第6話 【父クランベリー視点】
アストリア家の歴史は勇者アストリアの伝説から始まる。
その昔、魔王率いる軍勢を破ったアストリアは、旧魔王領改めアストリア領へ封ぜられた。
勇者アストリアとその仲間たちの物語では『めでたしめでたし』で終わるが、現実には続きがある。
伯爵位という無位からの大出世と捉えられる一方で、その後のアストリアは汚染された領土の開墾や領民を守るための魔物との戦いの日々であったと、領の歴史には綴られている。
つまりは、名声の上がりすぎたアストリア一行は当時の王侯貴族に疎まれ、不毛の地へと追いやられたのが真相である。
現アストリア領の領主であるクランベリー・フォン・アストリア辺境伯も、貧しい土地の領主として爪に火を点す生活を送っていたが、20年ほど前から状況が一変した。
突如として領土全体が肥沃な大地であったかのような大豊作であったり、漁村では大豊漁であったり、ミスリル鉱床が見つかったりなど、今までの貧困が嘘であったかのような大発展を遂げている。
そして、クリスティアナの誕生である。
その瞬間に立ち会ったものは、まるで天上の光が降りてきたかのような光景を目の当たりにしている。
クランベリーはもう、奇跡の只中にいることを疑っていない。
クリスティアナは、古に語られる大聖女の生まれ変わりか、あるいは天の御使いであるかもしれない。
アストリア領の奇跡は、このクリスティアナのための地ならしだったに違いない。
その後は聖女に列せられたことによる王家へ輿入れの催促を、戦争覚悟で断ろうとしたところ、クリスティアナの了承ゆえに見守っていたのだが……
「これは真か……」
「はい、クリスティアナの状況と一致しています」
クリスティアナの突然の帰還に沸いた領主館の夜、長子アルベランから通じて得た王立学園の卒業式典での出来事を知り、愕然とした。
突如目の前に現れたクリスティアナ。そのドレスの膝に当たるところが特に汚れていたのを思い出す。
しかし、罪の真偽もあやふやな状況で、衆目の中で土下座を強要し、その上で捕縛しようとしたなど、あまりにも馬鹿げている。
「その中であっても、クリスティアナは終始淡々としていたと」
「で、あろうな……」
普通の貴族の令嬢であれば、屈辱のあまり憤死してもおかしくない状況だ。それをあの子は、本当に何とも思っていないのだろう。
だからこそ、余計に居たたまれない。
本来であれば、恨むべき者たちに対しても、平坦な気持ちしか持ち合わせていないのだから。
「相手は?」
「クラウディウスの長子、アーデルハイドの長子、アンゲナスの長子、それに、件のバルダートの娘、マリアンヌです」
「ほう……」
これはまた、権力の中枢がこぞって蠢いているようだ。
そして、王都方面へ当たる隣の男爵領の娘か。
「その後、会場からクリスティアナは突然消失したそうです。転移の魔法でも無いことから、何やら魔女であったと騒ぎ立てていたようですね」
あの突然目の前に現れた現象は、やはり上級魔法すら及ばない、超然としたものだったのだろう。
「恐らく一両日中にはクリスティアナの捕縛令が出るかと思います」
「だろうな」
元々、近年のアストリア領の活況を妬んでいた王家のことだ。これ幸いと付けこんでくることだろう。
「クリスティアナの要望は聞いたか?」
「はい。領境の警戒に、更なる開墾ですね?」
クリスティアナの話を要約すると、そのようになるだろう。
「開墾政策は私が行う。お前は砦へ行け。いかなる軍も入れてはならん」
「はっ!」
いかなるということは、国王の命令も聞くなということ。
それはもはや、独立も辞さない。国軍、領兵全てを相手に戦う覚悟だ。
「宝物庫を開け」
「……良いので?」
アストリアの宝物庫は、勇者アストリア一行の武具が収められている。
「今のおまえに相応しい武具は、もはやアストリア様の物しかあるまい」
息子のアルベランは、様々な武術や属性魔法、神聖魔法まで使いこなし、勇者アストリアの再来とまで謳われるまでに成長した。その力で領民を守るため、既に竜殺しの称号まで冠している。
「いつもお前には苦労をかけるな」
「……父上は何やら勘違いをしておられますな」
アルベランは、やれやれとでも言うように手のひらを上に向ける。
「クリスティアナを見てきたのは、父上より私の方が長いのですよ。むしろ私の方が労をねぎらう立場でしょうね」
生意気な態度で、このような事などなんてことないと返すアルベランを見る。
「明日、クリスティアナの見送りをしてから、早速に領境へと向かいましょう」
恐らく、クリスティアナはこの館へはもう、戻るつもりはないのだろう。
人々を救った後、天へ帰るつもりなのだ。
「頼んだぞ」
だが、まだ、私の一人娘なのだ。
最後の時まで、守らせてくれ。