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15.夏の前に

 手袋は付けていても、薬草や薬液を扱うので、イサギもエドヴァルドも頻繁に手を洗う。特に料理も好きなエドヴァルドの手に、イサギはヨータに貰った香油を塗り込むのが、毎晩のお風呂の後の日課になった。

 大きくて肉厚な手は、暖かく、イサギが大好きな場所だった。


「エドさんのお手手、すべすべやなぁ。もちもちやし」

「イサギさんが丁寧にケアしてくれるおかげですよ」

「爪の形も綺麗やなぁ」

「仕事柄、ちょっと深爪ですけどね」


 じっくりとエドヴァルドと触れ合う時間が毎日あるというのも、イサギにとっては嬉しいことだった。いい香りもして、肌もすべすべになる香油を、イサギは気に入っていた。


「ヨータ、あの香油、どこで買ったんや?」


 残り少なくなってきた香油が、どこに売っていたのか、学校でヨータに問いかけたのはそういう理由だったのだが、反応したのはマユリとジュドーだった。


「あの香油、そんなに良かったんか? あれは……」

「ヨータ! 余計なこと言わん方がよかよ?」

「良い香りのハンドクリームが売ってる店があるんだけど、教えましょうか?」

「香油は……」

「ハンドクリームとしてだけ使ってるんだったら、専用のが良いと思うわよ。爪のケアもできるし」


 確かに季節も良くなったので香油程度で足りていたが、冬になれば手荒れはもっと酷くなる。専用のハンドクリームの売っている場所を教えてもらった方が良いかもしれないと、イサギは納得して、マユリに店を教えてもらった。

 何かモゴモゴと言いかけたヨータの言葉は、遮られてしまう。

 教えてもらった店の場所をメモして、エドヴァルドの元に持っていくのに、マユリは何故かついてきてくれる。


「香油がもう少ないから、ハンドクリームを買いに行かへん? ヨータに香油を売ってた店を聞こうと思うたんやけど、マユリが専用のハンドクリームの方がええんやないかって」

「そうですね。香油は髪にも使えるようですが、私はこの通りですし」

「あ! そうか! それで、ヨータは言いにくそうにしてたんか」


 髪の艶を出すためにも香油は使えるようだが、エドヴァルドは頭髪を剃っているので、使う必要がない。それを気にしていたのかと勘違いするイサギの横で、そっとマユリは、エドヴァルドに告げる。


「ヨータは多分、如何わしい店で……」

「イサギさんの耳に入らないようにお願いします。ヨータさんのことは」

「任せてください」


 二人の話がまとまると、エドヴァルドはマユリにお礼を言ってお屋敷の門まで送って行った。そのまま、ハンドクリームを買いに街に出る。日差しが強いので、帽子を被っていると気にならないが、エドヴァルドは結婚を断るためにその整った容姿に気付かれないように髪を剃っていたのだろうが、婚約した今は、どうなのだろう。


「エドさん、髪、伸ばさへんの?」

「伸ばした方が良いですか?」

「どうやろ……初めて会ったときからその頭やから、そっちの方が好きかも」

「伸ばしても良いんですが……うちの父、私と似てて、髪が薄いんですよね」


 弟のクリスティアンは母に似ているが、父に似ているエドヴァルドは、そのうちになくなるのならばいっそこのまま通した方が良いのではないかと思っているようだった。初めて会ったときからイサギにとっては、エドヴァルドは頭髪に関係なく美しく整った容姿だと感じていたし、そのままで愛しい存在だった。


「俺はエドさんの全部が好きやで」

「全部……見せてない部分があるかもしれませんよ?」

「新しい面も、きっと惚れ直すだけや」


 話しながら店でシトラスの香りのするハンドクリームを買った。なくなればまたここに買いに来れば良いと分かると、安心感があった。

 生きることに積極的でなかったイサギは、こんな店があることも知らなかった。手をケアすることも考えつかなかった。友達はたくさんのことを教えてくれるし、エドヴァルドはイサギの世界を広げてくれる。


