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10.薄紅色のダリアの花

 新学期が始まって、イサギは3年生に無事進級した。選択授業はマユリとイサギとジュドーはほぼ同じだったが、魔術騎士を目指すヨータには実践授業の数が増えて、別々に行動することもあった。

 午前中の授業が終わると、中庭に集まって、昼食を食べるのは2年生のときと変わらない。


「ジュドーくらいの年の奴が実践の相手になったんやけど、終わってから、変なこと言いよったわ」


 アルバイトをしている居酒屋で作った弁当を食べながら話すヨータに、イサギはレポートを出しに行く途中で腕を掴んだ年上の青年を思い出した。お手洗いに連れ込まれたのは、忘れられない。


「領主様の従弟と仲ええんやろって」


 そいつ、男とデキてるんだぜ? お前もそのお仲間か?

 領主の御屋敷で開かれたカナエの誕生日お祝いの日にも、イサギはエドヴァルドとのことで陰口を聞こえよがしに叩かれた。同じだとヨータが思われるのは迷惑かもしれないが、お祝いの席に戻ったエドヴァルドが宣言してくれた言葉が胸に蘇ると、イサギは動揺もしなかった。

 むしろ、あのときのエドヴァルドは格好良かったと頬が熱くなる。


「そいつ、頭悪いのね。ダリア女王様は同性同士の結婚もお認めになる政策を行っているし、イサギくんにはエドさんがいるんだから、ヨータなんか、対象になるわけないじゃない」

「俺、告白もしてないのに、振られてる!?」

「男性が好きって一括りにしとるけど、それやったら、女性が好きな俺とか、マユリに襲い掛かるとでも思っとるっちゃろか。男性が好きでも、女性が好きでも、見境なく誰でもいいわけないっちゃけど、少ない脳みそじゃ分からんっちゃろうね」


 正論を口にするジュドーにこくこくとイサギは頷いた。

 半年以上一緒に過ごして、ヨータとマユリとジュドーは信頼できると分かっているので、お手洗いに連れ込まれた話を打ち明ける。


「課題を見せたら、イイコトしたるって、あいつ、俺の股間に触ってきよったんや」

「なんですって!?」

「マユリ、そこ、激怒するとこ!?」

「イサギくんはエドさんのものなのに!」

「マユリ……俺のことそんなに応援してくれて、ありがとうな」

「二人は私の萌え……じゃない、憧れだもの」


 マユリの剣幕に驚いてドン引きするヨータに気付かず、イサギは素直に感謝した。


「ジュドー、イサギくんとできるだけ一緒に行動するのよ」

「そうやね、俺はイサギくんに恩があるし、俺が頼んでしまったけん、そんな危ない目に遭わせたんやもんね」

「ジュドーさんのせいやない。あいつが悪いんや」

「分かった、次の授業で、十回転ばせとくわ」


 完全にイサギを守る体制に入ってくれるマユリ、ジュドー、ヨータに、友達とは有り難いものだとしみじみとイサギは感謝した。

 午後の授業を終えると、エドヴァルドが学校の前まで迎えに来てくれていた。


「エドさん、来るやなんて、どないしたん?」

「レンさんから、指輪ができたと聞いて、工房に一緒に行こうと迎えに来たんですよ。ツムギさんのお誕生日お祝いも準備しなければいけないでしょう?」


 双子なのでイサギとツムギの誕生日は同じ。

 せっかくレンの工房に行くのだから、誕生日プレゼントも選んでしまおうと、エドヴァルドは迎えに来てくれたようだった。

 手を繋いだ瞬間、後ろで「ひぃっ!?」と声が上がって、イサギは振り返る。話題になっていたイサギをお手洗いに連れ込んだ青年が、何度も土の上を転がり回ったかのような土塗れで、エドヴァルドの顔を見て腰を抜かして、這いずって後退っている。


「イサギくん、エドさん、またねー!」

「ちょお、来いや、お前」

「レン様に、遅れるかもしれんって伝えとってくれる?」


 にこやかにマユリが手を振って、ヨータが青年の襟首を掴んで引きずり、ジュドーが笑顔でその後を追う。笑顔でエドヴァルドも手を振っていたので、よく分からないなりにイサギも手を振って、三人にさよならの挨拶をした。

 工房につくと、レンがすぐに出て来てくれた。


「注文の指輪、できとるよ。着けてみて?」


 綺麗なビロードの白い箱に入った指輪は、大きいものには茶色のラインが、小さいものには青いラインが入ったプラチナのシンプルなデザインだった。


「着けてくださいますか?」


 肉厚で指もしっかりとしている手を差し出すエドヴァルドに、イサギは恭しくその手を取って左手の薬指に指輪をはめる。白い肌にプラチナと光沢のある茶色のラインが良く映えた。


