愛する君ともう一度
「どうして彼女なの?アダム、私は貴方と肩を並べて共に歩みたいだけだったのに。」
リリスが居なくなってから繰り返し見る夢ではアースはアダムと呼ばれていた。
その夢の中でアダムはリリスを選ぶことは無い。もう一人の女性を常に選びアダムはリリスを蔑ろにしていた。
理由はちっぽけなものだった。自分と対等になりたいと考えるリリスよりも、一歩後ろを歩く彼女は常にアダムを立てて優越感を与えてくれた。
対等になろうとするリリスが疎ましかった。リリスと彼女を比べて非難し続けた。アダムは最後まで変わらなかった。
リリスを失った事さえ気が付かないままその生を終えたのだ。
凍える空気が吐く息を白く曇らせる。ここは北の大地の端にある凍れる山の麓だ。アースはあれからずっとリリスを探し続けていた。
長い間時間が係ってしまったが、あの前世ともいえる夢の記憶からヒントを得てやっとここまで辿り着いた。
アースの姿を見て目を見開いたまま動かないリリスを前にずっと心に秘めていたことを告げる。
「聖剣はリリスだったんだな。父を封印するなんて随分と無茶をする。」
聖剣に亀裂が走った事で、封じられている神の存在を感知したアースは聖剣がリリスと繋がっていることに気が付いた。
どうりでリリスが見つからないはずだ。剣はリリスそのもので、当然近くにあればリリスは存在を感知できる。
聖剣を持っている限り、リリスを見つけることは出来ない。だが、その聖剣と繋がっているリリスの繋がりを逆に辿り、リリスの居場所を見つけることが出来たのだ。
聖剣から漏れ出る神の力は日に日に強くなっていった。それは、間もなく封印が破られることを意味している。
「貴方は…。」
「アダムはなんで君を選ばなかったんだろうな。俺なら絶対リリスを手放さないのに。」
「思い…出したの?」
リリスの不安げに揺れる瞳を見てアースはそっとリリスの手を掴むと自分の胸元へ引いて抱きしめた。
「夢を見た。アダムとリリス、そしてイブの事。」
「そう。」
「なんで逃げたりしたんだ?探したんだぞ。」
「私は、だって選ばれなかったから。」
リリスの言葉に思わずカチンと頭にきたアースはぐっとリリスの肩を掴んで彼女の顔をじっと見つめる。
「俺は、君だけをずっと見てきた。俺はアダムじゃない!アースだ。」
「あーす?そんな、まさか。」
リリスはアダムの魂を持つ者たちをずっと見てきた。だからアースの事も当然覚えている。いや、忘れるはずなどない。彼はリリスを初めて選んでくれた特別な人だ。
「本当だ。」
「でも、どうして?」
「分からない。でも、君を守れなかった。いや、自分の手で殺めてしまった上に約束を果たせなかったのが悔しくて、どうしても自分自身を許せなかったんだ。あれからずっと何度も数えきれないほどに記憶を持ったまま転生を繰り返してここまで来た。でも、君と比べれば俺の転生した数なんて大した事ではないだろうけど。」
自嘲するような笑みを浮かべたアースにリリスはフルフルと首を横に振った。
「何度も繰り返すのは大変な事。数は問題じゃないわ。でも、貴方は来てはいけなかった。」
「どうして?」
「もう、私は消えるから。最後の転生だったの。だから、もう貴方は自由よ?」
私に囚われる必要なんてないと告げたリリス。そう言えば先ほどから彼女に触れているのに温度を感じない。
「アース私を選んでくれて、愛してくれてありがとう。」
それは決別の言葉にも聞こえる。アースはリリスを引き留めようと抱きしめたが、リリスの体は砂のようにザラリと崩れた。
「そんな、どうしてだよ。やっと見つけたのに。」
アースの力ない言葉が冷たい空気に溶けて消えた。
その日、聖なる剣が教会から姿を消した。一説によると天に上る光の柱が立ち、周辺各地で様々な奇跡が同時に起きたのだという。
そして、アースは再び転生していた。今度は傍に幼馴染のリリスは居ない。だが、アースは諦めなかった。傍にいないのであれば探し出せばいい。
リリスの居場所を探れる聖なる剣はすでにこの世には無い。