「エドさんとおると、俺の生活が豊かになる」

「私もイサギさんといると、新発見ばかりですよ」

「海に、行こうな」


 店に並ぶ日傘を手にとって、男性用の大きなもので、夜空の柄のものを選んで、イサギは買った。手渡すと、エドヴァルドは店の外で広げてさして見せた。


「これは、私に?」

「海は日差しが強いから、持ってた方がええんやないかと」

「似合わなくないですか?」

「めっちゃ素敵や。エドさんのお肌は白いから、火傷みたいになってしまうで。日焼けも火傷やからな」

「お気遣いが嬉しいです」


 恥ずかしげに日傘をさすエドヴァルドが、水着を着ているところを想像して、イサギは鼻血が出そうになってしまった。豊かに盛り上がる胸筋も、割れた腹筋も、水着で隠された大臀筋の発達した丸いお尻も、筋肉に覆われた太ももも、考えるだけで逆上せてしまいそうになる。


「み、水着は持ってはる?」

「持ってないですね。イサギさんはどのような水着を着てたんですか?」

「お父ちゃんが買ってくれたし、幼年学校出てから着てないからもう小さいかもしれへんな」


 急がなければいけない仕事はなかったので、せっかく街に出る出てきたので、イサギとエドヴァルドは衣服を売っている店で水着を買おうとしたが、エドヴァルドは体格が良いので、サイズがなかった。

 デザインだけ選んで、特注で作ってもらうことにしたエドヴァルドに、チラチラと気になってイサギは決めたデザインを覗こうとしたが、悪戯に微笑んで、エドヴァルドは見せてくれなかった。

 水着にも色んなデザインがあるので、丈が長いものか、短めか、ブーメラン型か、気になって気になって仕方がない。こういうところは、イサギも健全な16歳の男の子だった。


「海に行くまで内緒です」

「楽しみなような、待ちきれへんような」

「二人きりで、行きましょうね」


 年越しは家族で過ごしたが、海には二人きりで行こうと誘ってくれるエドヴァルドに、イサギは水に濡れても構わない日除けのパーカーを選びながら、胸をときめかせていた。


「デートみたいや!」

「デートですよ」

「ぴゃー!」


 二人きりで海に行くのを想像して、口から溢れ出た言葉を肯定されて、イサギはエドヴァルドの手を握り締めた。嬉しさのあまり叫んで飛び跳ねてしまってから、イサギは真面目な顔になって、エドヴァルドに向き直る。


「夏休みには、テンロウ領にも、連れて行ってや。エドさんがお父ちゃんに会ってくれたように、俺もエドさんのご両親に挨拶したい」

「分かりました、クリスティアンにも声をかけましょうね」


 エドヴァルドの両親と会うときには、クリスティアンが同席してくれるのは心強い。

 楽しみなデートの前には、乗り越えなければいけないご挨拶が待っていた。


「エドさんのご実家にご挨拶に行くんやけど、手土産とか、何がええんやろ……」


 相談ついでに、まだ生まれてから日が浅いので外には出さないレオの顔を見に行ったイサギとエドヴァルドを、レンとサナとカナエは歓迎してくれた。

 毎日たっぷり母乳を飲んでいるレオは、生まれたすぐのしわしわな状態から、少しずつムチムチと肉が付いて育ってきていた。


「日に日にレンさんに似てきて、可愛いんやで」

「男の子だから、サナさんに似なかったんやろうか。次は女の子がよかね」

「カナエがおんなのこ、レオくんがおとこのこ、つぎのいもうとちゃんがおんなのこ、じゅんばんですね」

「そんな産み分けできるわけないけどな」


 笑い合うサナとレンとカナエ、それにベビーベッドにいるレオも、仲睦まじい家族に見える。暖かな家庭を持ちたいと願っていたサナの夢は叶ったようだ。

 手土産に関しては、サナはあまり興味なさそうに答える。


「マンドラゴラ幾つか持って行ったらええんちゃう、知らんけど」

「イサギさんの仕事が分かるし、よく育ったマンドラゴラは希少ですし、良いですね」

「俺の育てたマンドラゴラでええんやろか。てか、お屋敷のマンドラゴラを持って行ってええんか?」

「好きにし。蕪マンドラゴラは、また持ってきてや。あれ食べると、お乳の出が良くて、レオくんの機嫌が良くなるんや」


 役に立っているという実感と、実力を認められた喜びはあったが、サナがそこまでしてくれるのがなんとなく怖くて、震えてしまったイサギ。エドヴァルドは深くサナに感謝して、お礼を言っていた。

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