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第7話

 翌朝、家族と朝食を共にした後、聖堂へ出立するために表へと出たところで待っていたのは、豪奢な馬車であった。


「お父様、聖堂まで30分もかからないので、歩きでも良いと思うのですが」


 少々面食らっていると、母の介助をしながら表へと見送りに出た父が言う。


「なに、我が領も豊かになって来たし、妬んだ輩がおるやも知れん。もちろん領内を見ていきたかったら無理にとは言わんが」


 聖堂までの道程は短いゆえ断ろうとも思ったが、伯爵令嬢とはその様な物なのかも知れないし、わざわざ父が用意してくれたものを無下にする必要もあるまいと思い直す。


「では折角なので、使わせていただきます」


 父に礼をすると、うむと頷く。

 次いで母が介助されながら私の方へ歩いてくる。


「お母さま。無理して出てこなくても良いですのに」


「聖堂は私にとっては距離がありますからね。ここで見送らせてくださいね」


 そして母は、私をそっと抱擁する。


「クリスティアナ、愛していますよ」


「はい、私もです」


 そうしてひとしきり母と言葉を交わして、抱擁を解いた。


「さて、クリスティアナよ。聖堂まではこの兄が送ってやろう」


 最後に、兄のアルベランが言う。


「まさか付いてくるつもりですか?」


「そのまさかだ。嬉しかろう?」


 全身甲冑姿だ。

 ひょっとして見せびらかせたいのかなと思う。


 父と母に見守られる中、兄の手を取って馬車に入る。

 次いで、兄が乗り込む。


「何かあれば、いつでも帰ってくるのだぞ」


「体に気を付けるのですよ」


 父と母の言葉に、頷くことで返す。


 馬車が出立し、見えなくなるまで父と母は手を振っていた。


「ふむ、なんだかこうしていると、昔に戻ったようだな」


「まあ、そうですね」


 劇場へ、闘技場へ、流行りの店へ、狩猟へと、興味もないのにいろいろな場所へ連れ出された。


「何が一番楽しかったか?」


「そうですね……」


 しばし昔を思い出す。


「収穫祭ですね。活気を感じられました」


「そうか……」


 人々の息遣いがそばで感じられた。

 あれを体感するというのは、地上へ降りてこなければわからなかったろう。


「よかった」


 どこか、ホッとした表情をしている。


「いやなに、ひょっとしたら嫌がっていたのでは無いかと思ってな」


 私が不信に思って兄を見ると、そんな言い訳をする」


「あからさまに嫌がって見せたと思いますが?」


「おまえ、そんな言い方はないだろう……」


 しゅんとする兄に対して、言葉を続ける。


「でも、貴重な体験でしたよ」


「そうか……」


 そこからしばらく言葉が途切れるが、あることに気づいて言葉をかける。


「お兄様、その剣は?」


「これか? なんと勇者アストリアの聖剣だ。凄かろう?」


 自慢げに見せてくる兄の剣には見覚えがあった。


 邪神の軍勢を討伐するために率いた天使達の装備品である。

 撃退には成功したが、こちらも甚大な被害を受けた。

 その剣は、その時の遺品であり、巡り巡って勇者アストリアの手に収まったのだろう。


 あれからどれだけ時が過ぎたのか知れないが、今でも輝きを失っていない。


「……大切にされていたのですね」


「アストリアの聖武具だぞ? 当然であろう」


 何を異なことを、と言う。


「それがなぜ、お兄様の手に?」


「この兄が、勇者と呼ばれるに相応しいからだ」


「ふ~ん……」


 勇者アストリアについて、現代の記録以上のことは知らなかった。というのも、私が気にしていたのは聖女であり、その仲間については特に興味がなかったためだ。

 よって、勇者の称号という、人の手によるものについても同様であった。


 聞けよ! とか 驚けよ!! とか、小煩い兄を放っておいて、勇者について考える。

 聖女にとって、そのような仲間がいるのは、とても心強かったのではなかろうか、と……


「そういえば、お兄様は婚約をなさったのでしょうか?」


 思考の邪魔になる兄の小言を黙らせようと頭を巡らせ、ふと先日の婚約破棄の件から連想して出てきた言葉を言う。


「む、何だ突然?」


「いえ、先日王太子殿下から婚約破棄を言い渡されまして。そういえば兄様については何も知らないなと思いまして」


「え、あ、いや……その、な……」


