2 メインコンピュータの起動
「は?」
死んだ? みんな? みんなって誰?
『どうしたらいいんですか?』
ウーラが勝手にしゃべった。
『ウーラはどうしたらいいんですかああああっ!』
待て、ウーラ、AIがパニクるんじゃない。
「ちょっとウーラ! 落ち着いて!」
『はい、落ち着きます』
さすがAI、なのか?
「えーと、現状の確認をするわね」
琴子が言った。
「まず、メインコンピュータがダウン」
俺たちはうなずく。
「他の乗組員は全滅」
俺たちはうなずく。
「どどどどうしよう!」
落ち着け琴子。
「まずはメインコンピュータを起動しないとね」
マモルは割と落ち着いている。
「よし、俺が行こう」
俺が立ち上がった。
「ひとりで?」
琴子が言ったが琴子では手技的なことは少々心許ない。俺はみんなを見回しひとりを指差した。
「葵、来てくれ」
宮野葵は手先が器用だ。まん丸眼鏡はモニター用だし。緩い三つ編み、可愛い系の顔。大きめの胸には全然心は動かない。
「いいよ」
「船外活動スーツを着ていこう」
「了解」
「ウーラ、聞いたな?」
『配送します』
すぐに壁面に取り付けられた配送ボックスに、船外活動用の装備一式が届けられた。壁面が上にスライドしてスーツが現れる。ブーツとグローブが一体となった、全身タイツのようなものだ。色は白で厚さは一センチほど。ステッチのようなくぼんだラインがほどよく入っている。
下着のままの葵は縦に開いた背中から入るようにしてスーツを身につける。股上がフィットしないと本来の性能を発揮できないので、腰の両側についた取っ手状の部分を葵の後ろから俺が持ち上げるとお尻に、きゅっと食い込んだ。きちんと装着できた証なので興奮なんて微塵もしない。
背中の超高性能ファスナーを上げた。個人ごとにあつらえているので葵の体にぴったりフィットしているが変な気持ちになどならない。
俺も同じようにスーツをつけていって、葵から持ち上げられて、きゅっとなったが無問題。装備品をあちこちにくっつけて、あとはヘルメットを残すのみとなった。
ヘルメットは上方の視野もかなり広く取れるデザインになっていて、丸く透明なシールドで顔を覆うが光線によって色や透過率を変更できる。太陽のそばでも安心だ。被ると自動でかちんとロックした。
ブーツもグローブも薄くて頑丈なので動きはほとんど妨げられない。
「ウーラ、なにか特別な工具はいるか?」
このスーツの装備品で大抵の機械作業はこなせるはずだ。案の定、
『必要ありません』
と返ってきた。ヘルメットのスピーカーからだ。
マモルが配送ボックスから超小型ヘッドセットを取り出して耳にはめた。
「ウーラ、マモルとリンク」
『完了しました』
「マモル?」
『オッケー、聞こえるよ』
「こちらもだ、葵?」
『オッケー』
準備は完了だ。
「マモル、お前たちもスーツを着といた方がいいんじゃないか?」
『そうだね、伝えとくよ』
「じゃあ行こう、葵」
「行きましょう」
俺たちはラウンジを出た。
宇宙航海時代はふたつの偉大な発明から始まった。
ひとつは人工重力発生装置だ。これで宇宙でも地球と同じように歩いたりできるのだ。無重力は人体に多大な影響を与える。最たるものが筋低下だろう。外宇宙への航海は多大な時間がかかる。冷凍睡眠装置があるから大丈夫というわけにはいかない。長時間の宇宙業務というのも存在する。この装置のおかげで船体の小型化がずいぶん進んだという。
もうひとつはインフィニティバッテリーだ。永久電池ともいわれるこの電池は無限の電力を供給できるのだ。これにより人類はエネルギー問題から解放されたと言っていいだろう。日本の主婦が台所にあるもので作ったものが最初だという。
この船にも大量に搭載されている。航空機や車両に使用するものもだ。
俺と葵は電動カートに乗って通路を進んでいた。二人掛けのベンチの下に正方形の板がついたようなものだ。タイヤはない。蛇が進む仕組みを応用したものだ。
走った方が早そうだが、この船は全長二十キロある。幅は十キロ、高さは十五キロだっけ。この船外活動スーツはパワーアシスト機能もあるので距離を走るのは楽勝なのだが、通路は走ってはならない規則だ。
「この非常事態に〝廊下は走るな〟もないと思うんだが」
『そうだね、走っちゃおうか?』
『隼人、葵、走れません』
「なんだよ、規則か?」
『いいえ、そうではありません』
『どういうことなの、ウーラ?』
『この先、重力装置が動作していません。照明も落ちています』
「えっ」
『原因不明です。おそらく他のサブコンピュータの動作不良がなんらかの影響を及ぼしているのかと。再起動を試みましたが反応しません』
「じゃあサブコンピュータのパワーボタンを長押しすればいいのか?」
『おそらく』
『仕事が増えちゃったね』
「まあ、いいさ。まずはメインコンピュータだな」
『カートを停止させます』
ウーラがそう言うと電動カートはゆっくりと速度を落とし止まった。数メートル先からライトも消えて真っ暗になる。
「この先が無重力か?」
『隼人くん、無重量だよ』
そうだった。
『この先、重力装置が作動していません』
ウーラは俺に気を使ってくれたのだろうか?
俺と葵はカートを降りた。ヘルメットのライトを点ける。
「葵、どっちが遠くまで行けるか勝負だ」
『いいよー』
俺と葵は立ったままスタートの構えをとる。
「ウーラ、合図してくれ」
『はい。位置について、ようい、どん!』
俺と葵は同時に床を蹴った。パワーアシストを使って急加速する。
『と言ったら走るんですよ』
「ウーラ!」
と叫んだ瞬間に俺は宙に浮かんだ。
『あははは! ウーラ、やるぅ!』
葵も宙を飛びながらお腹を抱えている。
『面白かったですか』
そう言ったウーラの声はどこか楽しそうだった。