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9.二人の誕生日お祝い

 母と完全に決別した後で、イサギが思い当たったのは、モウコ領の領主の末の娘と結婚した養父のことだった。母の姉がモウコ領の次期領主となるかもしれない男から結婚を申し込まれて、流産して子どもを産めなくなって用なしとされて自害したと告げられて、その血縁であるだろう養父の配偶者がどんな相手か気になっていた。

 テンロウ領とモウコ領は交流があるようで、以前にクリスティアンもエドヴァルドもその娘に会ったことがあるようだし、聞いてみようと思い立ったのは、新学期の始まる前の三月の終わりのことだった。


「俺のお父ちゃんと結婚したモウコ領の領主の末の娘さんのこと、エドさんは知ってはるの?」

「王都で何度かお会いしてますね。魔術師として才能がありましたし、人柄も真っ当でしたから、サナさんも信頼して、彼女が後継者だからモウコ領のお役人をセイリュウ領に入れているのだと思いますよ」

「そうか……お父ちゃんの結婚相手はええひとなんか」

「旦那様にべた惚れだと噂ですよ」


 くすくすと笑いながら、用水路にかかる橋を越えて、エドヴァルドとイサギは薬草畑に入る水が調整されるように、用水路を見て回る。春に向けて植えた種は、成長して水を必要としていた。


「ご挨拶にいかなければいけませんね。イサギさんをこんなに素敵なひとに育ててくださった方ですから」

「す、素敵て、エドさんに言われたら、恥ずかしいやん! 大事に、されてたような、気ぃ、するんやけど……」


 毎日暖かい食事を作ってくれて、優しく愛情をかけて育ててくれたのだろうが、イサギにはその愛情を受け取るだけの素地がなかった。エドヴァルドと再会して、食事を作ってもらったり、マフラーを買ってもらったりするたびに、養父も自分のことを心配して、大事にしてくれていたのだろうと、ぼんやりと思い至る。

 結婚を望まれていたのに、イサギとツムギを心配して、幼年学校を出るまではと断り続けて、ようやく結婚してモウコ領に行った養父。誕生日ごとに、「何が欲しい?」と聞かれていた気もするが、「なんも」と生きることにすら積極的でなかったイサギは碌な反応をした覚えがない。


「カナエちゃんの誕生日で、思い出したわ。お父ちゃんも、俺とツムギにご馳走作ってくれてた……それやのに、俺は、いつもと食事が違うことに気付きもせんやった」

「気付けるようになったんですね」

「エドさんと出会って、あのひとと対峙する勇気が出て、もう怖くない思うたら、お父ちゃんが、俺を大事にしてくれてたのが、分かった気ぃする……」

「まだ、間に合いますよ。親孝行、しましょう」

「間に合うやろか?」

「間に合います」


 自信を持って答えてくれるエドヴァルドに、イサギは胸を撫で下ろしてから、素朴な疑問を口にした。


「エドさん、俺の誕生日、祝ってくれる?」

「祝いますよ。ツムギさんも一緒にお祝いしましょうね」

「エドさんのお誕生日も祝ってええ?」

「あー……それは……」


 言葉を濁したエドヴァルドに、イサギはそこでようやく、自分が大好きな初恋のひとの誕生日も聞いたことがなかったのに思い至った。青ざめて、上目遣いに見上げたエドヴァルドが、気まずそうに目を反らしている。


「来年! そう、来年の1月に祝ってください」

「来年……1月て、今、3月……」

「すみません、私も、自分の誕生日ってあまり気にしてなかったというか、1月にイサギさんにマフラーと手袋を渡したじゃないですか」

「もしかして、あれ……」

「誕生日、大好きなひとに私とお揃いのものを身に付けて欲しくて……」


 僅かに顔を赤らめて照れるエドヴァルドの目の前で、イサギは躊躇わず橋から飛び降りていた。


「こんな健気で可愛いエドさんの誕生日を忘れたやなんて、許されへーん!」

「うわー!? イサギさん!? イサギさん!?」


 盛大な水しぶきを上げて用水路の中に沈んでいくイサギを、エドヴァルドが橋から用水路の脇まで走って行って、救い出してくれようとするが、それより先に浮かび上がったイサギは、ざばざばと泳いでエドヴァルドの元に戻って来た。

 用水路の端から盛り上がった土手を這いあがり、乾いた土の上にぼたぼたと水滴を落としながら、イサギはエドヴァルドに土下座した。


「ごめんなさい! 俺が誕生日に興味がなかったから、エドさんの誕生日を祝えへんかった! 俺は情けない男や! エドさんと結婚する資格がない! でも、棄てんどいて! 俺にはエドさんしかおらへん! なんなら、もう一回飛び込むから!」

