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2.誰が我が儘?

 寂しいと、カナエが泣いた。

 領主のお屋敷に引き取られて一ヶ月近く、毎日レンはできるだけ早く仕事を終わらせて、カナエをお風呂に入れて、晩ご飯を食べるのを見守って、歯磨きの仕上げもして、お布団で眠るまで絵本を読んだり、側で仕事の残りをしていたり、できるだけ寂しい思いをさせていないつもりだった。

 泣いてしまったカナエを抱っこして話を聞いてみると、ぐずぐずと洟を啜りながら、しゃくり上げて話し出す。


「わがままを、いったら、いけないと、ひっく……おもって、いたのです」

「我が儘って、どげんとね?」

「ひとりで、ねたくない……」


 離れに閉じ込められて、カナエはずっと一人だった。だから当然、一人で寝られるはずだと考えてしまったレンがいけなかったのだ。

 3月生まれと聞いたカナエは、まだ4歳にもなっていない。夜に一人で寝るのが怖くてもおかしくはない年頃だった。


「ごめんね、俺は親がおらんかったけん、一緒に寝るもんやって感覚がなかった……多分サナさんもそうやんね」

「カナエは、わがままじゃないですか? きらいになりましたか?」

「嫌いになったりせんよ。ちょっと、サナさんとお話しするけん、一緒に行こうか」


 抱き上げたカナエは細くて小さくて軽い。食事をしている姿を観察していると、カトラリーを上手に使えずに四苦八苦しているようだった。そういうこともあって、教えながら、レンが食べるのを手伝って、介助用スプーンで食べさせていたのだが、喋りも意思もしっかりしているので、カナエの年をレンも忘れそうになる。

 捨て子だったレンは、師匠に仕事は教えられたが、親のように優しくしてもらった覚えはない。その分、子どもが生まれたらしてあげたいことがたくさんあって、それを見よう見まねでしているのだが、やはり足りないところがあったようだ。


「サナさん、ちょっと良か?」

「どないしはったん? カナエちゃんはもう寝る時間じゃないのん?」

「カナエちゃんのことなんやけどね」


 仕事が終わらず、まだ執務室にいたサナに、カナエが泣いてしまった理由を伝えると、眉を下げてカナエの髪を撫でた。サナに撫でられるのは不本意なのか、カナエが唇を尖らせる。


「うちも甘えられるような両親やなかったから、一緒に寝たいとも思わへんかったけど、そんだけレンさんのこと信頼して、甘えられるようになったんやね」

「寝室のベッド広いから、カナエちゃんも一緒に寝て良か?」

「カナエちゃんが、うちと一緒で嫌やないんやったら、うちは構わへんよ。娘と寝るのになんの問題もないやろ」

「サナさん、そういうところ、愛してる」


 カナエを抱っこしている手と反対の手でサナを抱き締めると、カナエが手を突っ張って、サナを遠ざけようとする。


「あかちゃんがうまれたら、おばさんは、あかちゃんがいちばんになるんでしょう? おとうさんに、カナエをすててこいとか、いわないでくださいよ!」

「それ、誰に吹き込まれたんや?」

「みんな、いってます……カナエは、あかちゃんがうまれたら、いらなくなるって」


 幼いカナエの世界は狭い。般若のような形相になったサナが調べてみると、カナエの世話をしている使用人の一人がそんなことを口にしたと報告が上がってきた。その使用人は今後カナエの世話から外れるように命じて、サナははっきりとカナエの緑がかった目を正面から覗き込んだ。


「うちの赤さんは、領主にはせぇへん」

「カナエより、まじゅつがつよいかもしれませんよ?」

「そんなん、どうでもええことや。後継者争いで、カナエちゃんも、生まれてくる赤さんも、いがみ合ったりするよりも、うちは家族仲のええ、あったかい家庭を作るのが夢やねん。後継者はカナエちゃん、カナエちゃんはうちとレンさんの娘、これは今後何人赤さんが生まれても変わらへん」


 前の領主の子どもが後継者になれなかったせいで、従弟妹(いとこ)のイサギとツムギはサナを暗殺しにきて、ツムギはともかく、イサギはまだサナのことを恐れている。魔術の才能のある子どもが欲しかっただけで政略結婚をした両親は、サナが後継者となると決まった後で別々に愛人と暮らして、異母兄弟、異父兄弟もいるようなのだが、会わせてももらえない。


「うちは、こんなん嫌や。レンさんと、カナエちゃんと、赤さんと、みんな仲のいい家族になりたいんや」

「俺も、賛成やね。俺は捨て子で家族が何か知らんけん、それだけ、憧れがある。サナさんとは、お互いに愛情を持って結婚して、赤ちゃんも産まれるけど、俺は欲張りやけん、カナエちゃんも赤ちゃんも、どっちも可愛がって、愛されたい。我が儘なのは、俺の方なんよ」


 仕事を切り上げたサナがレンと夕食を食べて、お風呂に入っている間、カナエは夫婦の寝室のベッドで待っていた。サナとレンに挟まれて眠るのは拒んだので、レンがサナとカナエに挟まれる形で、ベッドに入る。


