16 確認
『大丈夫?』
「ああ、ちょっとむずむずしただけだ」
船内にはないなにかが鼻を刺激したのだろう。
『バイタル正常。気分は?』
「最高だ。へっくし!」
その後しばらく様子をみたが、くしゃみ以外に特に問題はない。くしゃみはそのうち鼻が慣れて治まるだろう。
『わたしも外す』
千代音が言って、ヘルメットに手をかけた。ロックの外れる音。千代音はヘルメットを持ち上げた。
「うわあ」
千代音のぱっつん前髪が風にそよぐ。大きく息を吸った。
「すごい!」
千代音が明るい眼で俺を見上げた。
「くちゅん!」
やっぱり鼻は刺激を受けるようだ。
しばらくふたりでくしゃみしながら大気を味わっていたが、ふと思いついた。
「千代音、スーツも脱がないか?」
「あ、うん、いいけど」
俺たちはビヤーキーから降りてスーツを脱いだ。お互いに下着だけになる。生温い風を全身に感じた。
「ちょっと上の方に行こう。へっくし!」
「うん。くちゅん!」
草原は裸足ではほんの少しだけ痛いところがあったが問題ない。ビヤーキーから五十メートルほど離れた。
「ここでいいだろう」
俺は草地にしゃがんだ。
「どうしたの?」
千代音が俺の前に下着のまましゃがんだ。無問題。
「聞かれたくなかったんだ、AIに」
スサノオ三号やビヤーキーにはセンサーがあちこちある。秘密の話は不可能だ。だが、ここなら。
俺はフーユやウーラ、アンドロイド、生き残りなどの話を千代音に聞かせた。
「アンドロイド……待ってて」
千代音はビヤーキーに向かって走っていった。千代音の小さいお尻が揺れるのを眺めながら、なにをしに行ったのかと思うばかりだ。
すぐに戻ってきた千代音は小さな尖った工具を持っていた。
「アンドロイドの体液は白いよね? くちゅん!」
「ああ。へっくし!」
アンドロイドの体液が白いのは間違いない。
千代音は自身の左手、その親指の付け根の膨らみに、尖った工具をぷつりと刺した。
「あっ、おい」
千代音の小さな手に赤い血の玉が膨れ上がし、つうっと流れ落ちた。
「舐めて」
手を差し出す。舌で舐めとると、血の味がした。
「隼人くんも」
俺に工具を差し出す。受け取って、手のひらに向ける。
もし白かったらどうしよう。
ちょっとびびりながら、工具を突き刺した。同じように赤い血が玉となって流れ落ちた。千代音の小さい舌が俺の血を舐めとる。無問題。
「わたしたちは人間」
千代音は真面目な顔でうなずいた。
俺たちは徹底的な検査を常時受けているし、高度な医療でウィルスなどには完璧に対処できるが、千二百年前の人がやったら大変なことになる。絶対に真似をしないで下さい。
「やっぱり怪しいのはフーユ? くちゅん!」
「そうだが、フーユは俺たちが眼を覚ました時は落ちてたんだよな。へっくし!」
「あの時生きてたのは、ウーラ? ウーラが怪しい?」
「AI全部かもな」
結局なにもわからず、俺と千代音はビヤーキーに戻ることにした。
「あれ? なにか通信が入ってるぞ?」
ビヤーキーのメーターパネルに着信のウィンドウが点滅している。
「マモルに通信。マモル、なにかあったのか?」
俺はのろのろとスーツに足を突っ込みながら、外部センサーを使って交信した。
『ああ隼人、よかった、無事だったかい。まさかスーツを脱いでるの?』
「ああ、風が気持ちよかったからな。無事ってなんだよ。空気は悪くないと思うけど? へっくし!」
『フーユが放った動物を確認したら、猛獣をいくつか放ってるんだよ』
「ええっ!?」
「増えすぎると困るから。くちゅん!」
言いつつも千代音のスーツを着る速度が上がった。
「急げ急げ!」
「隼人くん、お願い!」
背中を向ける千代音を、きゅっとして装備をつける。ヘルメットを被ってビヤーキーに跨がろうとした俺を、千代音が呼び止めた。
『待って待って!』
きゅっ。
俺たちはビヤーキーの高度を三メートルにして、森の外側を探索した。特に猛獣を見かけることはなく、草地で急いで操縦を交替するとスサノオ三号に戻った。




