二話 静寂への侵入者
あの事件から2日が経った。けれども緋月は、未だ入院している。しかし、入院3日目にして緋月に大きな変化が起きた。それは病院のスタッフが驚くほどの変化だった。
時計は朝6時を指している。
「あのー、すみません。ここはどこですか?」
「え? 緋月さん、今話しかけて……」
「え? あのーここはど……」
「先生! 患者さんが!」
看護婦らしい人は、部屋を出て何処かへ走り去ってしまった。
取り残された緋月は状況が理解できない。
「猫田緋月さん、わかりますか?」
突然部屋の扉が開くとそこには、先程の看護婦と医師がいた。
「え? ここはどこなんです?」
「ここは、北原メンタルクリニックです」
「精神病院……ですか。」
「はい、あなたはもうここに入院して3日目です」
「え? ずっと寝てたってことですか?」
「いいえ、起きてました……」
「……」
「きっと事件のショックで記憶が飛んだのでしょう。事件の事は覚えていますか?」
「はい……」
「そうですか…… わかりました、念のためもう1日入院しましょう」
「わかりました……」
「では、明日また来ますので」
また静寂に包まれた病室で緋月は、何を考えただろうか。殺された友の事か、はたまた殺した犯人の事だろうか。
そうしているうちにも時は進む、日が少し上がり昼になり、そうしてまた考え更けるうちに日が少しずつ沈んでいく。そして空の色もその静寂にふさわしい色へ変わった。
あの忌まわしい事件の後、この病院に運ばれてから今日までまともに会話することさえ困難だった緋月が突然ここまで回復したことに医師も緋月も不思議ではあったが、そんなことはあの事件に比べれば些細なことだった。
「これは、本当に現実なのか? それとも、ずっと夢を見ていて本当の現実では何事も起こってはいないんじゃないのか?」
静寂に包まれたこの病室で、1人考え込むのは自我の崩壊を招きかねない。そんなことは、わかっている。わかっているのにやめることが出来ない。認めたくない、これが現実だと。
カサッ
「え?」
その、なにかが動いたようなそんな小さな音がこの病室の静寂に傷を付けた。
あいた窓から風が吹いている、窓からは煌々と満月がこちらを見下している。
暗い病室の中に満月の光とは違う小さな光が2つこちらを見ている。
「なんだろ、あれ。動物? おーい、こっちおいで」
「……うるさい」
「え? しゃ、しゃべったぁぁ!」
「やめろ、叫ぶんじゃねぇ」
「だってお前、え?」
暗い病室の中、緋月の前にたたずむそれはただの動物などではないのだろう。静寂への侵入者は、ゆっくりと緋月へ話しかけてくる。
「お前には、俺が何に見える?」
「あっ、え? ……狐」
「そうだな」
「な、なんでお前しゃべれるの?」
「さあな、そんなことはどうでもいいんだよ。お前に用があるんだよ」
「え? 用ってなに?」
この現実とは少し掛け離れた状況下で、緋月は混乱するしかなかった。しゃべる狐など怪異に他ならないのだ。
「お前、あの事件のせいで友を失ったんだろう」
「は? なんでそんなことお前がしってんの? 普通に考えておかしいだろ。わかったぞ、これは夢なんだな。だからこんなしゃべる狐なんて可笑しなものが出てくるんだ」
「夢な訳あるもんか、事実今ここにお前と俺が存在している。それは夢なんて都合のいいものなんかじゃない」
「いやいや、狐が人語を使えるわけが無いだろ。まず喉の構造が違うからな」
「ふん、だが実際しゃべってるだろう。そんな些細なこと気にするな。……だいぶ話がそれたな。お前、友を殺した犯人に復讐はしたくないか?」
その言葉に緋月は、ドキリとした。友を殺した犯人への復讐。それは緋月が何度も考え、何度も諦めたことだった。
「復讐……ああ、俺だって何度も考えたさ。だけど俺にはそんなこと出来ない。わかってるんだ1人じゃなにも出来ないこと」
「何を言っている、1人じゃないだろう。俺がいる」
「それ、本気で言ってんのか?」
「それ以外に何があるって言うんだ?」
「……とりあえず、明日退院だからそれまで待ってくれ。俺は一旦家に帰る、後日どっかで……」
「いや、その必要は無い。俺もお前の家に行く。その方が都合がいい。それに俺ももう野宿はごめんだ」
「は? お前狐なんだから外で暮らせよ」
「ふん、普通の狐じゃないんでな」
「ははっ、なんだよそれ。……よろしくな」
「それは、イエスと受け取っていいんだな? ……よろしくな相棒」
「相棒か…… お前名前は?」
「無いな」
「なら俺が付けてやる。そうだなぁ……」
「おいおい、名前なんて……」
「バディ、なんてどうだ?」
「安直だなぁ……もうちょっと考えろよ」
「文句言うなよ、じゃあそうだなぁ。
テオか西平ジャンモ!」
「……テオでお願いします」
「よろしくな、テオ。俺は猫田緋月だ」
「知ってる」
「なんでしってんだよ!」
「細かいことは気にすんな。よろしく、緋月」
「おう」
煌々とした満月が1人と1匹を照らす。
静寂への侵入者はきっと復讐への道なのだろう。それがどれだけ恐ろしいことだろうと緋月はもう、現実から逃げたりしない。
『二話 静寂への侵入者』おわり
最後までお読みいただきありがとうございます!
二話を書ききるまでに3回ほど書いてた途中のデータが飛んで少し萎えましたが、なんとか書ききりました。
投稿ペースは遅いですがゆっくりと楽しんでいただけると幸いです。