目隠し巫女
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、ひとめぼれって信じているかしら?
私、これまで経験したこと、ないのよねえ。てっきりイケメンな男を見ればドキドキするのかと思ったけど、ぜんぜん的外れ。それどころか美形を前にすると、「この人、この見た目でこれまで、どれだけの人を陥れてきたのかしら?」なんて考えちゃうくらい。
――ん? じゃあ、ブサイクを相手にした時はどうだって?
うーん、相手によるかもだけど、「この人、いったいこれまでどんなひどい目に遭ってきたんだろう?」かしらね。私自身の経験から。
私ね、ひとめぼれって、思い込みじゃないかと考えているの。相手をぱっと見た感じで、「きっとこういう中身の人だろう」って、決めつける。それがいい方向に振れて基準を超えると、「ドキン」としてしまうんじゃないかしら。で、その基準が低い人が、俗にいう「惚れっぽい」性格なんじゃないかと。
この惚れるって要素。私たちはきゃあきゃあ騒ぐわりに、その実態はつかめていないことが多いわ。これについて、私が聞いた不思議な話があるんだけど、どう? 興味ない?
むかしむかし。とある村に年がら年中、目隠しをされている巫女さんがいたの。
どうしてそのようなことをするかというと、彼女の一族には代々呪いがかけられていたから。
それはひとめ見たものを、瞬く間に好きになってしまうというもの。初潮とともに発現するこの呪いは、何も男相手とは限らない。女性をはじめ、動物や植物、家具や農具や建材に至るまで、彼女が気に入ったものなら、たちまちのうちに虜となってしまう。
心の表現に言葉はいらない。しきりにほおずりしたり、接吻の雨を降らしたりと、その仕草はまさに動物が行うそれ。いったん、目線を遮ってしまえばこの発作は止まるから、目隠しをしてどうにか場を納めていたの。
そんな彼女たちが巫女として持ち上げられるのは、彼女らに惚れられたものは、その年の安全が約束されるから。戦や災害をはじめとした、あらゆる苦難に対して命を永らえることができたのよ。これもまた、人に限らずね。
そのようなことが何度も続いたおかげで、その村では年の初めに、彼女たちと顔を合わせることが一種の魔よけのようになっていたわ。
そして、これらの法則は外部からやってくる者にもあてはまる。
その村に行商に来た商人の一帯も、村に入るにあたって、巫女たちとの面会を行うことになったわ。
今回の商人たちには、新参者ながら非常に見目麗しい若者が混じっていたわ。男女問わず、「おっ」と目を見張ってしまうくらいで、実際、最初に応対した村人たちも似通った反応を示したわ。彼自身もなかなかの色好みで、すでに何人かの女性と懇意にしていたとか
彼なら問題なく、巫女たちのお眼鏡にもかなうはず。面を通すまでの誰もがそう思っていたらしいの。
でも、結果は違った。若者より前の商人たちには、進んで肌をふれあわせていくのに、若者を見たときの彼女らは、まず揃ってきょとんとした顔で固まってしまったの。
そこから数拍おいてから大声でわめきたてたり、そばに置いてあった家具やござを投げつけたり、そばに控えている村人の袖にすがりついて、彼を外に追い出してほしいと、じかに口にする者もいたりしたわ。彼女らが言葉を話すのは、本当に珍しいことだった。
あわれ若者は、村に入ることを断られてしまったの。けれど哀れに思ったのか、村人は売り物を抱えたままの彼を、村近くにある無人の小屋へ案内してくれたわ。仲間たちが戻るまで、ここで待機しているように、とね。
自分が村から出て行くとき、巫女たちはすでに他の商人仲間たちにぴっとりと引っついて、こちらを見やりもしなかった。
仲間の多くは男だったし、巫女たちも並み以上に整った姿だったから、なつかれて悪い気はしないでしょう。明らかに鼻の下を伸ばしている、緩んだ表情に若者は少し胸がチクチクするのを感じたわ。
ひとり悶々と小屋の中で過ごす羽目になった彼。やがて日が暮れて、隅にあるわら山に身体を入れてうとうとしていた彼は、ふと小屋の外から聞こえてくる物音に目を覚ます。
衣擦れの音。それもかなり大きめで、自分のすぐ隣にいるんじゃないかと思うほどだった。
身を起こして、手近に置いたろうそくに火を入れる彼。その明かりは寝入る前と変わらない、朽ちかけの囲炉裏とかまど、土間を順番に照らし出していくだけ。
まだ音は続いている。源と思しき方向へ明かりをかざすと、どうやらこの壁の向こう。外から響いてくるようだった。
この小屋は、出れば村の入り口がはっきり見える位置にある。普通なら、そこに明かりが灯されて、見張りが立っているはず。
そのいずれもがない。簡素な木の板で作られた門は、ぽっかりと大口を開けている。
けれど、その先が見えない。昼間には見えていた村の家々が、ちらりとも目に映らなかったのよ。
代わりに、門の向こうの空間では、夜がうねっていたわ。門の上にぎりぎり届くかといった高さで、波打つように黒が上下動を繰り返し、やがて板の端からぬっと光るものが姿を見せた。
金色に光る双眸。その片割れだけでも、若者の全身に匹敵するほど大きいそれは、ぬらりと光るうろこに縁どられている。
うわばみだった。この板いっぱいにおさまるのがやっとの大きな蛇が、こちらを見つめていたのよ。追ってあらわになる口には、商人仲間や案内してくれた村人たちの下半身が、いくつもくわえこまれている。はみ出ている上半身は、口の端からぶらぶらと揺れていた。彼らのいずれも、目を覚ます気配はない。
「案ずるな。こやつらを殺しはしない。大事な種だからな」
正面からうわばみと向き合う若者の頭の中に、昼間わめいた巫女たちの声が響く。そのまま彼女たちの声は語ったわ。
自分たちは、この地にはるか昔にたどり着いた、異邦の者だということ。
同族同士では子孫を残せず、新しい種を求めてここにやってきたこと。
確実に自分たちの血を残すため、命を永らえる神通力を与え続けていること。
そしてある程度血が根づいたら、また別の地へ旅立つであろうことを告げてきたの。
「お前に惹かれなかったのは、お前の中に我らの血が残っていたためだ。気づいていないようだがな。他の場所ではほとんど途絶えたと思っていたが、これは僥倖。
お前はここより離れ、多くの者と交わるがいい。いずれこの地のすべてを、我らの血で埋め尽くそう」
うわばみはすっと頭を村の中へ向け、大きな図体を引きずりながら夜の中に紛れていってしまったの。
翌日。商人仲間たちは、昨日と変わりない様子で彼を迎えに来たわ。中には巫女さんから本格的に求愛されて、この村に住むことを考える者もいたとか。やがて彼らは言葉通り、これまで住んでいた場所を引き払ってしまう。
彼はというと、これまでと人が変わったように女性を遠ざけるようになり、生涯を独身で通したらしいの。数年が過ぎてから、一度だけ村に戻ったことがあったけど、すでにそこは草ぼうぼうの荒れ地になっていて、人が住んでいたとは思えない有様だったとか。




