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繰り返す時

 勇者の仕事は魔女や魔法使いを倒すことだ。


 倒すと言えば聞こえは良いが、実際は血生臭い仕事である。

 なぜそういった存在を倒さなければならないのかというと、魔女や魔法使いは悪魔と契約して力を得ている為である。

 悪魔とは世に混乱をもたらし争いの種を蒔く邪悪な存在で、疫病や戦争はその悪魔が関わっていると昔から考えられていた。

 勇者という存在は世界に一人しかいない。その理由は勇者となれるのが、聖なる剣に選ばれた者だからだ。

 聖剣は一本しか見つかっていない。その聖剣だって初めは洞窟の奥深くに石に突き刺さっていたなんて言われている。

 石から剣を抜いた勇気ある者が勇者と呼ばれたのはかつての事。今では聖剣そのものを教会が管理しており、その剣の反応で勇者を選定している。

 アースもまた、教会によって選ばれた勇者だった。

 淡い栗毛色の髪に優しげな空色の瞳を持つ青年は、教会の指示によって各地を転々としている。

 数年前に事故で頭を強打し、記憶障害を引き起こしたアースは、いつものように命じられた場所へと向かう。

 アースは自分が勇者だと言われてもピンとくるものが無かったものの、こうして続けている理由は失った記憶の手がかりが欲しいと考えているからだ。

 アースが向かった先はとある山村。小さな村で大した特産もなさそうなこの場所は魔女の脅威にさらされているとは思えない程に長閑な空気が流れていた。

 なぜかその光景に既視感を感じたものの、大した収穫はないままにその村のとある一軒の家に足を踏み入れる。

 勇者として数年働いているアースにとっては、もはや慣れ切ってしまった行為。

 命じられた家に向かい、その家にいる魔女を殺す。それはアースにとって単調な作業に等しい行為になっていた。

 魔女は強力な魔法を使う。だからこそ、ドアをノックするような悠長な事はせずに、ならず者のように、ドアを蹴り飛ばして侵入し敵を撃つのだ。

 いつも通りの行動。ただアースの瞳は一瞬揺らいだ。これまで相手にしてきた魔女や魔法使いは総じてそれなりの年齢だったからだ。

 アースの目の前の女性は、アースと年が大して変わらないように見えた。

 黄金色の長い髪に色白の肌、ぷっくりとした瑞々しい唇に紅玉のように真っ赤な瞳、そして肉付きの良い体は男が理想とする妄想を体現したかのようだ。

 思わず見とれてしまいそうになるのを抑え込んで、一気に距離を詰めるとアースは聖なる剣を抜いて魔女の心臓を貫いた。

 こぽりと女の口から赤い鮮血が流れ出る。女はそっとアースの背に手を回すとその耳元で言葉を紡いだ。


「お帰りなさい、アース…。」


 アースが目を丸くしたのは当然の事だ。初めて会ったはずなのになぜ彼女はアースの名を知っているのか。

 魔女の顔など今まで大して気にすることのなかったアースは思わず女の顔をじっと見つめる。

 ずきりと頭に痛みが走り、女ごとアースは倒れ込んだ。

 女の瞳をアースは驚愕の表情で見つめた。怒涛のように流れ込む記憶に握りしめていた聖剣から手を放す。

 手が震える。アースはすでに事切れた女の顔にその手を伸ばした。


「そんな、う…嘘だ。」


 彼女の瞳はもう色を失い、流れ続ける生温かな血液が現実を物語っている。


「お、俺は…どうして。」


 ぽたぽたと流れ落ちる雫はアースの涙だ。


「帰るって約束したのに、こんな形になるなんて嘘だ。」


 アースが殺した魔女は大切な幼馴染で、将来を約束したはずの愛する人だった。


「どうして君だったんだ。なぜ、俺は記憶を失ってしまったんだ。」


 彼女は確かに不思議な力を持っていた。だが、本当に些細な力で小さな怪我を治したり、動物の声を聴くことが出来たりする程度のもので、どう考えても悪い魔女ではない。


「俺が忘れてしまったからなのか?君を迎えに来ると約束したのに。」


