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4.勘違い勇者、爆誕

 先代の領主であるイサギとツムギの父親が亡くなった年には、サナは15歳でイサギやツムギが生まれる前から魔術師としての才能を見出されて、次の領主になることが決まっていた。公爵家の血統の中で、一番強い魔術師を一族の当主として領主にする。それは、領地を守るためにも当然のこととしてこの国が始まって以来続いてきたことだった。

 それは他の領地でも同じで、魔術師としての才能はエドヴァルドは、7歳年下の弟に劣るので後継者にはなれない。生まれた時点で弟の方が魔術師としての才能が勝っていると分かったエドヴァルドにとって、それからが大変だった。

 領主になれないが、スペアとしては生きていてもらわねばならないし、弟に僅かに劣るとしてもエドヴァルドは極めて優秀な結界と防御の魔術に加えて、肉体強化の魔術の才能まで持っていた。幼い弟を貴族社会の中に放り出すのは心配で、結婚して他の領地に行ってしまうのも困る。

 豊かなブルネットの髪を潔く剃ってしまって、エドヴァルドは女性に興味を持たれないように気を付けてきた。

 結婚を頑なに拒むエドヴァルドは、8年前にお見合いをした年下の美しくも強い魔術師、サナに気持ちを残しているのではないかと噂されていた。


「王都か、テンロウ領におるんやと思っとった。エドさん、なんで今の時期に……」


 王都から『魔王』扱いされているサナを討ち取りに来たのか、それとも守りに来たのか。どちらかによって、イサギの身の振り方も変わってくる。どちらにせよ、イサギにとってエドヴァルドは初恋のひとで、15歳になった今でも好きで好きでたまらない相手だ。

 同性だとか、身分違いだとか、散々サナに言われたが、心だけは自由だとイサギは思っている。


「サナさんの首を取って来いと言われました」

「そっちか……あかん、エドさんが殺されたら」

「いえ、命じられたのですが、私はそれに従うつもりはありません」


 姿は美しいが黒い噂のある魔女の後妻を侍らせて、エドヴァルドにサナを殺すように命じた国王の様子は明らかにおかしかった。操られているようだったというエドヴァルドに、イサギは頭を抱える。


「ファースト姫さんが帰ってきて、セカンド姫さんの呪いを解ければええんやけどなぁ」

「時間稼ぎのつもりで、こちらには出向いたのですが、私はサナさんに挑む気はありません。私も命は惜しいですし」


 茶目っ気を混ぜて言うエドヴァルドに、イサギは胸を撫で下ろした。食べ終わった食器を片付けようとするエドヴァルトを押しとどめて、イサギはキッチンに立つ。

 本来ならばこの家の住人であるイサギがお茶の一杯でも淹れるべきなのだろうが、飲み物にも食べ物にも興味のないイサギは薬草茶しか煎じられる自信がなかった。しかも、それは怪我や病気によく効くのだが、口が曲がりそうな味がする代物だ。


「泊まるところとかあるんか?」

「宿を探している最中に、不穏な気配を感じたので、そちらに行ったら、イサギさんがいたのですよ」


 結界は魔術の糸を編んでそれが緻密であればあるほど、望まれないものを通さない作りとなるのだが、結界の魔術を使えるものはその糸を上手に解して、隙間を開けて入ってこられる。

 結界と防御ではサナに並ぶとも劣らないエドヴァルドである、気付かれることなく結界をすり抜けてきたのだろう。それができるからこそ、国王はエドヴァルドを暗殺者に選んだ。


「私が第三王位継承権を持つからでもあるんでしょうけどね」

「……サナちゃんが死んでも、エドさんが死んでも、魔女にとってはどっちでも利益になるってことか。ダメや、エドさんが死んでまうなんて!」

「私も死にたくないから、ここでしばらく身を隠すつもりでいるのです」


 結界の中にいる限りは、サナとエドヴァルドの動きを見張れるものはいない。セイリュウ領にいることが唯一、エドヴァルドの命を守る方法だった。しかし、それも長引かせることはできない。


