新天地と不安
私の名前は都城彩芽。
中学卒業を期に宮崎の実家を離れ、隣県である鹿児島の高校に通うこととなった。
ちなみに、鹿児島での生活は一人暮らしではなく、親の知り合いの家に居候するという形である。
前日までにほとんどの荷物は相手の家に輸送しており、あとは自分が電車で鹿児島に向かうというわけだ。
なのだが――
『――鹿児島中央、鹿児島中央です』
「…………ついた」
電車のモーター音や乗り換え案内のアナウンス。大都市の駅特有の誘導チャイム。
駅のホームに降り立つと同時に、たくさんの音が耳をつんざく。
駅ホームの屋根を避けて、ここまで乗ってきた特急電車越しに見上げると、大きな鹿児島中央駅の駅ビルが目に入る。目尻に映る背景もまた、大規模なオフィスビルや駐車場に埋め尽くされている。
これだけ都会的な駅に来るのは初めてではないが、やはり馴染みのない駅であると少し戸惑いや憂いを抱いてしまう。
「・・・・・・さぁ、急がないと」
ただ、今の私はそんなにしみじみと新天地への情緒を噛みしめている暇はない。
私は今日、新しく通う高校の入学式に向かわないといけないのだ。
普通は余裕を持って現地入りしておくのが常識ではあると思うが、自宅を当日の朝に出ても特急電車に乗れば入学式に間に合うということについ甘えてしまい、慌ただしい日程となってしまったのだ。
少し着心地に慣れていない新品の制服に身を包んだ身体をゆすりながら、学生カバンを手に、次の工程に向けて上りエスカレーターに乗り込む。
「え~と、乗り換えは……」
ちなみに、今日から通うことになっている高校はここからさらに乗り換える必要がある。
なんとも切り詰めたスケジュールではあるが、エスカレーターを降り、改札内の天井にちりばめられたモニターを横流しで通過する電光文字を必死に目で追う。
そしてなんとか、乗り換え予定の「指宿枕崎線」の乗り場を確認する。
「…………ふぅ」
無事に予定通りの電車に乗り込み、ロングシートに腰を掛ける。
先ほどまで乗っていた特急電車の座席とはたいそうランクは落ちるが、それでも、初めての場所での些細な活動を終えた後に胸をなで下ろすには十分なものであった。
時刻は朝ラッシュを越えた比較的空いた時間帯に入り、車内の空間は十分な余裕が見られる。
やがて発車ベルが鳴り、程なくしてドアを閉じた電車が少しずつ速度を上げて動き始める。
大都市特有のたくさんの分岐器による横揺れをゆっくりと抜けて、電車の車輪音は一定のリズムに突入する。
学校の最寄り駅までの時間をどう過ごそうか考えたが、一度カバンの中に入れてしまった文庫本を再び取り出すのは少し面倒くさい。
それに、これから何度も見ることになるであろう車窓の外の景色に少しくらい意識を向けておきたいと思った私は、目の前の反対側の車窓に広がる景色が横に流れていくのを、物思いにふけているような風に眺めながら時間を潰す。
・・・無事に新しい学校生活送れるかな?
ふと、頭の中から閉め出していた嫌な緊張が意識の中に忍び込んでくる。
中学から高校に進学することは、それ自体だけでも普通の人にとって大きな変化であることに間違いないのに、私はさらに馴染みのない新天地での学校生活と居候生活が待っているのだ。
いくら自分の内向きな性格を矯正しようと思い切って決意したものの、いざ実行に移している今の実際の心境は落ち着かない。
いつの間にか上半身にのしかかっている、ふと背筋の力を抜いたらそのまま座席に押しつぶされてしまいそうなほどの重さ。
電車の振動で緊張をほぐそうと思っても、その揺れがさらに心拍を増加させてしまう。
・・・心配、だな...
そんな不安が頭の思考を埋め尽くし、挙げ句の果てには、ずっとこのまま電車に乗ってしまって入学式をすっ飛ばしたいという気持ちが、空想の願望のもとに生まれてしまう。
車窓の外に目を向けているはずなのに、どんな景色を見ているのかすら理解できない混沌とした脳内。
時間が過ぎてしまうことを憂いながら、時間だけが過ぎるのをただ待つ。
そうして時間が過ぎていく・・・・・・
「―――あのー、降りないんですかー?」
「え?」
ふと自分に向けられたその声で我に返ると、目の前には一人の少女がいた。