「落ち着いて! イサギさん、落ち着いてください。風邪を引きます」

「どないしよ……サナちゃんに、三階から、投げてもろたらええやろか?」

「本当に落ち着いて! そんなことされても、私は少しも嬉しくないです。イサギさんが怪我でもしたら、悲しいだけです」


 立つようにと手を取られて、びしょ濡れで涙と洟でぐちゃぐちゃの顔をハンカチで拭かれて、イサギはどうすればお詫びになるのか、どうすればやり直せるのかしか頭になかった。しゃくり上げるイサギの背中を撫でて、エドヴァルドが提案してくれる。


「イサギさんのお誕生日に、私のお誕生日も一緒に祝ってくれますか?」

「え、ええの? 俺は、エドさんのお誕生日を祝うことも気付かへんかった、至らない婚約者やで?」

「言わなかったのは私ですから、悪いのは私ですよ」

「エドさんが、控えめなひとやって分かってたのに……」

「控えめなひとは、壁を殴って穴を空けません。自己満足だったんですよ、イサギさんにプレゼントをして、私とお揃いにして、それで自分だけで嬉しくなって。誕生日にちゃんと、イサギさんはお返しもくれましたよ?」


 首のネックレスを示してくれるエドヴァルドに、イサギは盛大に音を立てて洟を啜った。涙を拭くと、エドヴァルドの手を、自ら握って、その場に膝を付く。


「俺の誕生日に、エドさんのお誕生日も一緒に祝わせてください」

「とても嬉しいです。プレゼントのことをお話してもいいですか?」

「はい、何でも言ったってください」


 膝を付いたイサギを立たせて、濡れた服を着替えに休憩室に戻りながら、エドヴァルドは自分が前国王から作って持たされた結婚のための魔術具の説明をする。

 青い狼の横顔の彫られたカメオのカフスボタンはイサギにくれて、それと対応するヘアピンはエドヴァルドのラペルピンに作り替えた。イヤリングも同じデザインのものを作ってもらっている。


「ネックレスは、イサギさんが作ってくださったものがあります。ブレスレットとアンクレットは、私は戦う気がないし、防御の魔術には長けているので、それほど必要性を感じなかったのですよね。それに、婚約指輪と結婚指輪は、お相手と相談したいので、作ってもらわなかったのです」


 その時点で、エドヴァルドは自分が女性を愛せないことは気付いていたし、結婚する意志もなかったので、そういう理由でも断ったのだが、イサギという両想いの婚約者ができたのならば、話は別だった。


「婚約指輪を、作ってもらいませんか?」

「めっちゃ嬉しい! ええの? ほんまにええの?」

「イサギさんは私のものを選んで、私がイサギさんのものを選んで、それがプレゼントだったら、私はとても幸せなのですが、いかがでしょう?」

「最高……エドさん、なんていいことを思い付くんや!」


 話しながら歩いていると、さすがに冷えてきたのか「くちゅん」とくしゃみをしたイサギに、エドヴァルドが上着を貸そうとしてくれるが、手を振って断った。


「すぐに着替えて来る! それで、レンさんの工房に行こう」

「はい、仕事を片付けてお待ちしてます」


 扱っているものが薬草や薬剤なので、仕事中に服が汚れるのは想定内で、休憩室にはイサギは常に着替えを準備していた。下着まで一式着替えて、濡れた髪を拭きながら戻ってくると、エドヴァルドは水を増やした薬草畑の見回りを終えて、薬草保管庫の前で待っていてくれた。

 二人で手を繋いでレンの工房に行く。

 正式な依頼と聞いて、レンはすぐに注文用の応接室に通してくれた。


「俺の誕生日、五月なんやけど、間に合うやろか?」

「サイズは先に測っとくけん、デザインが特殊とか、かけられた魔術がめっちゃ難しいとかじゃなければ、間に合うと思うけど」

「場所感知の魔術をかけて欲しいのです。イサギさんに呼ばれたときに、イサギさんのいる場所に飛べるように」

「俺も、それにして欲しい」


 お互いのいる場所にいつでも飛べるように、居場所を知らせる魔術をかけて欲しいとお願いすると、レンは「それなら、充分間に合うと思うばい」と請け負ってくれた。

 デザインは迷ったが、二人とも平型のプラチナで、斜めに色のついたラインの入ったものを選んだ。


「ラインの色は、どうするね?」

「エドさんのは、青にしてくれはる?」

「イサギさんのは、茶色で……いえ、イサギさん、逆にしませんか?」

「逆?」

「イサギさんが私の色を身に着けて、私がイサギさんの色を身に着けるんです」


 素晴らしい提案に、イサギはエドヴァルドに賛成して、レンにそれでお願いした。

 婚約指輪が出来上がるのは、四月の中旬。

 試着してみて、間違いがないことを確かめて、早めに納品される日が、待ち遠しくてたまらなかった。

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