第5話
邪神がこの世界を呪った影響は瘴気という形でたびたび現れ、ときに淀みをうむ。
そのような汚れた大地からは魔物があふれ出てくる。
特に瘴気の濃い土地では、それらを束ねる魔王が生み出されることがある。
かつて魔王領と呼ばれたアストリア領は、そのような人外魔境であった。
そこへ当時、私が任じた聖女とその仲間が魔を撃ち払い、浄化するに至った。
その後、聖女の仲間の一人が旧魔王領の領主として封ぜられたと、現代に伝わる勇者アストリアとその仲間たちの物語として語り継がれている。
今、私の目の前にいるアストリア領主であり今世の父でもあるクランベリー・フォン・アストリア辺境伯は、聖女と勇者アストリアとの末孫でもある。
「なっ!? クっ……クリスティアナ!? 一体どこから!?」
卒業パーティー会場からの転移先として指定したのは、父クランベリーの眼前であるため、随分驚かせてしまったようだ。
「お父様、お話があります」
「……お前はいつも唐突だな。言ってみなさい」
どうにも人の機微というのが理解できず端的な物言いをする私を、父はいつもそのままに受け入れてくれる。
私はそれに甘え、父にして欲しいことを述べる。
「1つ目に、王都へ続く砦を増兵すること。2つ目に、食糧増産をすること。3つ目に、聖堂を貸切ってください」
「…………そうか」
父は、それを聞き、しばらく黙って私を見つめた。
「わかった。全て任せなさい」
「ありがとうございます」
少し無茶な願いであったような気もするが、父はそれを全て叶えてくれるそうで、伯爵家の令嬢としてのわがままの範疇なのかなと思うことにした。
「それで、お前はこれからどうするのだ」
「はい、しばらく聖堂に籠ろうと思います」
私の肉体は、神力を最大限蓄えるために、絶妙なバランスでなりたっていた。
それが先程の奇跡の行使の結果、肉体の構成に綻びができてしまった。
そのため、大幅な計画の見直しに迫られている。
体からとめどなく漏れ出てきている神力の残滓を、豊穣へと利用するよう試みる。
その後は、瘴気の大規模発生時に、体に残っている神力を使い、アストリア領の浄化をしていく予定だ。
私の今回の役割は、そこまでになるだろう。
「そうか……。だが、まずは母に会っていきなさい。お前の兄もすぐ呼び寄せよう」
私を見つめてから、父は帰郷の挨拶をするように言う。
「その前に、良く疲れを癒し、召し換えておきなさい」
「わかりました」
確かに先ほどまで床に跪いていたため、ドレスも汚れている。
父に呼びつけられ入ってきたメイドに、湯浴みと新しい衣装を着せられ、母の寝室へ赴く。
「お母さま、失礼します」
ノックの後に入室すると、寝具から腰を上げた母、マグダレン伯爵夫人がいた。
「……クリスティアナ? 良く帰ってきましたね」
母は私を産むに十分な神聖力と体力を持っていたが、その際に力を使い果たしてしまい、一日のほとんどをベッドの上で過ごすようになってしまった。子供ももう産めないと聞いている。
もしも瘴気の汚染予測が平時であれば、彼女を聖女にしていたであろう。
「ただいま戻りました。お具合はいかがですか?」
「大丈夫よ。こっちへいらっしゃい」
母が手元へ呼び寄せるので、その様にする。すると母は私をそっと抱きしめた。
「王都へ出してから数年、随分心配したものですが、しっかり食べているようで、母は安心しました」
「ご心配おかけして申し訳ありません」
「ふふ……いいのよ」
それからしばらく母の話の受け答えをしていたところ、いきなり大きく扉が開かれる。
「クリス! よく帰ってきたな!」
「アルベラン、妹の前だからって、はしゃがないの」
入室そうそう母に窘められているのは、たった一人の兄であるアルベランであった。
「おっと母上もいらっしゃいましたか」
母の部屋だというのに無視するような、そのぞんざいな口調を一転、兄は胸をそらし顔を上げ、遠くを見る視線から礼をする。
貴族の作法を見せた。
「失礼しました、母上。さてクリスティアナよ。今夜は王都での話を聞かせてもらうぞ。良いだろう? 駄目と言っても聞かぬが」
このたった一人の兄妹は、昔から良く私に構ってきた。だいたいいつもやり込められ、遊びに連れ出されたものだ。今日から聖堂に籠もるつもりであったが、これはかわせそうになかった。
「……わかりましたから、頭を撫でないで下さい」
私は一つ溜息をついたあと、頭をくしゃくしゃにしてくる兄に対してお願いすることにした。