第13話 【聖職者ミハイル視点3】
バクスターに連れられた先には、人の背丈ほどのある犬……ではないな、狼が4頭臥せっており、ハーネスの先には馬車が繋いであった。
しかしその狼、黒色をしていると思ったんだが、輪郭が揺らいでいる……
「これは……もしかして魔物!?」
ぎょっとした僕の隣にいるバクスターは、少し可笑しそうにしている。
「失礼しました。他領には存在しないようですが、魔物の多いアストリアでは魔物使いという職業もあるのですよ」
狼に餌をあげていた、フードを深く被った小男がこちらに気づいたのか、軽く頭を下げる。
「彼がそうですね。無愛想ですが腕が良い。御者を努めます」
「な……なるほどね…………」
上級騎士の洗練された態度を見せたと思ったら、辺境らしい野蛮な文化を目にしたり、なかなか一筋縄ではいかないようだ。
「こちらに用意した馬車にお乗り換えください」
バクスターと呼ばれていたアルベランの側近は、窓の無い馬車を前に言う。
「理由を聞いても?」
「はい。アストリアは他領と比較にならないほど魔物の多い地。失礼ですが、ミハイル様のお乗りなさってきた馬車では、不意の急襲に対応出来無い場合もございますので」
「なるほど……」
バクスターは、並の馬車なら空からの一撃で破壊され死に至る事もあると言う。
そう聞くと、確かに僕の乗ってきた馬車では心細く感じる。
それにしても、アストリアは聞きしに勝る魔境だなと思いながら馬車を見ると、ある事に気付く。
「これ……まさかミスリル製かい?」
「はい、アルベラン様からはくれぐれも丁重にとのことで、万が一も考慮して我が領で最高の貴賓をおもてなしするための馬車をご用意させていただきました」
こりゃ凄い。
馬車に希少なミスリル銀を使うなど、聞いたこともない。外観は無骨ながら、内装は整っていた。近年、美術工芸品でも名を上げるアストリアの面目躍如といったところだろう。
「気に入ったよ。ありがたく使わせてもらうよ」
「お礼ならアルベラン様に」
そうしてバクスターは気品よく礼をする。
未だ領境だというのに、会う者たちの行き届いた態度に満足する。
どうやらアルベランには相当期待されているようだ。
それならその期待に応えてあげなくちゃな。
僕は身の回りの世話をする神官見習いだけを従え馬車に乗り込む。
外の景色が見えないのは退屈だろうが、確かに安全には代えられないし、車内は広々としていて快適だった。
「領都は遠いですが、影狼の足は一級品です。すぐに着きますよ」
僕は彼の言葉に従い、しばし車上の人となった。
車内ではバクスターのもてなしを受けながら領土を行くこと、しばらく。
僕が車内から降りられたのは、領主館の前だった。
領主館は近年のアストリアの発展を象徴するかのごとく巨大な建造物であったが、装飾がほとんどない。
内部に入れば役人が忙しなく動いており、住居というより政務を司る場に特化しているようだった。
私邸が外部にあるのかもしれないな。
通された応接間で暫し待つと扉が開き、バクスターの後から領主が入室してきた。
「おお、これはこれは……よくいらしてくださいました、ミハイル殿」
アストリア領主クランベリー・フォン・アストリア辺境伯。
一言で表すなら、強運の男。
旧魔王領の不毛な大地の領主を継いで10年も経たぬうちに、領土が未曾有の大発展を遂げることになる。
荒れ果てた土地だというのに、王国全土の歴史にも類を見ない大豊作。
そして数多くの鉱山の発見。
それに釣られるような商工業の大躍進。
終いには、聖女の生誕である。
彼の運の良さは、女神に愛されているとしか思えない。
「王立学園ではクリスティアナさんと学友でありました、アンゲナス家嫡子のミハイルです。アストリアの領主様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
僕は軽く挨拶をした後にしばし歓談をする。
学園でのイベントであったり、クリスティアナの様子であったり。
そしてクランベリーが焦れてきたのを見計らって、本題に入る。
「さて、本日僕が伺ったのは、クリスティアナさんについてなのですが、概要は既にきいてます?」
「えぇ、えぇ、伺っておりますとも。なんでも娘を助けてくださるとか」
クランベリーは、藁にもすがる思いなのだろう。
心細そうな顔で、僕に救いを求めるように見ている。
「僕もクリスティアナさんのことについては大変心を痛めててね。何とかしたいと思っているんだ」
「おお……!」
僕の言葉に一筋の希望を見出したのだろう、クランベリーは僕を拝むように指を組む。
「ただね」
クランベリーの様子を見ると、よほど娘が心配と見える。
これは条件を釣り上げることも考えなければと思うと、さらに勿体ぶった言い回しになってしまう。
「クリスティアナさんが転移魔法まで使えたのを黙っていたのは、流石にまずかったよ」
「それは……っ」
クランベリーは僕の言葉を聞いて、言葉を詰まらせた。




