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8.対面

 ツムギが銀の透かし彫りの桜模様、イサギが銀の透かし彫りの紅葉模様、エドヴァルドが銀の透かし彫りの波模様で、全員青い守りの石の付いた魔術具を、イヤリング、ネックレス、アンクレット、ブレスレットと一式付けて、王都に移転の魔術で飛んだ。予めサナが連絡を入れておいてくれたので、王宮でダリアが迎えてくれる。


「お姉様は身重ですので、わたくし一人で申し訳ありません」

「そんな時期やのに、罪人に面会したいやなんて言いだして、こっちこそ、すんません」

「わたくしは、父……名前を付けてもくれなかった前王を父とも思っておりませんが、会いたくもありませんわ。イサギ様とツムギ様は勇敢だと思います」


 敬意を表してくれるダリアに、イサギとツムギは深く頭を下げる。顔を上げたツムギの手を、ダリアが恭しく握り締めた。


「あの『魔女』はひとを操る魔術に長けていると聞きます。牢で魔術は制限しているはずですが、何が起きるとも限りません。お気を付けて」

「気を付けて行って参ります」


 その場に膝をつき、握ってくれた手に額を付けるようにして頭を下げてから、ツムギは決意をした顔でダリアを見上げた。


「ダリア様、戻ったら、お話があります」

「お待ちしております、ツムギ様」


 見つめ合う緑の目と茶色の目に、イサギの方がどきどきしてしまった。指を絡めて手を繋いで離れないでくれるエドヴァルドと、肩が触れる位置にいるツムギに挟まれて、王宮の魔術騎士に案内されて、王宮の地下の牢に降りていく。階段を下りるたびに、下水の腐敗臭や排せつ物の臭いが濃くなって、エドヴァルドが渡してくれたハンカチでイサギは口元と鼻を押さえた。自分の分も持ってきていたのか、エドヴァルドもハンカチで顔の下半分を押さえている。

 しゃらしゃらと魔術具の鳴る音と共に、ツムギだけが素顔で凛と前を見据えていた。

 不衛生な牢は、呪いでドラゴンにされていた間に、自分の吐く毒の息で誰も傷つけないようにと、ダリアが自ら閉じこもっていた場所だった。


「ダリア様はこんなところに、お一人で……」


 たった一人で大陸に渡って、呪いを解くリュリュを連れてきたローズの雄姿を皆讃えるが、一人で誰も傷付けないように誰も近寄らない場所に籠っていたダリアもまた、ツムギには強い人間に思えてならない。


「あの方の隣りに並ぶ資格が、私にあるのかしら」


 自問自答するうちに、一行は最奥の牢の前に付いた。魔術騎士は後方で剣を構えて、罪人が逃げ出さないように見張っている。

 中にいるのは汚れて悪臭のする、かつてドレスだったぼろ布を纏った、黒髪の女だった。

 彼女の顔を、ツムギもイサギも良く知っている。


「うちを助けに来てくれたん? ええ子たちやなぁ。お母ちゃん、待ってたんやで」

「助けになど来ない」

「聞きたかっただけや。なんで、あんさんが、あないなことをしたんか」


 硬い声のツムギに、イサギが言葉を添えると、彼女はかつては美しかったであろうが、じっとりと脂に塗れた黒髪を振り乱して、喉を反らせて高笑いした。


「聞いて、どないするん? 同情して助けてくれるんか? それやったら、話したってもええけど?」

「あなた……テンロウ領に、来たことがありませんか?」


 イサギに寄り添って黙って彼女を観察していたエドヴァルドが、はっと息を飲んだのが分かった。彼女の視線がエドヴァルドに向いて、「あぁ」と息を漏らす。


「テンロウ領の領主のご長男様やったなぁ、うちの息子が好きになったんは。男同士てどないなん? うちの息子の具合はイイんか?」

「それに答える義務はない。19年前、テンロウ領に来ましたね、あなた」


 エドヴァルドがまだ7歳でクリスティアンが産まれてすぐの頃に、テンロウ領の領主を誘惑しようとした女魔術師がいた。彼女がクリスティアンの離乳食に毒を入れて、クリスティアンとエドヴァルドの乳母の関係を悪くして、母親を神経質にさせてしまったのを、エドヴァルドは知っていた。