 愛していた彼女を自らの手で殺めてしまったアースは血に染まった自分の手を見つめる。

 彼女と過ごした幸せな日々が津波のように押し寄せては消えていく。

 彼女の笑顔が、声が、頭の中で浮かんで誓いあった言葉が繰り返し頭の中に響く。。


「嫌だ…。こんなの許されるはずがない。」


 心が引き裂かれそうになってアースは自らの運命を呪った。

 そして、彼女の体から聖剣を抜き取って、床に横たえると剣を持ち替えて自らの心臓へ突き刺した。


「願わくは、来世でもう一度君と…。」


 血しぶきが舞い、アースの体はゆっくりと傾く。アースの意識はそこで途絶えた。


 ふと気が付くとアースは別の生を歩んでいた。意識が浮上したのは3歳くらいの頃だった。

 初めはまるで前回のやり直しをしているかのように感じたのだが、両親は違うし生まれた場所も別だった。

 そして幼馴染として紹介された少女を見て驚く。彼女だと一目で感じた。姿かたちも良く似ている愛しい人。今度こそは大切にしようと考えて守ろうとした。

 だが、運命は残酷にもアースを再び勇者として祀り上げる。そして、彼女は魔女として討伐対象となってしまう。

 なぜ、どうして…。疑問が沸いてくるのは仕方がない。アースはこの繰り返しを何度も行っているからだ。

 どんな場所で別人になっているはずなのにアースはどう足掻いても勇者として選ばれてしまう。

 決して悪い事をしている訳でも、悪魔と通じている訳でもない彼女はなぜか魔女として扱われてしまう。

 疑問に答えてくれる相手などここには居ない。繰り返しの生を歩んでいることも、幼馴染として出会う少女が同じであるという事も知る者は居ないのだ。

 苦しい決断を何度も迫られてアースは疲れ果ててしまった。どれほど足掻いても結果は変わらない。何をしても最後の結末は勇者である自分が彼女を殺す。

 もう止めてくれと何度も叫んだ。まるで呪いのように記憶を持ち越して繰り返す。

 愛している人をなぜ何度もこの手で殺さなければならないのだ。アースが拒んだところで結果は変わらない。

 邪悪な魔女ではない彼女は、勇者でなくても殺せてしまう。自分が殺さなければ別の誰かによって殺される。それも嫌だ。

 誰かに彼女が殺されるくらいなら自分の手で苦しませずに送ってやりたい。それはアースの歪んだ愛情表現となっていた。

 もう数えきれないくらい転生を繰り返し、死生観さえも狂い始めていた。


 ピキリと聖なる剣に亀裂が入る。


 アースは突然目の前で倒れた彼女を抱き起こした。


「ごめんなさい。立ちくらみしたみたい…。」


 弱々しい声で儚げな笑みを浮かべた彼女にアースは愕然として思わず呟く。


「嘘だろ?また死ぬのか?そんな…早すぎる。」


「え?」


 彼女が目を瞬いたのも当然だ。アースの呟いた言葉の意味が分からないだろうから。

 だが、アースは彼女の言葉に愕然とすることになる。


「まさか、覚えているの?」


「リリス?何をっ…。」


 どんと押し飛ばされてアースは驚いた。リリスは青白い顔でこちらを見ている。


「記憶を引き継ぐなんて事、今までなかったはずなのにどうして今になって。」


 リリスの紅玉の瞳が動揺して揺らぐ。そしてそのまま駆け出して行った。


「待つんだ!リリス。」


 アースは追いかけようとしたが、リリスにまるで追いつくことが出来ずに見失ってしまった。

 勇者として選ばれるほどの自分がリリスに追いつくことが出来ないなどあり得ない事だった。

 その日、リリスはアースの元から姿を消した。村に戻ったアースはリリスの痕跡すら残っていない事に混乱する。

 誰も、彼女の事を覚えているものは居なかった。

 まるで初めから存在しなかったかのような状況にアースはただ、呆然とするしかなかった。

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