12.イサギとツムギの誕生日
誕生日の当日も魔術学校には行かなければいけないが、エドヴァルドは仕事を休んで養父夫婦を迎える準備をしてくれていたし、ツムギもそれを手伝っていた。魔術学校が終わってからの仕事はイサギも休みにしていたので、授業が終わったら真っすぐに家に帰れる。
そわそわと落ち着かずに午前中の授業を受けて、昼ご飯を食べに中庭に行くと、マユリとヨータとジュドーが先に来て待っていてくれた。
「今日誕生日なんやろ。これ、誕生日お祝いや」
「俺からもあるっちゃん」
「私からもよ」
小瓶に入ったとろりとした蜂蜜色の液体をヨータから渡されて、それが何か分からずに首を傾げていると、ジュドーからは皮ひもだけのシンプルなネックレスを渡された。
「婚約指輪作ったって言ってたけん、薬草扱うときははずすやろうし、これ、使って」
「これに通して首にかけてたらええんやな。ありがとう、ジュドーさん」
「何が良いか分からなかったから、お揃いのものが良いかと思って」
綺麗に包まれたマユリのプレゼントを開けると、お揃いのマグカップが箱の中に入っていた。青い花模様で、とても繊細な作りだ。
「そういえば、俺のマグカップ欠けてたわ。嬉しい」
「そう? 良かった。エドさん、テンロウ領から来たから、自分用の食器は持ってないかもしれないと思ったのよ」
言われて初めて、エドヴァルドは家にある食器を適当に使っているが、イサギの欠けたマグカップのように、自分用のものは持っていないことに気付く。
「結婚までに、そういうのも揃えなあかんかったわ。ほんま、マユリはよう気ぃ付くな。気付かせてくれてありがとう」
お礼を言ってから、ようやくイサギはずっとにやにやとしているヨータの方を見る。皮ひもとそれを繋ぐ金具だけのシンプルなネックレスの用途はジュドーが説明してくれたし、マユリはペアのマグカップと分かりやすい。小瓶に入ったヨータの贈り物だけがよく分からなかった。
「これ、なんや?」
「香油や。水仕事したりすると、手が荒れるやろ? 肌に保湿用に使ってもええし……アレに使っても……」
「アレ?」
「ほらぁ、アレや、アレ! 大丈夫、エドさんは初心なイサギにぜぇんぶ教えてくれるて」
「ヨータ! ハンドクリームとかボディクリームだと思って使えばいいわよ」
「ムードあるええ香りがするんやでー!」
「ヨータ……余計なお世話って言葉、知らんとね?」
なぜかマユリはヨータを引っぱたき、ジュドーがイサギから引き離す。瓶の中身は良い香りのする油で、ハンドクリームやボディクリーム代わりに使えるのならば、薬草栽培や調合や家事で手が荒れるエドヴァルドと一緒に使えばいい。
「よぉ分からへんけど、ええもんなんやな。大事に使うわ」
友達が誕生日を覚えていてくれて祝ってくれるなど考えもしていなかったので、イサギは受け取ってお礼を言ってから、深々と頭を下げた。
「俺、ジュドーさんとマユリとヨータの誕生日なんて、知らへん……ごめんな、祝いもせんかった」
「これから覚えればよかよ」
「気にせんで。今日はいっぱい祝ってもらうんやろ?」
「ツムギ先輩にもよろしくお伝えください」
友達にまで誕生日を祝ってもらって、イサギも次の誕生日はマユリもヨータもジュドーもお祝いしようと心に決めていた。
授業を終えて家に帰ると、もう養父たちは着いていた。ソファで赤い髪に赤い目の若い女性が座っていて、キッチンではエドヴァルドと養父の声がする。
「お帰りなさい」
「た、ただいま、です……えぇと?」
「イサギ、お帰りー! お父さんの奥さんのシュイさんよ」
「シュイっていうの。異母兄が、あなたのお母さんのお姉さんに大変失礼なことをしてしまって……」
次期モウコ領領主として、年はサナよりも若いようだが、シュイも領地の政策に携わっている。そのために、極秘であるイサギとツムギの母親のことを、知っているようだった。
「あの魔女の顔を知っていながら、自分の保身のために何も言えなかった臆病な父はできうる限り早急に領主の座を降りてもらうし、異母兄に関しては、領地から蹴り出したから、安心して!」
「シュイちゃんは強いんだよ。イサギ、ツムギ、大きくなったね」
キッチンから出てきた黒髪でサナと雰囲気の似た養父は、初めて会ったときから年齢が変わっていないように見える。中性的な美しく整った容貌も、イサギは気にしていなかったが、改めて見ると、サナに似た妖艶さがあった。
「お父ちゃん……」
「良かった。そう呼んでもらえるようになったんだね」
「俺、あんなに大事に育ててもらってたのに、何も見ようとしてなかった」