「綺麗や……さすがレンさんや」

「イサギさん、手を」


 促されて、イサギも左手をエドヴァルドの手の上に乗せた。薬指に、丁寧にエドヴァルドが指輪をはめてくれる。青いラインがメタリックに煌めいて、美しかった。


「エドさんの色や……」

「私のは、イサギさんの色ですよ。外すのがちょっと惜しいですね」


 誕生日お祝いなのだから、今日は試着で、誕生日の日までは箱の中にしまっておかなければいけない。外すのが惜しいというエドヴァルドに、イサギも同感だったが、せっかくなので16歳になって正式につけてもらうということで、箱の中に指輪を戻した。

 頼まれたジュドーが遅れるかもしれないことを伝えてから、ツムギの誕生日お祝いについて、レンに相談すると、アクセサリー類を幾つか持ってきてくれた。


「ツムギさんは、髪も短いし、ボーイッシュな格好するけんねぇ」

「イヤリングやネックレスはありきたりですよね」

「ブレスレットもアンクレットも、レンさんから貰ったのを大事に使ってるもんなぁ」


 誕生日に何を贈ればいいのか分からずに迷っているイサギが、レンが持ってきた箱の中に見つけたのは、摘まみ細工のブローチだった。細かな花弁が鞠のようになっているそれは、ダリアの花に見えた。


「これ、綺麗やなぁ」

「ブローチ、ツムギさん、付けるでしょうか?」


 お洒落ではあるが、ブローチを普段からツムギが使うかと言えば、使っているイメージはない。これから使うように贈っても良いのだが、使い方に迷うかもしれないと考えていると、エドヴァルドが別のものを箱から摘まみ上げた。

 小さな蝶のついたループタイだ。


「ループタイなら、ツムギさん、つけますよね」

「蝶々、好きやろか?」


 薄紅色のダリアのブローチと、蝶のループタイを並べたイサギとエドヴァルドに、レンが「任せて!」と請け負ってくれた。

 工具を持ってきて、ブローチの後ろの金具を外して、ループタイを通せる金具に付け替える。赤紫色のループタイに薄紅色の摘まみ細工を通すと、ダリアの花のループタイが出来上がった。


「あっという間に、こんなにできるんか?」

「これくらいは簡単よ」

「ありがとうございます、レンさん」


 無事にツムギの誕生日お祝いも決まって、プレゼント用に包装してもらって、料金を払おうとすると、レンに断られる。


「カナエちゃんのこと、よくしてくれてるやろ? 誕生日にサラダも残さず食べられて、凄く喜んでたんよ。俺たちにも、親が頑張ってるからってプレゼントくれて。やけん、これは、俺からのプレゼントにもさせてくれんね?」


 怖い従姉の伴侶で、「友達」と紹介されても、そうだっただろうかと考えてしまうくらいなのに、レンもまた、確かにイサギの友達だった。


「俺は友達に恵まれてるんやね」

「イサギさんが良い子だからですよ」


 自慢の婚約者です。

 肩を抱かれて、イサギは頬を真っ赤にして、照れ臭く微笑んだ。

 その日は、一度家に帰って指輪とツムギのプレゼントを置いてから、薬草畑に仕事に戻った。

 翌日から、イサギを見かけた瞬間に、脱兎の如く例の青年は逃げ出すし、イサギが歩いていると上級生からも廊下で道を譲られるようになった。


「マユリ、ヨータ、ジュドーさん、なんかした?」

「たっぷりとお話ししただけよ?」


 イサギの婚約者のエドヴァルドがテンロウ領の領主の長男であること、セイリュウ領の領主の娘の誕生会ではイサギに陰口を叩いた相手に「貴様の顔もこうしてくれようか?」と壁をぶち破って威嚇したこと、イサギに手を出そうとするものどころか触ろうとでもしたらお手洗いの壁をぶち抜いて「そのどてっぱらにも同じ穴を空けてくれるわ!」と宣言したこと……。


「んん? なんか、俺のエドさんが、めちゃめちゃ怖いひとになってへん?」

「イサギくんに何かあったら、エドさん、悲しむやろ?」

「ちょぉっとだけ脚色しただけよ、ね、ジュドー?」

「まぁ、そう、かな?」


 純粋な瞳のヨータと、どこまでも笑顔のマユリと、目をそらして明後日の方向を見つめるジュドー。

 穏やかで優しいエドヴァルドが乱暴者のように言われているのは腑に落ちなかったが、身を守るためならば仕方がないし、誇張しているがある程度は真実なのでイサギは気にしないことにした。

 セイリュウ領の領主の従弟のイサギに指一本でも触れると、スキンヘッドに筋骨隆々とした般若のような大男が襲ってくるという噂が、実しやかに学校内に流れていることをイサギは知らないままに過ごすのだった。

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