「俺の仕事が遅くなったら、サナさんと先にベッドに入って待っとって。サナさんの仕事が遅くなったら、俺とベッドに入って待っとこ」

「おとうさんがそういうなら、おばさんとでも、がまんしてまっているのです」

「『おばさん』やなくて、『お母ちゃん』やて、言うてるやろ?」

「ごめんなさい、りょうしゅさま」

「もっと余所余所しくなってもた!? レンさん、娘が苛める」

「カナエちゃんは、サナさんに素直に甘えられないだけなんよ」


 両手に花状態で眠るレンは、次の日には、カナエがベッドから落ちないように、カナエが寝る側の端に柵を取り付けた。赤ん坊が生まれたら、ベビーベッドも置くことになる。


「カナエちゃん、手伝ってくれんね」

「なにを、ですか?」

「ベビーベッドを組み立てるとよ」


 産み月は初夏なのでまだ気が早いが、レンは細々と赤ん坊のために魔術の守りの刺繍の入った産着を準備したり、ベビーベッドを組み立てたりしていた。物作りは得意なので、ある程度の仕組みがわかれば作れないものはない。特に赤ん坊のもの、カナエのものはレンはできるだけ自分で作りたかった。


「これが赤ちゃんのブランケット、こっちがカナエちゃんの」

「いろちがいですね。いぬさんのもようですか?」

「魔除けの模様なんよ」


 セイリュウ領では、犬がお産の魔除けとなるとか、妊婦が犬を可愛がるとお産が軽くなるとか、健康な赤ちゃんが生まれてくるとかいう言い伝えがあった。犬の模様は可愛いし、サナが無事に赤ん坊を産めるようにという願いも込めて、赤ん坊のブランケットとカナエのブランケットに犬の刺繍を入れてみたのだ。


「いぬさん、かわいいです」

「そういえば、イサギくんが南瓜頭犬飼っとるみたいやし、見せてもらいに行こうかね」

「おさんぽですね!」


 足の傷がなかなか治らなかったし、外は寒かったので、年末に引き取られたカナエは、ほとんどお屋敷の中にいた。お正月に頑張って着飾って、草履を履いて、また足を痛めてしまったので、年始もまだ外には出ていない。


「雪遊びも、教えてくれたとよ、イサギくん」

「カナエにもおしえてくれますか?」


 小さな手で道具を取ってもらってベビーベッドを組み立てながら、明日はイサギの薬草畑を訪ねようと約束をするレンとカナエは、確かに親子だった。

 次の日は早めに仕事を終わらせた夕方に、レンとサナはカナエを連れて、薄っすらと雪の積もった薬草畑にイサギとエドヴァルドを訪ねて行った。


「そこの畝には種が植えてあるはずやけん、踏まんようにね」

「薬草保管庫にイサギもエドヴァルドはんもおるやろ」


 薬草保管庫の扉をノックすると、イサギが顔を出して、不思議そうにレンとサナとカナエを見つめる。


「薬草が足りへんかった?」

「いぬさんを、みせてください!」


 勇気を出して声を出すカナエに、奥から出てきたエドヴァルドが、カナエの前に膝をついて目線を合わせる。


「ここは瓶や素手で触れると危ないものもありますから、お庭で構いませんか?」

「さむくないです、へいきです」


 はっきりと受け答えするカナエに、イサギが湯たんぽに張り付いている南瓜頭犬のポチを連れてきた。来客に浮かれたススキフウチョウのぴーちゃんも躍り出て、タマも合流する。


「かぼちゃ!? おとうさん、おばさん、かぼちゃなのに、いぬなのです!」

「こっちはスイカで、こっちはススキやねん」

「カナエのしっているいぬさんと、ねこさんと、とりさんと、ちがいます!」

「南瓜がポチ、スイカがタマ、ススキがぴーちゃんっていうんですよ」

「さわってもいいですか?」

「引っ掻いたり噛んだりせぇへんけど、嫌がったらやめたって」


 恐る恐る南瓜頭を撫でると、ポチがお尻まで振って喜ぶ。タマは触られるのが嫌なのか、離れてエドヴァルドの体によじ登ってしまった。逆にぴーちゃんは扇状に穂を広げて、カナエの足元を飛び回って、「撫でてください」アピールが激しい。


「ほんまに元気なススキやなぁ……」


 存在が煩いとぴーちゃんを返したサナは、雪が降っても元気なススキフウチョウに呆れているようだった。


「おとうさん、おもしろかったです。またつれてきてくれますか?」

「行きたかったら、お世話役さんに言ったら連れて行ってくれるようにしようかね」

「おとうさんと……おばさんも、いっしょでいいですよ?」

「ちょっと可愛いこと言うてるけど、そこは『お母ちゃん』にならへんのやろか?」

「どりょくしだいですね」


 張り合うサナとカナエも親子に見えて、レンは微笑ましくその様子を見守っていた。

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