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25.雪の夜のマンドラゴラの群れ

 セイリュウ領は1月と2月に寒い日が続く。

 滅多に雪は降らないのだが、イサギが眠っている間に雪が降り積もっていたようだ。夜更けに部屋のドアをノックする音に、イサギは目を覚ました。7歳まで暗殺技術を叩き込まれた体は、夜の小さな物音でも目を覚ましてしまうので、養父はイサギの部屋を片側の一番隅の静かな場所に、ツムギの部屋をもう片側の一番隅の日当たりのいい部屋にしてくれていた。

 そんな心遣いも、養父が去って、エドヴァルドと暮らし始めてから気付いたこと。眠りの浅いイサギのために、エドヴァルドも夜中に訪ねてくるようなことは珍しい。


「エドさん、何かあったんか?」


 警戒しつつ、いざとなったらエドヴァルドを守れるようにと胡蝶刀を手にしたイサギに、エドヴァルドが手招きする。


「玄関の外から、妙な声が聞こえるのです。危ないかもしれないので、イサギさんと一緒に行動しようと思いまして」

「頼りにしてくれたんやな。よし、見に行こ」


 誕生日に話をしてから、エドヴァルドは臆病なイサギを頼ってくれるようになった。それが嬉しくて、手を繋いで玄関に向かうが、怖いものは怖いので、繋いだ手が汗で湿って、震えているのは仕方がない。

 玄関のドアに耳を付けて物音を聞けば、「ぎゃぎゃ!」「ぎょええ!」という聞きなれた鳴き声と、幼い子どもの嗚咽のようなものが聞こえた。足元に眠そうにすり寄って来たタマとポチとぴーちゃんが、首を傾げる。


「マンドラゴラの声に似てる気がするんやけど……」

「小さい子どもの泣き声もしますね」


 鍵は開けたがチェーンはかけたままでそっと外を覗くと、薄っすらと積もった雪の中で、マンドラゴラたちが群れを成して何かを持ち上げている。それが幼い女の子だと、魔術で灯したランプの光で気付いたイサギは、チェーンを外してドアを開けていた。


「ふぇ……ひっく……こわ、い……」


 歯の根も噛み合わないほどに震えているその子はカナエと同じか少し小さいくらいで、マンドラゴラの群れに担がれて怖くてお漏らしをしてしまったのだろう。履いている汚れたパンツが凍っている。


「あかん、風邪を引いてまう」

「すぐにお風呂の準備をしますね」

「よう連れてきたな。あんさんらは、帰り」


 身振り手振りで、何かを伝えようとするマンドラゴラたちからその子を受け取って、イサギが抱っこすると、集団でネットから脱走して領主の御屋敷の薬草畑からイサギの家までの道のりを歩いてきたマンドラゴラの群れは、大人しく戻って行った。確かに、あれに囲まれて、担がれたら怖いに決まっている。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「な、ナホ……」

「ナホちゃんは、なんでマンドラゴラに掴まってしもたんや?」


 服を脱がせていくと、ナホが酷く痩せているのが分かる。温かいお湯で身体を流して、着替えがなかったのでイサギの服をとりあえず着せておくと、ぽつぽつとナホは語り出した。


「おとうさんと、おかあさん、しんじゃって……こわいおじさんのこになったの……こわいおじさんが、たかいものをぬすんでこないと、ごはんはたべさせないっていって……」


 ほろほろと青い目から涙が零れる。黒髪に青い目のナホは、まだ3歳だという。

 両親が死んだ後に引き取られた先が窃盗団で、領主の御屋敷に盗みに入るように言われたナホ。最初は幼さを利用して、迷子になったふりで入り込もうとしたが、うまくいかなくて、庭から入り込んだ先で、マンドラゴラに出会ったのだ。


「かぶマンドラゴラは、たかくうれるから、みつけたら、ぜったいもってかえれっていわれてたけど、おもくて、ひっぱったら、みんなでてきて、こわくなったの」

「蕪マンドラゴラ、今人気みたいですからね」

「もしかして、領主の御屋敷の結界をすり抜けて来たんか?」


 領主の御屋敷には、緻密な結界が張られていて、許可をもらったもの以外入ることができない。自分のしたことの意味が分かっていないナホは、イサギのシャツが肩からずり落ちそうになりながらも首を傾げているが、イサギとエドヴァルドはナホの才能に気付いていた。

 サナの張った緻密な結界を抜けて来られるほどの魔術の才能を持った子ども。窃盗団がそれを搾取しているなんて許されることではない。


「それは、凄い才能ですね。ナホさん、その、『おじさん』の居場所が分かりますか?」


 穏やかなエドヴァルドの問いかけに、ナホはこくりと頷いた。それから、『おじさん』のことを思い出したのか、青ざめる。


「かえらないと! ごはんがたべさせてもらえない! たたかれる!」


 早く蕪マンドラゴラを持って帰らないと怒られると泣いてしまったナホの肩からずり落ちたシャツを正して、エドヴァルドが膝の上に抱き上げる。


「私とイサギさんは、婚約していて、そのうち結婚します」

「おにいさんと、おにいさんが?」

「そうです。二人お父さんがいるのは嫌ではないですか? 私たちの子どもになりませんか?」

「俺もエドさんも、ナホちゃんを叩いたりせぇへん。ご飯かて、エドさんの美味しいご飯が毎日お腹いっぱい食べられるし、あったかいお布団で寝られるで」

「たたかない? ごはんもたべられる? おようふくもきがえさせてくれる?」

「可愛いのを買いに行きましょうね」


 エドヴァルドとイサギの言葉に、ナホの心は動いたようだった。暖かなミルクとパンを食べさせると、安心したのかソファで眠ってしまうナホのそばにいるままで、エドヴァルドとイサギは緊急の通信でサナにナホから聞いた窃盗団のアジトを伝えて、カナエの小さくなった服を送ってもらって、眠っているナホに着せた。

