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11.ツムギとダリアのその後

 気持ちを確認した客間で、ツムギは女王として強く生きているダリアの身体が、抱き締めて華奢で細いことを実感していた。地下牢で引き倒されたときに被った汚水で、悪臭のするツムギと違って、清潔な髪からは甘い香りがしていた。


「本当に私で良いのですか? 私とダリア様では子どもは期待できません」


 問いかける声が震えてしまった。

 子どものためだけに、ダリアが愛人を持つと言っても、他の相手と結婚してツムギを愛人にすると言っても、貴族社会ではよくあることだった。実際に従姉のサナの両親は、魔術の才能のある子どもを作るためだけに結婚して、サナが生まれた後には、愛人と暮らしている。

 愛のない結婚や、子どもを作るためだけの行為を受け入れるには、ツムギはまだ16歳にもなっておらず、受け入れ難かった。


「赤ん坊は、お姉様が産みます。何人も産まれそうですから、お姉様のお子を養子にもらえば良いのです」

「ダリア様のお子は……」

「わたくし、ツムギ様以外の方と関係を持つなど、考えたことはありませんわ」


 周囲はダリアは、身分違いのレンを側仕えにしていて、レンのことを想っているのだと勘違いされていたことに、ダリア自身気付いていた。気付きながら、否定をせずに、レンを虫除けにしたようなものだった。


「わたくしは、恋愛をするような状態ではなくて、ツムギ様が初めて好きになった方ですが、そうでなくても、男性に対して恋愛感情を抱けないようですの」

「ダリア様は、男性がお好きではない?」

「人間として、友人や仕事相手として尊重することはできますが、恋愛対象にはなりません」


 自覚はなかったが、ツムギも男性を愛せないのではないかとダリアの告白で気付いた。ダリアも同じならば、気持ちはよく分かる。


「お姉様のお子が産まれたら、ツムギ様を紹介させてくださいませ。リュリュ様にも」

「私も、イサギにも、エドさんにも、ダリア様とのこと、話しても構いませんか?」

「嬉しいですわ」


 もう一度しっかりと抱き合って、離れ難かったが、ダリアは執務に、ツムギは舞台稽古に行った。



 モウコ領での公演が終わると、次は王都での長期公演が入っていた。

 短期間はセイリュウ領に戻っていたが、ようやく休みが取れてツムギがゆっくり家に戻れたのは、4月に入ってからのことだった。

 母親と決別した後のことを話せば、イサギとエドヴァルドは我が事のように喜んでくれた。


「ツムギ、ダリア女王はんのこと、好きやったもんな。ほんまに良かった」

「そんなにバレバレだった?」

「仲が良さそうで微笑ましかったですよ」

「エドさんは、色々手伝ってくれてありがとうね。これからもよろしくお願いします」


 お誘いの手紙の書き方や、便箋や万年筆の選び方から教えてくれたエドヴァルドは、ツムギにとっては恋のキューピッドのような存在なのだろう。

 一週間ほどはゆっくりとセイリュウ領で休めるようだが、王都に行けばダリアと会えるので、公演が王都であること自体は、ツムギにとっては嬉しいことだった。


「18歳になったら、ツムギもダリア女王はんと結婚するんか?」

「まだ、そこまでは……そうなれたら良いなって思うけれど」


 イサギがエドヴァルドとの結婚を望んで、「失くし物」を探していたときに、ダリアは国を変えていかなければいけないと言っていた。


「ダリア女王はんは、同性でも、異性でも、身分も性別も関係なく、好きな相手と結婚できるようにしたいて言うてた」

「その中に、ご自分のことが入っていないはずはないですよ」

「そうかな……私のこと、望んでくれるかな」

「私は自分が女性を愛せないと分かっていたので、イサギさんの立場が悪くなると分かっていても、追いかけて、好きだと言い続けてくれて、婚約できて幸せです」

「ダリア女王はんも、きっとそうやったらええな」


 双子の兄と同性の婚約者に応援されて、ツムギは頬を赤らめて頷いていた。

 5月になれば、イサギとツムギは16歳になる。アイゼン王国の成人年齢は18歳なので、ローズはイサギが18歳になるまでは結婚を許さないと言っていたが、それも残り2年になる。

