19.内緒のオクラ
夏休みも終わりに差し掛かった頃に、仕事から先に帰って、イサギは庭の隅にこっそりと植えていた植物に手をかけた。領主の御屋敷の庭で育てているものは全て、所有権が領主のサナにあるので、イサギは自分の思うように売り買いはできない。黙って持ち出せば、魔王で暴君のサナから三階から投げ出されかねない。
お金が欲しいと思ったのは、エドヴァルドがサナに呪いをかけられていると勘違いして、サナを懐柔しようと企んだときくらいで、イサギは領主の御屋敷の薬草畑で働いて稼いだ給金と、養父が残してくれた家のおかげで、暮らしに困ったことはなかった。
もっと稼がなければならないと考え始めたのは、エドヴァルドの実家にご両親にご挨拶に行ってからのこと。立派な屋敷で育ったエドヴァルドは、何不自由なく暮らしてきたが、ここの暮らしが気に入っていると言ってくれているのは信じている。けれど、イサギはイサギなりにエドヴァルドに良いところが見せたいし、エドヴァルドのご両親が自分を認めてくれたからこそ、エドヴァルドを幸せにできるところを見て欲しいと願っていた。
王都でローズとリュリュの結婚式、セイリュウ領ではサナとレンの結婚式を見てきたが、そこまでではないが、テンロウ領の領主夫妻と、従姉であるセイリュウ領の領主のサナ夫婦も呼ばなければいけない。双子なのでその頃にはツムギも18歳になっているので、ダリアと結婚しているかもしれない。そうなれば、一国の女王も呼ばないわけにはいかなくなる。
盛大な結婚式を挙げるような貯蓄が、イサギにはなかった。
蕪マンドラゴラをサナに持っていくと、母乳が良く出ると喜ばれたことや、テンロウ領でも蕪マンドラゴラは可愛がられていること、それに、王都では王宮で人参マンドラゴラが高貴な身分のような扱いを受けていることから、特別な野菜を育てれば高く売れるのではないかと考えたのだが。
「待ってぇ! どこに行くんや!? そんなに跳ねたらあかーん!」
収穫してキッチンに持って行ったはいいが、オクラマンドラゴラは跳ねるし、粘る。味を見てみようと今日の晩ご飯のお味噌汁とお酢の物にしようとしているのに、まな板の上はダンスの舞台のようになっていた。
新鮮な海老のように跳ねて、華麗に包丁を避けるオクラマンドラゴラ。包丁で切り付けても、ねとりと粘って、ぬるぬると逃げられる。
「お味噌汁にするんや! お酢の物にも!」
追いかけ続けて、包丁を振り回して小一時間、イサギはへとへとになってキッチンの床に座り込んでしまった。ポチとタマとぴーちゃんをつれて帰って来たエドヴァルドが、何事かと駆け寄る。
「イサギさん、大丈夫ですか? まず、これを飲んで」
「ふぇぇ、エドさん、帰ってきてしもた……帰ってくる頃には、びぇ……美味しい晩御飯ができてるはずやったのに」
涙ながらに、まな板の上であざ笑うように踊るオクラマンドラゴラを睨み付けるイサギの口に、エドヴァルドが水筒を添えてくれる。中の冷たいお茶を飲んでようやく、イサギは汗びっしょりで喉が渇いていることに気付いた。
冬に冷えていることにも気付いてくれるエドヴァルドは、自分のことを疎かにしそうになるイサギを、優しく受け止めてくれる。ほとほとと涙を流して、まな板の上で元気に跳ねるオクラマンドラゴラを指させば、エドヴァルドは丁寧にイサギの手から包丁を外させた。
まな板の横に包丁を置いて、オクラマンドラゴラを観察するエドヴァルド。
「随分と活きが良いのが育ちましたね。青々として、実も太くて、凄く食べ甲斐がありそうです」
「こっそり、庭の隅で育ててたんや。お屋敷の畑のは、俺が勝手に売ったらサナちゃんに殺されてまうし、エドさんとの結婚資金の足しにしたくて……」
しゃくりあげながら、オクラに負けたと情けなく白状したイサギに、エドヴァルドは塩の瓶を手に取って、ぱらぱらとオクラマンドラゴラの上にかけて行った。塩をかけられて、元気を失ったオクラマンドラゴラを捕まえて、まな板の上で転がすようにして塩もみにしていく。
「オクラはこうすると調理しやすいんですよ」
「塩か! そうや、植物の大敵は塩や! エドさん、さすがや!」
「産毛が口当たりが悪いので、塩もみをしてさっと熱湯で茹でると、食べやすくなります」
