18 草原への着陸
「んー、どこがいいかな」
『川があるところ!』
上空から地表を眺めていると、若菜の元気な声がヘルメットに響いた。
藤井若菜はいつもにこにこしている元気娘だ。今はリビングでモニターを見ているのだろう。
「ふむー」
『隼人、左』
落ち着いた声で言ったのは入江だ。
入江周吾は、気をつけないといるのかいないのかわからなくなるほど影が薄い男だ。
入江の言うとおり機首を左に向けると、山から草原を通って森に消える川が見えた。しばらく進むと、
『あそこがいいんじゃない?』
彩香の指差すところを見ると、そこそこ広い川に草原が接していて、すぐそばから森が始まっていた。
「よし、あそこに降りてみよう」
ディープワンを川からも森からも少し距離をおいた草原に降ろした。やや地面は傾いているが、脚を伸ばして水平を保つ。護衛用ゴライアスを、サブハッチから四つとも外に出した。
「じゃあ行こう」
彩香と居室ゾーンに入って側面後部のメインハッチに向かった。メインハッチにはすでにみんなそろっている。全員スーツ姿だ。
「行くぞ」
俺が言うと、外へのゲートが上にスライドした。緑色が広がっている。
『うわあ』
若菜が歓声を上げた。
地面に伸ばされたメタルプレートのステップを降りて、全員が大地に降り立った。
足元から草原が広がり、百メートルほど先を左から右に川が流れている。右手は百メートルほど先から森だ。川の向こうはなだらかな登り斜面の草原だ。
『森に近すぎるんじゃないのか?』
そう言ったのは辻村猛晴。なにかと慎重な小柄な男子。
『ゴライアスもいるし、大丈夫だよ、きっと』
呑気な声で言ったのは小松優太だ。突飛なアイディアマンの痩せた男。
『スリルがあって面白いよ』
彩香が川へ向かって歩いていった。しっかりスーツが食い込んだ大きなお尻が揺れるが、川に落ちなければいいと心配するばかりだ。
『ま、いいか』
みんなでついていくと、草原は平らになって河原に続いているが、少しの段差がある。川幅は十メートルほど。大小の石が転がっている。上流はやや深くなっているようだ。
『泳げるかな?』
若菜が河原に降りて、水際までいってしゃがんだ。川の水を調べているのだ。
『飲んでも平気だって!』
『やった!』
「よし、ここを拠点にしよう」
『ヘルメット、外すのか?』
辻村が言った。
「そりゃそうだ」
『誰から外すー?』
若菜がいたずらっぽく言った。
『わたしが』
そう言ったのは早川愛梨だった。銀河系一の美少女と誉れ高いが、やせっぽちだ。細い身体にぴったりとしたスーツを見て、もっと食べた方がいいのにと、いらぬ心配をするばかりだった。
愛梨はヘルメットに両手をかけた。カチリとロックが外れた。ごくりと誰かが唾を呑む。愛梨はゆっくりとヘルメットを持ち上げた。風に煽られてフリーになった髪が揺れる。
「うわあ、すごい匂い」
愛梨は大きく息を吸って微笑んだ。眼を閉じて、森や川の匂いを楽しんでいるようだ。
それを緊張して見ていた俺以外だったが、
『だ、大丈夫か?』
辻村の言葉に、
「うん、すごく気持ちいい」
愛梨が答えて、一拍の間を置いてみんながヘルメットを外した。
「すげえ!」
「なんだこりゃ!」
「草木の匂い? いい匂い!」
誰にも異常はなさそうだ。
「ぶえっくしょい! きしょー!」
豪快なくしゃみに驚いて顔を向けると、
「えへ、点鼻薬、忘れちゃった」
銀河系一の美少女は、にっこり笑って鼻を指でこすった。