 何度追い返しても、父親の愛人になりたいと迫って来た、黒髪の美しく若い女性。

 それが彼女だと気付いたエドヴァルドに、ツムギが眉を顰める。


「テンロウ領で領主に取り入ろうとして失敗して、セイリュウ領で領主の妻子を追い出して子どもを産み、追放されても戻ってきて前国王の後妻に入った……なにがしたかったの?」

「簡単や、この国をぐちゃぐちゃにしたかったんや」


 ツムギの問いかけの答えは、予想以上に狂ったものだった。


「うちは双子やった。双子の姉とそっくりで、ずっと一緒に育ってきた」


 セイリュウ領の貴族として双子で生まれた彼女は、元々双子の生まれやすい家系で、双子の姉とは非常に仲が良かったのだという。その姉にモウコ領の次期領主候補となっている領主の息子から結婚の申し込みがあったのは、16歳の年だった。


「嬉しそうやったで、結婚して家を出ていくお姉はん」


 それが亡骸となって帰って来たのは、一年後のことだった。

 初めての妊娠で流産した双子の姉は、もう二度と子どもが望めない体になったと言われて、夫の愛情を繋ぎ止めようとしたが、さっさと夫は愛人を作ってしまい、自殺したのだと聞かされた。

 領主の家系ともなると優秀な魔術師との間に、血統の良い後継を作ることが義務だ。

 幸せそうに出て行った姉は、子どもが産めなければ用なしとばかりに捨てられて、挙句に自ら命を絶った。そんな縁起の悪い双子のいる自分は、売られるようにして妻を亡くした老齢の魔術師の元に、結婚という形で介護人として押し付けられてしまった。


「姉のことで泣いとったら、自分の祖父より年上の男と結婚しろ言われて、行ってみたら身の回りの世話をさせられて……なんや、領主もこの国も、壊れてしまえばいいて、思うたんや」


 姉を殺した領主を許さない。

 自分をこんな場所に追いやった貴族社会を許さない。

 憎しみで完全に心が塗り潰された彼女は、夫の高齢の魔術師が寝ている間に濡れたタオルを被せて窒息死させて、老衰で死んだように見せかけて、寡婦となった。復讐したかったが、モウコ領では姉と同じ顔で顔が知られているので、行ったのはテンロウ領。そこでは狙いが悪かったのか領主の誘惑が成功せずに、次に行ったセイリュウ領では、無事に領主の後妻の座に納まって、子どもも産んだ。けれど魔術の才能でその子ども達が次期領主には選ばれず、邪魔になって、捨てることにした。


「領主を暗殺させたら、敵わんで死ぬか、処刑されるやろうから、うちは自由になれる。子どもを失った可哀想な女が、男はんは好きやろ?」

「……俺らを領主にしたかったから、サナちゃんに暗殺をしかけさせたわけじゃなかったんか!?」

「いらないから、サナちゃんに殺してもらおうとしたの!?」


 顔色を変えたイサギとツムギが牢の柵に近付こうとするのを、エドヴァルドが肩を抱いて止めてくれた。相手は魔術師だ。特にひとを騙す魔術に長けている。近付いたら油断ならないことは確かだった。


「あの領主が甘くて殺さへんかったから、うちは可哀そうな女になれへんかった。でも、国王様とは分かり合えたで。同じ、『配偶者』を亡くしたものとして」

「お、お父ちゃんも、もしかして……」

「病気の男やなんて、邪魔なだけやろ。高齢やったし、だぁれも疑わへんやったよ」


 上手くやったと自慢するように恍惚とした表情になる彼女に、イサギとツムギは言葉を失っていた。初めて結婚した相手も、次に結婚したイサギとツムギの父親も、彼女は手にかけていた。


