15 なにかいる
「コ、ス、モ!」
宇宙ジャンケンで勝った俺が行きの操縦をすることになった。ハッチを出るとまだスサノオ三号内だ。大きな作業スペースに開けっ放しのゲートがある。その向こうは外だ。3Dプリンターで作った建物の向こうに緑の森林、ジャングルがある。
ゆっくりスサノオ三号を出ると、土の斜面が下っている。上部が丸くなった建物の周りには、シリコンタイルを敷く箱型のマシンが右往左往している。建物の周り百メートルほどは植物はないが、その先はもうジャングルだ。
「高い方に行ってみようか」
『うん』
千代音が俺の胴にしっかりしがみついた。
左手が丘になっている。俺はビヤーキーをジャングルに進めた。高度を二メートルほどにして、木々の間をゆっくり進んだ。
ジャングルと言っていたが、熱帯性の植物はあまりなかった。スサノオ三号の着地地点は北緯約二十五度。これは台湾の北の端と同じくらいだ。
「地軸の傾きはいくつだっけ?」
『えっと、二十度くらいだったかな』
地球の地軸の傾きは二十三度ちょいだ。ほとんど同じだから地軸を変える必要はなさそうだ。
地軸の傾き調整に失敗すると、最悪恒星に落下するか、宇宙の彼方に飛び去ってしまう。過去に二、三個惑星をダメにしたとのことだ。責任者は歴史に名が残る。
外気温はスーツのセンサーによると摂氏三十二度。暑いが耐えられないほどじゃない。
小川を越え、斜面を登っていくと、開けた場所に出た。地滑りでも起こして山肌が流れてしまったのだろう。やや傾いた草原だ。大きな樹木はない。
俺はビヤーキーを止め、高度を下げた。着地する。
草原は波のように風に揺れているが、スーツの俺には風は感じられない。ヘルメットを外してみようか。
「千代音、ヘルメットを――」
『隼人くん!』
千代音が慌てた声で、俺の言葉を遮った。
「どうした?」
『な、なにかいる』
千代音が指差す森の中に、じっとこちらを見つめるふたつの眼があった。
「え? どういうことだ?」
動物は冷凍睡眠と胚とで多種多様のものを用意しているが、その動物を放つのはこれからのハズだった。それなのに、鹿が俺たちを見つめているのだ。
『鹿かあ』
千代音はほっと息を吐いた。
「いやいや、おかしいだろ。動物はこれからなのに」
『あ、そうか』
「マモルに通信。マモル!」
『なんだい、隼人?』
「鹿がいるぞ」
『ああ、そうみたいだね。フーユがいくつか放ったみたいだ』
「あ、そういうこと。わかった」
俺は通信を切った。
「フーユのしわざらしい」
『そう』
「個体数の確認はあとにしてさ、俺はこれからヘルメットを外そうと思うんだ」
『ええ?』
「さっきもそうしようと思ってたんだけど、ちょっと怖かったんだ。でも、鹿がいるなら安心だ」
『危ないかも』
「そこで、なにかあったら助けて欲しいんだ」
千代音は少し迷うふうだったが、やがて、こくんとうなずいた。
『わかった』
「よし、じゃあ外すぞ」
俺はヘルメットを両手で掴んだ。少し持ち上げると、かちりとロックが外れた。緊張する。思い切って、ヘルメットを持ち上げた。
温かい風が髪を撫でた。息を吸う。大量の匂いが流れこんできた。草の匂い。樹木の匂い。花の匂い? 大地の匂い。すごかった。地球でも嗅いだことのない、緑に満ちあふれた匂い。これが、この星の匂いだ。
大きく息を吸う。特に違和感はない。
「へっくし!」
鼻に少しあった。




