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28.魔女の陰謀

「あの女や! 間違いない。どうやったかは分からへんけど、ローズ女王はんの赤さんに、呪いをかけてるに違いない!」


 足早にローズの元に行って進言したイサギに、ローズはその可能性に気付いたようだ。地下牢からイサギの母親を連れて来させる。

 異臭を放って痩せ細り、もう長くないことを感じさせるかつて国を傾けた魔女は、目だけぎらぎらと光らせていた。


「赤さんが死にかけてるんやて。お気の毒やわぁ」

「貴様が仕組んだことか?」

「牢の中のうちに、何ができますやろ。濡れ衣もええとこやわ」


 殺しかねない勢いで問いかけられて、イサギの母親は場違いにきゃらきゃらと笑う。彼女の目を見てはいけないことを、イサギは知っていた。

 魅了の魔術でひとを操る彼女が、牢に食事を届けに来た衛兵を操って、王子に呪いをかけたとしても、何も不思議はない。


「あんさん、過去にも同じようなことしてはるやないか」

「クリスティアンのこと、忘れたとは言わせませんよ」


 詰め寄るイサギとエドヴァルドに、後ろ手に縛られたままで、彼女は細い首を傾げる。


「勘違いやあらしまへんか? うちがしたって証拠でもありますのん?」

「最初の夫を殺し、セイリュウ領の前領主も殺し、前国王も手にかけようとして、私の可愛い妹にドラゴンになる呪いをかけ、セイリュウ領領主に罪を着せ、私を国外に行かせた。そんな女に疑う余地がないとでも思うか?」

「疑いで罪を裁かはるんですの? 大した女王様やなぁ」


 喉を反らして笑う彼女の首の細さと白さに、イサギはぞっとした。折れそうに痩せた細い体で、死にかけながらも、まだ彼女は世界を憎んでいる。


「あんさんのお姉さんを自殺させた男は、次期領主の座を蹴り落されて、領地から追放になってるで」

「は、ははっ! いい気味やわ」

「それで、あんさん、何に復讐するんや?」


 イサギの問いかけに、彼女は動きを止めた。


「殺したいなら、その男を追いかけて行ったらええやないか。なんも関係のない罪のない赤さんを殺そうとしてるあんさんは、その男と同じや。いや、その男以下や。亡くなったお姉さんも、そんな最悪の妹持って、可哀想になぁ」

「何が分かる! セイリュウ領の領主の従弟として愛されて育てられて、男同士の結婚にも後ろ指刺されへんお前に、何が分かるんや!」

「なぁんも分からへん。あんさんの気持ちなんか分かるわけないやろ。分かりたくもないわ。亡くなったお姉さんは赤さんを失って、悲しかったやろなぁ。同じことを、あんさんは、何の関係もないローズ女王はんとリュリュ様にさせようとしてるんやで」

「うちは、違う! 復讐をしてるんや!」

「誰に?」

「うちは……」


 狂った母親の目に、一瞬、正気の色が戻った。視線の先には、睨み殺さん勢いで剣に手をかけているローズと、熱は下がったが予断は許さない状態の赤ん坊を抱いて癒しの歌を歌い続けて泣いているリュリュがいる。


「みんな、死んでしまえばええて……」

「そうやって、赤さんを殺すんか? 自分の命を絶ってしまいたいくらいに悲しんだ、赤さんを亡くしたお姉さんを、知っとるのに」

「……あんさんも、赤さんが死んだら、死んでしまいたいと思うんか?」


 頼りない子どものように震えて問いかけた彼女に、ローズが赤ん坊をリュリュから受け取ってしっかりと抱き締める。


「この子が生きられるならば、私は自分の命と引き換えにしても構わない。母親とはそういうものだろう」

「うちは、イサギもツムギもいらんかった……邪魔やった……うちは……何を間違えてしもたんやろ……」


 ごめんなさい、お姉はん。


 くしゃりと彼女の身体が床の上に崩れ落ちる。這いつくばって泣いている彼女は、もう憎しみに囚われてはいなかった。

 全てを話せと言われて、大人しくぽつぽつと話し始める。


「呪いのかかった魔術具を、作ったんや。残りの魔術を全部込めて」


 髪を編んで作った細い編み紐のような魔術具を、操った衛兵に持たせて、衛兵を媒介に使用人を操り、赤ん坊のベビーベッドの布団の下に仕込ませた。

 情報を得てすぐにベビーベッドが調べられて、布団の下から編まれた黒髪が出て来る。

 焼き払おうとするローズの手から、ジェーンが素早くそれを取り上げた。


「かけられている魔術を解析します。イサギさん、エドヴァルドさん、調合室へ!」


 ジェーンを先頭に調合室に入ったイサギとエドヴァルドは、流行り病に似た症状が出る呪いがかかっていることを突き止めて、さっそく調合を始める。菌による流行り病ではなく、魔術による流行り病なのならば、それを中和する魔術薬が必要だ。