「大変だったもんね。小さい子にとっては世界の全てみたいなお母さんに、優しくされなくて」
「エドさんと過ごして、お父ちゃんが俺をどれだけ愛情かけてくれてたか思い知ったわ」
「そんな良いひとと婚約できて、イサギは幸せ者だ。イサギが幸せになるのが、僕にとっても幸せだよ」
向き合えば涙が出てきそうで、イサギは俯いた。つんと鼻の奥が痛くなって、目が熱くなる。
「ミハルさんは、わたしが幸せにするね! 約束する」
「よろしくお願いします、シュイさん」
小さな頃にモウコ領に視察に来た養父に惚れて、ずっと想い続けてきたシュイは、イサギとツムギが幼年学校を出るまでは待たされたが、その後に結婚して、赤ん坊も生まれている。
まだ小さいので赤ん坊は乳母に預けてきたが、モウコ領を訪ねて来るときにはぜひ会って欲しいと言われて、イサギもツムギも「喜んで」と答えた。
「炊き込みご飯ができましたよー」
炊き込みご飯と鶏肉のつみれ汁、ミートローフの醤油マスタードソースとスナップエンドウの胡麻和えの晩御飯に、シュイと養父が作ってきてくれたケーキが並ぶ。
食事の前に、ツムギと養父とシュイに見届けてもらって、イサギとエドヴァルドは指輪の交換をした。これからはずっと指輪を着けているし、外さなければいけないときにはジュドーのくれた皮ひもで胸に下げればいい。
「素敵ね。私もいつかダリア様と……そう、お父さん、私、ダリア様とお付き合いしてるの」
「それは初耳だ。幸せなんだね」
「とても」
嬉しい報告ができて、ツムギも照れ臭そうだった。
食事の後で、ケーキを切ってお茶を淹れると、エドヴァルドと養父が話しているのが、イサギには聞こえた。
「イサギとは、どこまでいったの?」
「18歳になるまでは、節度を守ったお付き合いをするつもりです」
「可愛いよね、年下で一生懸命自分のことを追い駆けてくれる子」
「……私は、女性を愛せないので、イサギさんが私を選んでくれて、私もイサギさんを愛せてとても幸せです」
「予言してあげるよ。今が幸せだと思ってるけど、それは間違い。結婚したら、本当に幸せってこんなに素晴らしいものなんだって、改めて思うから」
そう言えるだけ養父も幸せなのだと感じて心が温かくなるが、それにしても、こんなにあけすけなひとだっただろうかとイサギは熱くなった頬を押さえる。さすがに二人の関係がどこまでいっているかなど、控えめなエドヴァルドは話さないが、養父は興味津々で目を輝かせている。
「そういえば、ジュドーだけやなくて、マユリとヨータにもプレゼントもらったんやった」
せっかくお茶が入ったので使って欲しいとマグカップを取り出したイサギが、ついでに置いておいた香油を養父は手に取っていた。にこりと微笑む顔に、イサギもつられて微笑むが、エドヴァルドはそっと目をそらしている。
「エドさんとお揃いのマグカップやで。これで、お茶、飲もうな」
「マユリさんとジュドーさんには今度、お礼をしなければいけませんね。それで、これはヨータさんから?」
「香油っていうんやて。ハンドクリームとかボディクリームみたいに使ったらええって言われたんや」
「そうですか……」
「色んな使い方があるよね」
含みのある養父の言葉の意味が、イサギには全く分からない。
分からないままでいいと目線でエドヴァルドが言って来るので、気にしないことにした。
「イサギには本当にいいお友達ができたんだね」
「……若干、おませさんがいるようですけどね」
「夫婦にとっては大事なことだよ?」
「まだ、夫婦ではありませんから! 何も教えなくていいですからね、私が全部教えます」
宣言したエドヴァルドに、養父が「わお!」と嬉し気に目を煌めかせた。
「最初から全部教え込むなんて、ロマンだねぇ。エドヴァルドさんとは、気が合いそうだ」
「やだ、ミハルさんったら、恥ずかしいの!」
照れるシュイとその肩を抱くミハルに、イサギは「夫婦仲がええんやなぁ」くらいしか思わなかったが、エドヴァルドはどこか生温い笑みを浮かべていた。
「そういえば、お父さんって傾国の年齢不詳、性別不明の美人って言われてたわ」
幼年学校でも保護者の間で有名だったと呟くツムギは、その頃のことをよく覚えているが、イサギは記憶がぼんやりとしていてあまり覚えていない。
誕生日の夕飯が終わって、赤ん坊が待っているので養父とシュイは移転の魔術でモウコ領に帰って行った。
この日でイサギも16歳。
結婚できる年まで、残り二年。
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