第3話 【王太子ルドルフ視点】
「シリウス!」
卒業パーティーでの席上でのこと、忽然と消えたクリスティアナを見て、シリウスに状況を説明するよう促す。
「はっ! 私の知る限り、転移の魔法だと思いますが…………魔法痕も見つからず。いや、それ以前にクリスティアナは呪文を唱えている様子もありませんでした」
「熟達した魔術師は無詠唱で魔法を操ると聞くが?」
「転移は時空間を操る上位魔法です。それも視界から見えない場所までとなると、父ですら呪文無しでは行使できません」
明確な答えが帰ってこない。
「つまりなんだ?」
シリウスに結論を急かす。
「わかりません」
この無能! と、怒鳴りたくなったが、衆人の目がある中ではその様にするわけにもいかず、しかし結論を急がねばならない。
「ミハイル、お前はどう思う?」
「はい、殿下。やはりクリスティアナさんは魔女だったのだと思います」
魔女……というのは実に時代錯誤だ。
魔王のいた時代、悪魔と契約した人間が、その力を借りて人々にあだなすことはあった。
魔女と疑わしい者を拷問で自白させたが、一方で無実で殺された人も多く、今では行われていない。
また人と契約を交わせるような悪魔もここ数百年は報告されていない。
だが、余にとって、魔女という響きは実に都合が良かった。
「あの女は魔女だったのだ!!」
衆人に向け断定する。
シリウスでもわからない謎の現象を引き起こした事にも説明がつくし、クリスティアナを正式に聖女から落とす良い理由にもなる。
「ルドルフ様ぁ~~、わたし、復讐されちゃうんですかぁ?」
不安に思ったのだろう、マリアンヌが縋り付いてくる。
「大丈夫だ、マリアンヌ。余がおまえを守ってやる」
そうだ、この可愛いマリアンヌを不安にさせてはならない。
「皆の者! 余が必ず魔女クリスティアナを討ち滅ぼすことを約束しよう!」
余の声に呼応するように、賞賛の声があがる。
「シリウス、ミハイル、全て余の意図する通りにせよ」
「はっ!」
「さっそく父上に相談します!」
シリウスとミハイルが返事をする。
しかし、クリスティアナのせいで余計な手間となりそうだ。
最初、聖女などというくだらん制度のせいで辺境の田舎娘を娶らねばならないと聞いた時、王太子なのに自由にならない立場に随分憤慨したものだ。
しかし、この学園に来たクリスティアナを、一目見て気に入った。
朝日が差し込んで来たような薄い金の髪に、薄紅色の頬、紫結晶の瞳、田舎娘とは思えない造形美であった。
まさに、王太子たる余に相応しい女であった。
余が寵愛してやろう、当初そう思っていた。
しかし、次第に王太子である余を敬わない態度に怒りを覚える。
余から声をかけてやれば、二言三言で立ち去り、余の気を引こうとする努力をしようともしない。
遊びを教えてやろうと誘えば、妃教育があるからと断る。
夜伽をせよと使いをやれば、婚姻後の事と断る。
全く持って、けしからん女であった。
そのような折に、マリアンヌに出会った。
マリアンヌはいつも余を立てる気立ての良い女であった。
遊びを教えてやれば喜んで覚え、夜伽を申しつければ初心な乙女を見せつつもそのようにした。
まことに余の喜ぶことをしてくれる女だ。
そんなマリアンヌが、事もあろうか暴漢に襲われかけたと聞き駆け付けると、倒れている男のそばに、衣服が破れ肌が露わとなった彼女がいた。
しかも聞くところによると、マリアンヌの神聖魔法によって撃退したのみならず、刺された負傷も自ら治癒したという。
なんと素晴らしい女であろうか!!
その後、二人だけの秘密とばかりに打ち明けられた話は、私に衝撃をもたらした。
マリアンヌは女神ディアナより聖女の神託を受けたというのだ。
クリスティアナは聖女を僭称している、偽物に過ぎないと。
神をも恐れぬ所業とは、この事を言うのであろう。
私は王太子として在るべき姿に正さなければならないと思い、早速シリウスたちに相談した。
するとシリウスはアストリア一族の陰謀ではないか、というではないか!
なるほど、王家を敬わないあの娘は、その親あっての態度であったか……
その話を聞き、余は妙に腑に落ちたものだ。
そこで我々は一計を案じ、卒業パーティーに臨んだのである。
「しかし、まさか魔女とはな……」
クリスティアナを捉え、弄んだ後はアストリアへの人質にしようと考えていたが、まさか逃げられてしまうとは。
だが、まあ良い。
アストリアが領内に魔女を匿っているとすることで、侵攻の良い理由が出来た。
そのように概ね満足していたが、何やらシリウスが真剣な表情をしているではないか。
「どうしたシリウス、魔女としたことが不服か?」
「……原因が不明ゆえ、早計であったやもしれぬと」
「ならば対論を出すことだ」
「はっ!」
あるのならばな、と、心の中で付け足す。
しかし、どのみち些事である。
「マリアンヌ、余がすぐに捉えるゆえ、安心すると良い」
「ありがとうございます! ルドルフ殿下ぁ〜〜」
さて、今宵もマリアンヌを可愛がってやるとするか。