 新生児には強すぎるかもしれない薬に躊躇うイサギに、エドヴァルドが手を握る。


「イサギさんを信じています。お母さんとのこと、立派でした。何が起ころうと、ローズ女王は王子を愛して育てます。イサギさんが責められることになっても、私は決してそばを離れません」

「例え、障害が残っても、死んでしまうよりも、生きている方が親は嬉しいに決まっているじゃない」


 ジェーンにも背を押されて、イサギは調合を終えた魔術薬を注射器に入れて第二王子のところに行った。ユーリを抱いたリュリュと、第二王子を抱いたローズが待っていてくれる。


「この子の名前を決めていたんだ。ラウリ。リュリュが付けてくれた。良い名だろう?」

「ラウリ、お父さんとお母さんが一緒ですからね」


 抱き締められたままで弱弱しく泣くラウリのお尻に、イサギから注射器を受け取ったジェーンが魔術薬を皮下注射していく。熱の残る真っ赤な顔だったラウリは、魔術薬を打ってしばらくすると、元気な声で泣き出した。

 母乳を与えると、ごくごくと今まで飲めなかった分を取り戻すように飲む。


「急に飲ませすぎませんように。吐いてしまいますので。でも、吐いても、少しは吸収しているので、水分補給だけでもできたと思って気落ちせずに、欲しがったら何度も飲ませてください」


 ジェーンの説明に、ローズは胸に吸い付くラウリを愛おし気に見下ろしていた。


「良かった……ありがとうございます、イサギ様」

「そなたには二度も助けられておるな。この礼は必ず」

「礼なんて、とんでもないです。俺は、赤さんが元気やったら、それでええ。それに、俺の母親のせいやし」

「母親ともよく戦った。そなたは立派な勇者だ」


 母乳を飲ませ終わってから改めて礼を言われて、イサギはくすぐったいような、申し訳ないような複雑な気分になる。二年前に王都で空回っていたときとは全く違う、達成感があった。


「イサギさんの薬草を育てる能力がこれで、認められましたね」

「俺のマンドラゴラ、なんか違うんか?」

「何も受け付けなかったラウリさんが飲めたんですよ」


 あれで命を繋いでいなければ、真相に辿り着く前にラウリは死んでいたかもしれない。エドヴァルドに言われて、初めてイサギは自分が薬草を育てる能力に秀でている可能性に行き当たる。


「俺の、栄養剤で、学校のマンドラゴラが脱走したのも……?」

「普通のマンドラゴラは脱走しないし、自分たちから薬剤になろうと覚悟を決めません」

「俺は、凄いんか?」

「凄いですよ」


 王宮やテンロウ領の領主の御屋敷で飼われている特殊なマンドラゴラを育てる能力を持っていると有名なイサギは、本人は全くそんな自覚はなかった。サナの薬草畑で働くように言われて、見てきたマンドラゴラは全てあんな風に個性豊かだったので、マンドラゴラとはそんなものだと信じていたのだ。

 自分でまな板の上に乗って来た蕪マンドラゴラも、イサギが育てたからだと言われれば、誇らしさよりも驚きが勝る。


「エドさんと並んで劣らん男になれてるやろか?」

「女王から感謝される学生ですよ。将来が楽しみです」

「俺は良い男になれてる!?」


 驚いて大きな声を出してしまったイサギの耳に、エドヴァルドがそっと囁く。


「ずっと良い男でしたよ。毎日、更新してますけど」


 真っ赤になって思わず抱き着いたイサギを担いで、エドヴァルドは無事にセイリュウ領に帰ることができた。領主の御屋敷にナホを迎えに行くと、脚に飛び付いてくる。


「おかえりなさい! おうじさまをたすけたって! が、がんばったの。ナホも、がんばったの」

「ナホちゃん、お留守番頑張ったな」

「ただいま帰りましたよ」


 大きな青い目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。


「おとうさんと、おかあさんみたいに、かえってこなかったらどうしようって、こわかった……カナエちゃんはだいじょうぶだって、なぐさめてくれたの。レンさんもサナさんも、すぐにかえってくるって……かえってきてくれて、よかった」


 わぁわぁと声を上げて泣くナホを、エドヴァルドとイサギで抱き締める。

 ほんの一日でもナホは過去のことを思い出して不安になってしまったようだ。それを受け止められるのもまた、エドヴァルドとイサギしかいない。


「王子様が無事で良かった……エドさん、イサギくん、お疲れ様」

「色々あったわけやけど……」

「もう、あの女も妙なこと考えへんやろ。ようやった、イサギ」

「サナちゃんに、褒められた!?」


 ことの顛末を報告すれば、サナが珍しくイサギを褒めて、何事かとイサギは挙動不審になってしまった。

 その日から、イサギの評価は本人の与り知らぬところで高くなっていて、王都からスカウトも来るのだが、それら全てをサナとエドヴァルドがイサギに行く前にシャットダウンしているのを、イサギが知ることはなかった。

 王子の一大事も落ち着いて、イサギとエドヴァルドとナホはまた、セイリュウ領で平和な暮らしを取り戻した。

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