 当のローズは15歳のリュリュと結婚して、子どもまで作ってしまったが、それも女王で後継者を望まれるから許されることであるし、ローズを止めることが誰もできないからという実質的な理由がある。良識的なダリアは、ツムギが成人するまで待っていてくれるだろうが、その後には正式に手順を踏んで結婚するつもりに違いない。

 エドヴァルドとイサギに太鼓判を押されると、ツムギはその日が待ちきれなくなる。


「恋愛なんて、一生しない、舞台だけが私の人生だと思ってた。イサギがエドさんのことを想い過ぎて、そばにいないと死んだようになってたのが、私、怖かったんだ」

「エドさんと再会するまで、俺も何をして生きてきたか分からへんもんな」

「イサギの気持ちが分かる気がするわ。あのひとがいない人生なんて、考えられない!」


 恋愛などいらなかったツムギもまた、母親の影響が強かったのかもしれない。解き放たれた二人を、エドヴァルドが微笑ましく見守っている。


「ツムギさんもお父様にお伝えしたいことがあるでしょうし、お誕生日に、お父様御夫婦をお招きしませんか?」

「お父ちゃん! そうや、俺もエドさんのこと、紹介して、親孝行せなあかん!」

「そうね、私もダリア様とのこと、話したい。お父さんに、全然、子どもらしいこと、できてなかった……もう、赤ちゃんも産まれて、私たちのこと……」

「お手紙を、書いてみましょうね」


 秋祭りでツムギがダリアにお誘いの手紙を書いたように、年越しでイサギがクリスティアンにお誘いの手紙を書いたように、誕生日お祝い会のお誘いの手紙を書く。


「お父様ですから、形式ばらなくていいと思いますよ」

「モウコ領の次期領主の旦那さんになってしもたんやろ」

「優しいひとだったからなぁ」


 暗殺に失敗して目を回すほど頭を打ち付けられてから、サナを筆頭に、イサギは周囲の人間全てが怖かった。興味を持たれると何をされるか分からないので、誰にも関心を持たずに、エドヴァルドの思い出だけを胸に生きてきた。そのため朧気にしか養父のことは覚えていないが、イサギよりもツムギは多少覚えていることが多い。


「お父さんの作る炊き込みご飯と、鶏肉のつみれ汁が絶品だったのよ」

「……キノコが入ってたやつやろか?」

「そうそう。私、あれが大好きで、誕生日は毎年、炊き込みご飯と鶏肉のつみれ汁だったのよね」


 その他の主菜はハンバーグや、ラムチョップのオーブン焼き、焼き魚など、様々だったが、誕生日にはツムギの好物の炊き込みご飯とつみれ汁は欠かさなかった養父。

 メニューを聞いて、エドヴァルドがメモを取る。


「私が作るのだと、味が違うかもしれませんが、作ってみましょうか」

「俺……お父ちゃんの料理の味、覚えてへん……」

「手紙! イサギ、手紙よ」


 三人で頭を突き合わせて書いた手紙の内容に、「毎年作ってくれていた炊き込みご飯と鶏肉のつみれ汁のレシピを教えてください」と加えて魔術で転送すれば、すぐに返事が返ってきた。

 丁寧に封のされた手紙を開いて、イサギは目を丸くする。

 養父は、イサギとエドヴァルドが婚約したことも、ツムギが公演で忙しくしていることも知ってくれていた。


「私の公演、奥様と見に来てくれてたんだって! 言ってくれたら、挨拶に行ったのに」

「忙しそうに見えて遠慮したって書かれてますね」

「俺のことも、気にかけてくれとった」

「素敵なお父様ですね」


 レシピも入っていたが、誕生日の当日には早めに来て、一緒に作ってくれるという養父の言葉に、イサギはエドヴァルドを見る。料理はイサギもできないことはないが、エドヴァルドの方が得意で手際が良いので、ほとんど任せてしまっていた。家に帰ると疲れ切っているツムギも、食事はほぼエドヴァルドに作ってもらっている。


「お父様の味を、私が覚えるなんて、凄く誇らしいですが、私がご一緒に作ってもいいでしょうか?」

「俺のお父ちゃんの味を、エドさんが……お、お嫁さんみたいやー!」


 きゃー! と歓声を上げて脚をばたばたとさせて悶絶するイサギに、「そのうち、そうなりますよ」とエドヴァルドは穏やかに答えてくれた。


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