12 疑惑
翌日は昼頃から砂嵐が治まってきて、一時間ほどで飛び立てるほどになった。
「茜、準備はいいか?」
『オッケー』
俺たちはスーツに装備、ヘルメットを付けてシュドメルの座席についた。シュドメルが飛び立つ。
『昨日やり残したとこは砂嵐、大丈夫かな?』
「気象図が取得できればわかるな。シュドメル?」
『不完全です』
『まあ危なくなったら引き返せばいいよ。あ、それよか、昨日の穴は?』
「すぐにはわからないし、ただの穴だろ。ドローンを撒いてしまおう」
『そっか、了解』
上空から見える四角い穴はほとんど砂で埋まってしまいそうだったが、風がその砂を巻き上げていた。そのうち深くなるのだろう。
「シュドメル、昨日の続きからだ」
『了解』
景色が横に動いていく。加速して、大地が下へ移動していった。
「うわー、隼人、見てみろよ」
「見えてるよ」
茜が言うのはモニターいっぱいに広がる、真っ赤になった西の空のことだ。薄い雲が朱色に染まってなお一層の美しさだった。
「この星の夕焼けも赤いんだなー」
「いつかモニター越しじゃなく、直接見てみたいな」
「そうだな」
茜はふふと笑い、自分の名前と同じ色の空を見つめ続けた。
ラウンジに行くと、ほかの仲間はみんな戻ってきているようだ。ステーキ定食のトレイを持って、マモルのいるテーブルについた。装備は外している。同じくスーツ姿の茜が、回鍋肉定食のトレイを持って隣に座った。
「お疲れさま」
マモルが笑いかけてくる。
「ああ、大変だった」
疲れるようなことはなにもしてないが、重々しくうなずいておいた。
「なにか変わったことはなかったかい?」
「あ、そうそう、変な穴があったぞ」
俺と茜は四角い穴のことを話した。
「ふーん、なんだろうね。いつか調べてみようか」
マモルの反応は薄かった。
「調査でわかったことを伝えるよ」
食事のあと、ラウンジにみんなが集まった。マモルが宇宙スーツ姿で壁際に立ち、この惑星の情報を報告するのだ。
「まず、この星の大気組成だけど、ほぼ窒素と二酸化炭素だね。酸素はない」
俺たちは静かに聞いている。
「大気圧は海抜ゼロメートルのところで一気圧ちょい」
これは今後のテラフォーミングで多少変動するだろう。
「大地は岩盤と岩石、砂、火山灰だね。石英、長石、雲母などのありきたりな鉱物で構成されていて、新しいものは今のところ見つかっていない」
「火山活動はどうなんだ?」
横田が言った。
横田達彦。口の悪いメカニックだ。
「まだはっきりしたことはわからないけど、活発と考えた方がいいだろうね」
太古の地球でも岩盤が冷えた頃は、そう毎日どっかんどっかん火山が噴火していたわけではないだろう。してたのかな?
「重力は約〇・九八七G。自転周期は二十四時間十二分、公転周期はこの星の一日で三百七十二日。どこかの星によく似てないかい?」
俺たちは誰も言葉を発しなかった。千年宇宙を漂って、目覚めた時に近くにあった星が地球にそっくりだって? こんな偶然、あるわけない。しかし、
「地球に似てるなら楽でいいじゃないか」
俺は言った。
「そ、そうだね。こんな偶然、あるんだ」
「生物の始まりや進化だって偶然みたいなものだ」
「すごいね!」
「神さまのおかげかな?」
「すぐそうやって神さまを出す」
「なんにしろ、作業は進めなきゃな」
場は惑星開拓の話になった。
「じゃあ明日からはまず酸素の生成に入ろう。地上に基地を作って資源の収集と加工もできるようにして、それから冷凍睡眠かな」
この星に降りることになったのは偶然じゃない。誰の仕業だ?
まず怪しいのはフーユだ。メインAIのフーユがこの事件を起こすことは可能だろう。しかし、俺たちが目覚めた時にはフーユは落ちていた。
そうなれば、サブAIも怪しく思えてくる。なんらかの方法でフーユを落とし、俺たちをここに導いたのだ。
クラスメイトはどうだろう。眠ったまま船とAIを操作するのは難しいだろうから、途中で起きてなにかした? しかし、見た目はみな、出発当時と変わらない。千年の間に抜け出して年を取らないことがあるだろうか。ひょっとして、人間そっくりのアンドロイドが紛れているとか?
死んだと思われている他の乗組員の誰かが生きていて、このでかいスサノオ三号のどこかに潜んでいる可能性はないだろうか。冷凍睡眠装置のすべてを見て回ったわけじゃない。確認が必要だ。
どんな企みがあるのかはわからない。だが、誰かがこの遭難を仕組んだ。
俺はその誰かに疑いを気取られないように、この星は偶然地球に似ていると信じることを演じたのだ。
なんにせよ、この惑星の開拓は進めなければならない。俺はマモルの話に意識を向けた。