しかし、アースはそんなもの無くてもリリスの事であれば一目見れば気が付く自信があった。
それは何度も繰り返し重ねた転生による勘のようなもの。見た目が違っても魂は同じ。
悪魔であったリリスの魂があるのかどうかはさて置き、アースはリリスを探し続けた。
「見つけた。」
深い森の中にあるひっそりとした小屋でアースはリリスの魂を持つ者と出会った。彼女にリリスの記憶はないけれど、間違えるはずがない。
リリスの気配を纏った存在で彼女はリリスと同じような能力を有していた。
不思議な力があることで村からは恐れられてこの森の奥の小屋へと閉じ込められているのだが、アースは藁の山の中から一本の針を見つけるよりも難しい探し物を見つけて歓喜した。
それからは時間をかけてゆっくりとアースは彼女と打ち解けていった。大切なものを今度こそ守りたいという思いも篭っていたのかもしれない。
幸せな時間が確かにそこにはあった。これまでは叶う事が無かったが、もう勇者ではないアースは今度こそ彼女と添い遂げることが出来ると信じていた。
それは一種の油断。残酷な事に世界はアースを再び苦しめる。
「な、なんだこれは。」
隣町にまで買い物に行って帰って来たアースの目の前にはいつも通りアースを送り出してくれたはずの彼女の残骸があった。
血に染まり、もはや原型を留めていない何か。どれだけの憎しみを受ければここまで出来るのだろう。
人間の仕業とは思えない程の惨劇の痕がそこにはあった。
アースの目の前は真っ赤に染まり、アースの意識は絶望の渦に呑み込まれた。
「どうして救われない。ただ、静かに暮らしていただけなのに、俺や彼女が一体何をしたというんだ。」
それは世界に対する疑問。この世を作り出した神への言葉。父への疑問。
アースやリリスがここまで残酷な仕打ちを受けるような理由は一体何だというのか。
アースは真っ赤な血に染まりながら、煌々と燃える村の中心で一人佇んでいた。
彼女を殺した者だけではなく、その関係者として村全体を敵とみなしアースはその全てを殺した。
女や子供、老人、生きとし生けるものが全て居なくなるまでアースは剣を振るった。
泣き叫ぶ人々の声をどこか遠くで聞きながら、アースは止まることなく殺戮を続けたのだ。
「あぁ、やっと静かになった。」
村から生ける者が居なくなり、静まりかえった後アースは村に火をつけた。全てを消し去りたい一心で燃え尽きるのを待っている。
そのアースの傍らに強大な力を秘めた何かが舞い降りてきた。
アースは虚ろな瞳でそれを見上げる。大の大人よりも大きく偉大な存在。だが、形を捉えることは出来ない。
「なんだ、神か。」
アースはぽつりと呟いた。そしてゆっくりと周りを見渡して神が何をしに来たのかとその対象を探す。
だが、当然アースによって全て殺され燃やされている今、神が気にかけるような存在は見当たらなかった。
「今更何をしに来たんだ?俺を笑いに来たのか。」
神はただじっと佇んだまま答えない。ただアースの言葉を聞き入っているかのようだ。
「リリスは死んだ。転生したのにまた殺された。」
アースは悔しくて歯噛みする。涙はすでに枯れ果てて変わりに血が流れた。
「なんで助けなかった。彼女は何も悪くないのに。」
アースは恨みのこもった瞳を神へと向けた。教会の関係者が見れば何たる不届き者だと罵っただろう。だが、今のアースにはそんなちっぽけな言葉なんて届かない。
神は巨大な手でアースの頭に手を翳した。翳したというよりも頭を撫でたかったのかもしれない。
「息子と娘を迎えに来た。お前たちの力は強すぎる。星が強すぎて余計なものを呼び込んでしまう。それは人の運命から外れ、災いを招いてしまうだろう。」
神はもう片方の手をゆっくりと開く。そこには砕けたはずのリリスの姿があった。眠っているように丸まっている彼女を見てアースはほっと息をついた。
「帰ろう。俺たちの居場所へ。」
アースは神の手によって導かれ、リリスと共に神の元へと帰っていった。
神は世界を廻す。
勇者も聖剣もない世界で、愛すべき創造物をただ見守っている。
-END-