「早いところセカンド王女の呪いが解けないことには、私も弟のクリスティアンを人質にとられているに等しいですからね」

「そうやった……次期公爵やけど、弟さんは第四王位継承権を持ってはるんや」


 第一王位継承権を持つファースト王女は、異国へ逃れた。

 第二王位継承権を持つセカンド王女は、呪いで醜いドラゴンとなっている。

 第三王位継承権を持つエドヴァルドは『魔王』サナと殺し合いを望まれて、第四王位継承権を持つクリスティアンは王都で人質となっている。

 この状態で後妻の王妃に子どもでもできれば、国を乗っ取られてしまう。

 いや、今ですら国王を操って国を乗っ取っているような状態だ。

 自分が平和に生きて行けさえすれば、イサギは国の政治になど全く興味はなかった。この事態だって、耐え忍んでいればファースト王女かサナが、そのうちなんとかしてくれると受け身の姿勢でしかない。

 それを変えなければいけない存在が、目の前に現れてしまった。


「エドさん、結婚して!」

「えぇっと、それに関しては、説明をしたような気がするのですが」

「あぁん、お願いや。俺と結婚するって言うて」


 約束がもらえれば、何でもできるような気がする。

 そんなことを口走るイサギに、穏やかにエドヴァルドが首を左右に振った。


「サナさんとことを構えるつもりですか?」

「エドさんが結婚できへんのはサナちゃんのせいやって、噂になってるで。そうやなくても、サナちゃんが動いたら、エドさんの立場が変わるかも知れへん」

「私のために何もしなくていいんですよ。イサギさんは、イサギさんの生活を守ってください」

「好きなひとを助けたいって思うのは、そんなにおかしいこと?」


 弟のクリスティアンを人質にとられて、『魔王』と戦わなければいけないエドヴァルドを助けたい。最初に暗殺を失敗してから、サナの前に出るのすら怖かったイサギが、勇気を振り絞ろうとしている。


「け、結婚、許してもらえるかもしれへんし!」

「結婚は、できないんです」

「できない……も、もしかして」


 セイリュウ領から出ないままでも、テンロウ公爵の長男のエドヴァルドの噂は聞こえてくる。8年前にサナと見合いをしてから、それ以降、結婚はできないと全ての見合いを断っているエドヴァルド。公爵の長男だからこそ、政略結婚は貴族として当然行うべきなのに、それを拒み続けられている理由に、イサギは思い当たってしまった。

 サナが、エドヴァルドに何かしたのだ。


「結婚できへん呪いとか……エドさんのことを気に行ってて、(めかけ)にしよう思うて、魔術かけてたりとか……だって、俺とエドさんの結婚をあんなに反対するんやもん、おかしいと思ってたんや」

「あの、イサギさん?」

「許されへん! サナちゃんでも、エドさんの自由を奪うことは許されへん……めっちゃ怖いけど、俺、頑張るから!」

「何か、勘違いをなさってませんか?」

「エドさん、うちに隠れててや。もうすぐツムギも帰ってくるから」


 エドヴァルドの存在がサナに見つかることのないように匿いつつ、サナから真相を聞き出し、忌まわしい魔術を解かなければいけない。

 イサギもまた、サナと同じく、他人の話を聞いていないところがあったのだった。


「うーん……宿はありがたくお借りしますが、イサギさん、何か誤解をなさっていませんか?」

「分かってる。俺にはよぉく分かってるで」


 呪いや魔術をかけられていると、そのことを口にできない、助けを求められないということはよくあることだった。特にサナほどの魔術師となると、エドヴァルドですら、自身に呪いがかけられていることを誰にも打ち明けられないのだろう。

 薬草保管庫で会った魔術具製作者のレンも、エドヴァルドほどではないが、長身で逞しい体付きだったと思い出す。サナはそういう好みなのだと気が付けば、全てに得心がいった。


「俺はエドさんを助けるんや!」


 こうして、セイリュウ領に勘違い勇者が生まれたのだった。

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