 エドヴァルドが抱っこして寝室に連れて行ってその日は一緒に眠って、翌朝からナホはサナの御屋敷にエドヴァルドとイサギと出かけて行った。


「ナホちゃんていうんやな。ナホちゃんのいう『おじさん』はこのひとで間違いないか?」

「ナホ! 裏切ったのか! 殺してやる!」

「やぁー! こわい! おとうさん!」

「大丈夫やで、ナホちゃんに手を出す奴は、お父ちゃんがやっつけたる」

「このひと! このひとです!」


 泣きながらイサギに抱き付いたナホの証言によって、窃盗団は捕えられた。サナの立会いのもとに、ナホの身柄が特定される。両親が亡くなった後に、子どもを攫うようにして連れ去ったのがこの窃盗団で、同じような境遇の子どもたちがたくさんいた。

 特にナホは魔術の才能が高かったので、幼いながらに結界を潜らせて、便利に使われていたようだった。


「もう二度と、ひとのもんを盗んだらあきまへんえ。エドヴァルドはんが教育するんやったら、大丈夫やろうし、3歳の子に罪は問えんわ。幸せになり」

「ありがとう、サナちゃん」

「これ、カナエちゃんのお譲りだけど、しばらくの間の着替えにはなると思うから。自分の好みの服は、エドさんとイサギくんに買ってもらいね。いいお父さんができて良かったね」

「カナエのことは、おねえちゃんとおもっていいのですよ? こっちが、カナエのこんやくしゃのレオくんです」


 強制されていたとはいえ盗みを働いていたので、委縮してイサギの足元から出て来ないナホに、しゃがんだレンが着替えを渡して、カナエが挨拶をする。


「だれも、ナホをおこってないの?」

「殴られたり、盗みを働かされたりして、怖かったでしょう。もう大丈夫ですからね」

「こわかった……こわかったの」

「俺らがおるからな」


 ぼろぼろと涙を流してイサギの脚にしがみ付くナホの髪を、イサギは優しく撫でた。

 もらったカナエのお譲りの服は、どれも綺麗にアイロンがかけられて、状態も良いものばかりだった。たくさんの服に目を丸くしているナホに、エドヴァルドが提案する。


「下着などはありませんし、朝の畑の見回りが終わったら、買いに行きましょうね」

「カナエちゃんと待ってるか?」

「はたけ、みてみてもいい?」

「ええよ」

「どうぞ、いらっしゃい」


 手を繋いで畑を見回っていると、ネットの中に律義に戻っているマンドラゴラたちが、ナホを見つけて一斉に手を振る。驚いた様子だが、ナホも降り返すと、「ぎゃー!」「ぎょえ!」「ぎゃぎゃ!」とマンドラゴラから歓声が上がった。


「こわかったけど、ナホがないてたから、おとうさんのおうちにつれていってくれたのね」

「助けたつもりでおるんやろなぁ」

「ナホさんは、イサギさんと同じで、マンドラゴラに好かれる体質のようですね」

「おとうさんとおなじ? おとうさんのあとつぎに、なれる?」


 イサギとエドヴァルドがお屋敷で働いているような身分だということは、幼いながらに分かるのだろう。跡継ぎを求めて養子にされたのかと問いかけられた気がして、イサギはエドヴァルドの顔を見た。

 二人でナホと視線を合わせて、説明する。


「ナホさんが大きくなって、イサギさんや私と同じ仕事をしたいと思ったら、それを選んでも構いません。でも、そうするためにナホさんを子どもにしたいと言ったのではないのですよ」

「俺らは愛し合ってても、男同士やから、子どもはできへん。ナホちゃんみたいな可愛い子がお家におってくれて、一緒に暮らしてくれたら、楽しいやろなって、思うただけなんや。家族になりたくて引き取ったけど、後継者にしたいわけやない」

「よくわからない……むずかしい……けど、おとうさんたちは、ナホがかわいくて、だいすきだから、こどもにしてくれるのね?」

「正解や」


 何かを強制したいわけでも、敷かれたレールの上を歩いて欲しいわけでもなく、ただ家族として、両親を亡くしたナホが健全に育てるように助けたい。そうすることで、エドヴァルドとイサギの絆も強くなる。


「サナちゃんとレンさんみたいな家族に憧れてたから、ナホちゃんが来てくれて嬉しいんや」

「ご縁があったんですよ」


 蕪マンドラゴラを抱っこして練習した日もあったが、イサギとエドヴァルドの元に転がり込んできたのは、3歳の魔術師の才能のある黒髪に青い目の女の子だった。

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