「びょげー!?」と小さく悲鳴を上げるオクラマンドラゴラは、熱湯で茹でられるとすっかりと大人しくなった。受け取ったオクラマンドラゴラを洗ったまな板で薄切りにして、半分はお味噌汁に、半分はお酢の物にしたイサギは、もう泣いていなかった。
「俺の育てたオクラ、食べてくれるか?」
「喜んでいただきます」
焼いていた魚はオクラマンドラゴラと格闘している間に少し焦げてパサついていたが、それもエドヴァルドが大根マンドラゴラを擦って出汁醤油をかけて食べると気にならなくなる。
オクラは口の中で種がぷちぷちと飛び跳ねるように弾け、粘り気もしっかりして、新鮮で美味しかった。
「疲れが吹き飛びますね」
「暑くて頭がぼーっとしてたのが元気になったわ」
「これは、売れますよ」
試食してもらって、太鼓判を押してもらって安堵したのは良いのだが、どこで売ればいいのかも、イサギにはよく分からない。お屋敷の薬草は全て保管庫で管理されているので、イサギは個人的な商売をしたことが一度もなかった。
ここまで頼ってしまっているのだから、情けないとは分かっているが、エドヴァルドに良いところを見せるのは諦めて、素直に相談する。
「これを売って、結婚資金の足しにしたくて育てたんや。俺とエドさんの結婚式、エドさんのご両親にも、ツムギが結婚したらダリア女王はんにも、サナちゃんとレンさんにも、お父ちゃんと奥さんにも、来てもらわなあかんやろ?」
「テンロウ領の領主とセイリュウ領の領主とダリア女王とモウコ領の次期領主夫妻をお招きするのに、こじんまりとした式ではいけないかもしれませんね。私はイサギさんと結婚出来れば、式などどうでもいいのですが」
「大事なひとにお祝いして欲しいんや」
「イサギさんが、真面目に考えてくれていること、私はとても嬉しく思います。私にも、一緒に考えさせてもらえますか?」
晩ご飯の片づけをして、風呂に入ってから、団扇で涼を取りながら二人で話し合う。相談するならば良い相手がいると、クリスティアンの名を挙げたのは、エドヴァルドだった。
「魔術でクリスティアンと通信してみましょう」
テンロウ領の家族はお互いに通信できる魔術具を持っている。クリスティアンの魔術具と通信すると、返事はすぐに帰って来た。
『兄さん? クリスティアンだけど、何かあったの?』
「イサギさんと私の相談に乗ってくれる適役があなたではないかと思ったのですよ」
手早く結婚資金を稼ぎたいことを説明すると、クリスティアンの答えは明快だった。
『イサギの育てたマンドラゴラは、貴族のマンドラゴラ品評会で、絶対にいい値がつくよ』
「マンドラゴラ品評会? そんなんがあるんか!?」
『ローズが人参マンドラゴラを可愛がって、王宮を自由に歩かせているから、貴族の間では、マンドラゴラを愛でるのが高尚な趣味となっているのさ。いわゆる、流行りだね。うちの母さんが蕪マンドラゴラを可愛がり始めたというのも噂になってて、テンロウ領からも品評会には買い付けにくるよ』
毎月一回ある品評会では、自分のマンドラゴラの成長を見せて讃え合ったり、マンドラゴラを求めているものにブリーダーが品評会で良い成績を取ったものを高値で売っていたりするらしい。
「オクラマンドラゴラだけでええやろか?」
『オクラとは珍しいね。人気は蕪と人参みたいだけど』
「蕪と人参ですか」
ローズの飼っている人参マンドラゴラと、テンロウ領領主夫妻が飼っている蕪マンドラゴラは、非常に人気が高いと言われている。オクラマンドラゴラは確かに珍しいが、それだけでは足りないかもしれない。
「オクラマンドラゴラは残り何匹いますか?」
「5匹実っとる」
「それでは、明日、私に任せてください」
「お、おう、頼りにしとる」
任せろと言ってくれるエドヴァルドにときめいてしまうイサギだった。
オクラマンドラゴラを華麗に捌いて行ったのだって、かっこよすぎる。
残り二年あるが、結婚資金を貯めるには短いくらいの期間だった。あのかっこよくて頼りになるひとと堂々と結婚できる自分になりたい。
布団の中でエドヴァルドの雄姿を思い出して、イサギはなかなか冷めない体の熱に、暑さで熱中症にでもなってしまったのかと勘違いしてしまう。
性的なことについて、イサギはあまりにも初心だった。
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