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第4部 【魔術師シリウス視点】


 最初の問題はアストリアの大豊穣からであった。


 アストリアは旧魔王領だけあって広大だが、荒れ果てた土地だ。

 いくらかつての聖女が浄化したからと言って、簡単に作物が実るわけではない。


 一方で、魔物の生息地が国内随一であるだけ、戦士の質が良い。


 よって、租税の代わりに領民を兵役に付かせ、国内各地の魔物の討伐に当たらせる。


 これでバランスが取れていたのだ。


 しかし、例の大豊作が全てを狂わせてしまった。


 一年目は偶然だろうと思われていた。しかし、二年目、三年目と続き、今では十年を超え、いまだに衰える兆しも見せない。その上、領内各地で鉱床の発見、そして聖女の出現だ。


 現在のアストリアは武力、経済力、権威、ありとあらゆるものが揃い、今や王家を脅かす程にまで肥大化を続けている。


 アーデルハイト家は宮廷魔術師の家系だが、多くの政務上の問題を魔法で解決することも多いため、国内の情報を統括する立場でもある。

 私は後継者として既に政務に関わっているおかげで、現在のパワーバランスがいかに危険であるのかよく理解している。


 アストリアの武力を当てにしていた魔物の討伐も滞りがちになり、国内各地で被害も増えている。

 おかげで領兵の手に負えない怪物には騎士団まで動員する羽目になった。

 騎士団には貴族の子弟も多く在籍し、負傷や戦死が出ると見舞金も馬鹿にならない。それ以前に危険なことをさせるなと文句を言われる始末だ。


 この異常事態を正常化するために、アストリアをまた元の辺境に戻さねばならない。

 それが私の見解だった。


 ルドルフ殿下の相談は、そのような折にもたらされた。

 まさに、渡りに船であった。


 アストリアの令嬢クリスティアナは見目麗しく、また私の魔術師としての感覚がそう捉えさせるのか、聖女と言われれば納得せざるを得ない神秘性を宿していた。


 そんな彼女を(おとし)め、(はずかし)めるこの計画。正直に言えば、心が躍った。


 しかし私はいずれ政務を取り締まる身。己の欲はさておき、これを使ってどうアストリア領を切り崩していくかを考える。


 私がマリアンヌ嬢と初めて出会ったのは、王立学院の上位貴族だけが入れるサロンでだ。

 殿下がマリアンヌ嬢を下級貴族の娘としてサロンに連れて来たときは、また殿下の悪い遊びが始まったと思った。

 殿下はその地位と美貌を活かし、下級貴族の令嬢を弄んでは私に尻ぬぐいをさせた。ご落胤など冗談ではない。手切れ金を渡し、ミハイルを通じ修道院へ送るのである。

 マリアンヌ嬢も、その内の一人であると思ったのだ。


 しかし、サロンでのマリアンヌ嬢はよく気がつくし、愛嬌もある。話も常に男を立ててくれて気持ちが良い。何よりも男心をくすぐるのが抜群に上手かった。

 なるほど、殿下が気を許すのも良く分かる。


 マリアンヌ嬢は確かに可愛らしい女性だ。しかしそれだけでは無かった。彼女は、賢さを秘めた女性であった。正直、殿下には勿体ないと思ったものだ。


 殿下はマリアンヌ嬢をもて遊ぶつもりであったのだろうが、いつしか彼の方が彼女に夢中になっていたのだ。


 そんなマリアンヌ嬢だが、クリスティアナに雇われたという暴漢に襲われた際、神聖魔法で返り討ちにしたという。


 そして殿下に、私こそが真の聖女であると打ち明けたらしい。


 しかし、彼女が実は聖女でしたと言うのは無理がある。私は魔術師として、ある程度の力量を測ることが出来るが、彼女からはあまり力を感じられない。暴漢を討ち果たしたなど、虚偽であろう。


 しかし、殿下は頭からマリアンヌ嬢を信じ切ってしまっている。


 ならば私はそれを利用するまでだ。


 しかし……



「シリウス、ミハイル、全て余の望む通りにせよ」


「はっ!」


 クリスティアナが正体不明の力により突如消失した王立学園の卒業パーティーでのこと、 ミハイルの助言で殿下は魔女と決めつけるに至った。


「さっそく父上に相談します!」


 ミハイルは上手いことやっている。王家とディアナ教は敵対しているわけではないが、元々水と油、利権がぶつかることが多い。

 その中でミハイルは両者をとりもち、利益を吸い上げるのだ。


 クリスティアナを魔女に仕立て、骨の髄までむしり取ろうという腹づもりだろう。


「しかし、まさか魔女とはな……」


 信じているかは定かではないが、クリスティアナが魔女というのは、殿下にとって既定路線となった。


「どうしたシリウス、魔女としたことが不服か?」


「……原因が不明ゆえ、早計であったやもしれぬと」


 大昔のことゆえ、魔女などの悪魔に魅入られた者についての情報はあまりない。しかし記憶の限り、何の魔力の残滓も無いまま魔法を使用するなどできないはずだ。それも転移などの上級魔法でそれを行うなど、はっきり言って不可能である。


「ならば対論を出すことだ」


「はっ!」


 しかし、殿下は答えを望んでいる。

 それも、殿下の望む答えを、だ。


 殿下が黒といえば黒になる。

 そしてそれは、事実なのだ。


「マリアンヌ、余がすぐに捉えるゆえ、安心すると良い」


「ありがとうございます! ルドルフ殿下ぁ〜〜」


 殿下はマリアンヌを抱いて、会場を出ていく。


 我々はそれを、頭を下げて見送った。


「シリウスさん、殿下が機嫌を損ねるから、あまり難しいことは言わないほうがいいよ」


 そして、頭を上げたあと、ミハイルが話しかけてくる。


 ミハイルは、金髪のおかっぱをした、紅顔の美少年だ。

 いつも笑顔を振りまき、場を和ませる。


「でも、安心して。僕の方から取りなしとくからさ」


 そうして相手の信頼を得て、懐に入り、操るのである。


「クリスティアナは魔女だった。それでいいじゃないか」


 ミハイルの一言で、クリスティアナの命運は完全に尽きた。

 彼女は魔女と自白するまで、過酷な拷問にかけられるのだろう。

 そして最後には火炙りにされるのだ。


 そうしておいて、ミハイルはあっけらかんと笑う。

 こいつは、自分が邪悪であるとは、微塵も思ってないのだ。


「……そうだな。正体がなんであれ、どのみちクリスティアナが生き延びることなどできなくなったか」


 転移の秘密は気にはなるが、こうなってはさしたる障害にはなるまい。


 このあと王国は、魔女だという理由でアストリア領にクリスティアナを差し出すよう迫るだろう。

 王国の軍事力をちらつかせれば、さしもの我が世の春を謳歌するアストリア領主といえど、領民を守るために娘を差し出すだろう。


「じゃあ僕は早速父上にこの件を申し上げてくるよ」


 続いてミハイルも会場をあとにする。


 ミハイルの父は我欲の権化だ。

 ミハイルの話から、如何に旨みを得るか頭を悩ませるだろう。


「さて、では私はアストリアをいかに切り崩すか、父上に相談せねば」


 魔女を聖女と偽った罪は、領主にもある。

 

 賠償として、鉱山でもむしり取ってやるか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 国内のパワーバランス考えては廷臣として理解出来なくないが、聖女が何か力秘めてると気付いてて、馬鹿王太子の愚行にのったのが、ミスだったな。
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