 兄は珍しく目をぐるぐるしていて、何か言い難そうにしていたが、やっと口を開く。


「まずは俺の件からだな。この兄ははっきり言ってモテる! 婚約などしたら、他の娘が可哀そうであろう?」


 強がってはいるが、ようはいないということだ。


「見栄をはりたいのはわかりますが、仮にも伯爵家の長子がそれでよいのでしょうか?」


 これでも長年にわたる妃教育を受けてきた身、子孫を作るのが貴族の務めであることは十分知っている。


 兄は口をつぐみ、これで静かになったと安心していたが、少し経ったところでまた話しかけてくる。


「……ちなみに、お前は、この兄に相応しいのはどんな女だと思う?」


 にわかに真剣な表情に、つい吹き出しそうになる。


「お互い愛し合ってるなら、誰でも良いのではないでしょうか」


「そうか……」


 私を見ているようで、別の人を見ているような、そんな表情をする。


「さて、次は晴れて自由になったお前の番だな。俺は顔が広い。俺のパーティーにもなかなか信頼のおける奴もいるし、騎士団から選ぶのも良い。なよなよしているが、文官からでも魔法師団からでも良いぞ」


 この話題は、藪蛇だったかもしれない。


 交わすのに億劫になっていると、馬車の速度が落ちていき、やがて目的地につく。


「む、もうか……」


 これ以上の追及を受けずに済むことにホッと胸をなでおろす。


 先に降りた兄の手を取り、聖堂の前に降り立つと、顔なじみの神官が出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、聖女様」


 幼い頃から面倒を見てくれた神官のメイナードだ。


「わたしは先日、聖女の位を降ろされましたよ?」


「何を仰いますか。誰が何と言おうと、貴女様は聖女様で間違いありません」


 相変わらず頑固なおじいさんですね、と思っていると、兄が一歩前へ出る。


「クリスティアナの荷物も追って持ってこさせます。それではよろしくお願いします」


「任されました」


 神官のおじいさんや、見習いの方々が出迎え、手荷物を中に運び入れてくれる。


「クリスティアナ、何かあれば呼ぶんだぞ」


 そのように掛けられた声で、馬車の中での話を思い出す。


「お兄様は、勇者の再来と呼ばれていたのでしたね?」


「うん? まだ疑っているのか? 本当だぞ?」


 私にとっては、嘘でも真でもどちちでもよい。


「剣を貸してください。それと、ちょっと膝立ちになってください」


「んんっ?」


 何でそんなことをするんだ? と言いつつも、言う通りにしてくれる。


 私は、奇跡の行使で解けていく肉体からとめどなく流れる神力を、剣に込める。

 どの天使の持ち物であったのか、しばし追憶していると、やにわに剣が光り出す。

 天使の剣なので、このくらいで良いだろう。

 これで、往年の力を取り戻したはずだ。


「なっ!? こ、これは……?」


「ちょっと黙っててください」


 驚きの声を上げる兄を黙らせる。


 次に、膝立ちの兄の頬に両手を添える。


「な、なにを……」


 額に唇で触れ、神力を流し込んでいく。

 体が破裂しないよう、加減をするのが難しい。


 兄の体に力が充満した頃合いを見計らい、唇を話す。


「貴族の一人息子が死んだら大事だと習いましたので、ちょっとしたおまじないです」


「あ、ああ……」


 兄は呆けた表情で頷く。


「では神官様。よろしくお願いします……神官さま?」


 ふと見渡すと、周りの人たちが皆跪いている。


「神官殿、頼む!」


 兄が声を張り上げると、神官様はハタと気づいたように起き上がった。


「ほ、ほらお前たち! クリスティアナ様を案内して差し上げなさい」


 神官様の言葉で、神官見習いたちが急いで立ち上がり、私を案内してくれる。


「クリスティアナ! 元気が出たよ! ありがとう!!」


「怪我しないようにしてくださいね」


 兄にそう声をかけ、聖堂に入る。


 そう大きくない広間であるが、ここは特別な場所でもある。


 旧魔王領において魔王城の玉座があった場所にあたる。

 当時の聖女は、ここから浄化を行っている。

 この地点が、アストリア領の中心地にあたるのだ。


「さて、では始めますか」


 まずはアストリア領の豊穣を、さらに加速させていかないと。

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