「国王様も、そのうちに殺すつもりだったのでしょうね」

「あのひと、全然ダメやったんや。赤さんができたら、さっさと始末してしまおう、思うてたのに。役立たずの男はあかんわぁ」


 生まれた子どもを即位させれば、国は好きにできる。

 そうなれば、モウコ領で姉を死なせた領主の息子にも、復讐が遂げられる。


「ツムギがそんなんされたら、俺も、我を失うかも知れへん。でも、俺は誰も殺さへん」

「可哀想ね……本当に可哀想。自分の幸せのためじゃなくて、他の相手の不幸のために人生を捧げて、死んでいくなんて」

「うちはまだ、死んでない! まだ、あの男を殺すまでは!」


 柵を握り締めてがしゃがしゃと鳴らす彼女に、「下がれ!」と剣を抜いて威嚇した魔術騎士が、その黒い瞳を真正面から見つめてしまったことに、いち早く気付いたのはイサギだった。

 ぞわりと総毛立つような気配に、イサギは、エドヴァルドとツムギを下水に汚れた床に引き倒す。その上を、魔術騎士の剣が掠めて行った。


「来てくれてありがとう、流石はうちの子どもたちや。おかげで、外に出られる」


 操られるままに牢の鍵を開けようとしている魔術騎士の目が、正気でないことを、エドヴァルドもイサギもツムギも気付いていた。この空間自体が魔術を制限されているので、武装した魔術騎士を倒すことは難しいだろう。


「逃がしたら、ダリア様に顔向けができない」

「ツムギ!」

「イサギ、行くよ!」

「エドさん、俺らを、思い切り、あいつに向かって投げて!」


 やろうとしていることが理解できたのか、できていないのか、それでもイサギを信じてくれて、エドヴァルドは牢の鍵穴に鍵を差し込もうとする魔術騎士に、イサギとツムギの襟首を掴んで軽々と投げ付けていた。

 振り上げた剣を、イサギとツムギのイヤリングが砕け散って弾く。イサギが全身でのしかかって魔術騎士を抑え込んでいる間に、ツムギは首から外したネックレスを、魔術騎士の腕に巻き付けていた。

 ぱきんっと音を立てて壊れたネックレスが、魔術騎士にかけられた惑わせる魔術を相殺する。


「も、申し訳ありません」

「良かった……誰も怪我をしていませんね?」

「ちょっと、服が臭くなったくらいで、平気や」

「どんなことをしてでも、ここを出てやる!」

「何度でも、阻止するわ」


 牢の柵を鳴らして暴れる彼女に、もう近付かないままで、魔術騎士とエドヴァルドとイサギとツムギは地下牢から出た。


「あのひとは、俺らがいらんかったんや」

「私もあのひとがいらない」

「俺もや」


 どれだけ理不尽な目に遭ったとしても、関係のない赤の他人を巻き込んで、国を荒らして、人々を困窮に陥れたこと、そして、ダリアやローズを苦しめ、サナを『魔王』に仕立て上げ、前国王の暗殺まで企んでいたことは許されるわけがない。

 悲しみはひとを歪めてしまうのかもしれないが、イサギにはエドヴァルドがいてくれる限り、エドヴァルドに顔向けできないようなことはしないと自分に誓っていた。

 繋いだ手が暖かい。


「ダリア様、こんな汚い姿で申し訳ありません」

「良いのです。危なかったようですね。無事に戻られて良かった」


 客間でずっと待っていてくれたダリアは、悪臭を放つ下水を服に浴びたツムギを、美しいドレス姿のまま、躊躇わずに抱き締めた。抱き返して、ツムギはその華奢な肩に顔を埋める。


「あなたを、好きになっても良いですか?」

「わたくしは、もう、とっくに夢中ですわよ」


 抱き締め合う二人に、エドヴァルドとイサギは顔を見合わせて、そっと部屋を出て、移転の魔術で家に戻ったのだった。

 着替えて報告に行った領主の御屋敷で、サナは彼女の言葉を鼻で笑った。


「国を良い方に変えるならともかく、ぐちゃぐちゃにしたいやなんて、冗談やない。ただの駄々っ子や」


 本当に姉を愛していたのならば、二度とそんなことが起こらないように国を改革すれば良かった。そうできる立場にあったのに、彼女の目に映っていたのは、国を乗っ取って、モウコ領で姉を死なせた相手に復讐することだけだった。

 道を間違えた彼女に救いはない。

 サナの言葉を聞きながら、イサギは彼女と決別した。

 もう二度と、『母親』とも思わないし、怖いとも思わない。

 7歳から愛情をかけて育ててくれたサナの叔父の養父。それだけがイサギの親だと改めて思えたのだった。

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