女子たちから睨まれた。
何だお前ら…なんつって。
「じゃあな、クロ。嫌なら逃げても良いんだぜ?俺みたいに」
「いや、待て。ホロ、何故」
「リジ・ラクゼル……春だってのに、お前の頭は寂しいままだな」
「俺がハゲみたいに言うな唐変木。どう考えても言葉選びに悪意しかねえ」
白い髪を見つつ、雪に覆われた殺風景な冬の山に思いを馳せていると舌打ちをされた。
俺は曖昧に笑いつつ、目当ての本を手に取る。
此処は学園に併設された図書館だ。
「お前が本を読むなんて意外だな。風流心の欠片もないくせに」
「あるだろ?」
「いや……」
俺が手に取った本を見て、リジはなんとも言えない顔をする。
『戦士マルシリーズ どうぶつえんでどうぶつをみた!』
というタイトルの幼児向け絵本を手に取った俺に何かを言いかけるも、他人の趣味嗜好に口出しする気はないらしい。
「リジは何を読むんだ?」
「俺は魔武器についての文献を探していたんだ。今後のためにもなるからさ」
「魔武器」
中身の全くなさそうな返事をすると、リジは目を瞠ってホロを凝視した。
「まさか…いや…知ってるだろ?」
「おー、知ってる知ってる。あれだろ、こう、あれがああだ」
「……俺、なんか、こう言う気持ちになったの初めてだわ。今度勉強会呼ぶから来いよ」
「お泊まり会?行く」
「はは…」
リジの声が若干震えていることに首を傾げつつも、俺は本をカウンターへと運んだ。
「マルは愕然とした。自身と全く似たかたちの者が檻の中に閉じ込められていることに…マルは決意する。この冒涜的な娯楽施設を作り出した非道の王カックーを討ち滅ぼし、人々を血と呻吟の国から解放せんと…なんだこの話。子供に読ませていいのか?」