3.無自覚の女王
厨房で豚の調理の仕方を習っていたリュリュが、ダリアを訪ねてきたのは、夕方になってからのことだった。お昼はお弁当を作ったが、王宮に連れてこられてから、リュリュは必ず食事はローズと共にしていた。
「ダリア様、ローズ様は今日は帰られないのですか?」
一国の女王なので、当然護衛の兵士はついているだろうし、部屋に通してもらってお茶を飲みながら問いかけるリュリュに、ダリアはいつものことだと、そのときは笑って入られた。
「お姉様は一人になりたいと、護衛をまいてしまうのです。本当は良くないのですが、会議ばかりで鬱屈も溜まっていたようですし……」
「狩りには何日もかかるのですか?」
「流石のお姉様でも、リュリュ様を置いて、何日も王宮を空けたりなさらないでしょう」
すぐに帰ってくると楽観的に言うダリアに、リュリュの表情が曇る。
「ローズ様、食欲がなくて……あまり食べておられないんです」
「そういえば、そんなことを仰ってましたわね」
出かける前に、狩りでもしてくれば食欲も戻ると言っていたのを思い出したダリアが、はたと気付いてリュリュに向き直った。飲んでいたカップを置いて、リュリュも背筋を伸ばす。
双子でローズと造形は似ているのに雰囲気の全く違う、可憐なダリアの唇が言いにくそうに薄く開いた。
「リュリュ様とお姉様は……その、夫婦なのですわよね?」
「はい、僕はローズ様と結婚していただきました」
「あの……名実共に?」
「あ……は、はい、夫婦、です」
遠回しにだが、夜の営みはあるのかという問いに、リュリュが湯気が出るほど顔を真っ赤にして、俯いて答える。答えを聞くや否や、ダリアは王宮の女王の主治医を呼び寄せた。呼ばれてダリアに何かあったのかと大慌てでやってきた女性の医師に、ダリアは単刀直入に質問する。
「ローズお姉様の月のものは、どのようになっておられますか?」
「元々軽い方ですし、痛み止めも必要ないのですが……そういえば、遅れていたような」
「正確な日にちを出してください」
健康管理について、女王にプライバシーなどない。それを厭うてローズはあまり主治医に近付かないのだが、生理用品が使われていたかを侍女に調べさせて、分かったのは、2ヶ月ほどローズには月のものが来ていない可能性があるということだった。
つまり、それはローズの懐妊を示唆している。
「悪阻!? 嘘でしょう!? 自分が妊娠していらっしゃるかもしれないことにも、気付いていないの!?」
「ろ、ローズ様が、ご懐妊ですか!?」
悲鳴をあげてしまったダリアに、リュリュが青ざめる。
お腹に赤ん坊がいるかもしれないのに、ローズはたった一人で行方がしれなくなってしまった。「お腹が空けば帰ってくるでしょう」程度の認識しかなかったダリアも、この事態には狼狽えている。
「身篭った虎を野に放ってしまいましたわ……」
「虎ではありません。ローズ様も、虎のように一人でご出産なさるつもりはないでしょう」
「お姉様なら分からないわ……」
「ローズ様は、どこにいらっしゃるのですか!?」
行方を探そうにも、警備の兵士は皆まかれてしまってそばにいない。魔術で探すにも、ローズは魔術がかかりにくい特殊な体質をしていた。
頭を抱えたダリアが頼ったのは、王女時代からの側仕えで親友で、共に魔術具を作っていたレンだった。突然の呼び出しにも応じてくれて、レンはサナに送り出されてすぐに王宮に移転の魔術で駆け付けてくれる。
「極秘にということでしたが、いかがなさいましたか?」
「お姉様が、姿を消しました」
狩りに行くと行って、ローズが数日姿を消すことは、王女時代でも珍しくなかったが、今の彼女は女王なのだし、警備の兵士も連れずに何日も王宮を空けることは危険すぎる。何より、ローズは自分が妊娠していることに、恐らくは気付いていない。
全て洗いざらい話してしまうと、僅かばかりレンは考えたようだが、ややあってダリアに進言した。
「ダリア様とわたくしが作った魔術具は付けておいでなのでしょう?」
魔女騒動でダリアとレンの作った魔術具は全て失ったため、レンはダリアから依頼を受けて、王宮の工房に通ってローズの魔術具を一式揃えていた。付けていくようにと言って、目の前で付けたのをダリアは確認している。
「あの魔術具にはわたくしの魔術の痕跡も、レン様の魔術の痕跡も残っておりますわね」
「そこから、足取りは辿れるでしょう」
魔術具を作ったのと同じ翡翠のペンタグラムを共鳴させて、地図の上で回していると、やがて一点を指す。
「イレーヌ王国……!?」
「そんな!? 僕は、関わらないでくださいとあれほどお願いしたのに……」
寝物語に語ったリュリュの過去を、レンとダリアに話せば、ダリアは沈痛な面持ちで額に手をやった。出かける前にローズが口にした「豚」の意味が理解できたのだ。
「イレーヌ女帝を引き摺り下ろして、リュリュ様のご両親を助けるつもりですわ、お姉様は」
「僕、そういうつもりでお話ししたわけじゃないのに……」
黒曜石のようにきらめくリュリュの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
軍を出すにしても、大ごとになってしまうとアイゼン王国自体がまだ安定していないのに、大陸とことを構える事態になるし、逆に撃退されることもありえないわけではない。
何より、国内にも女王を認めない輩はいるわけで、ローズが不在で軍も手薄となれば、王都が攻められて陥落する最悪の事態も想定できた。
「なんてときに、なんてことを……。軍は動かせないし、内密に動くにしても相当の手練れがいなければ……」
「僕、行きます」
「リュリュ様!?」
涙をはらはらと流しながら、リュリュが椅子から立ち上がる。
「元はと言えば、僕があのようなお話をしてしまったからなのです。僕は魔術師で、いざとなれば、金糸雀の姿となって逃げ隠れすることもできます。移転の魔術も、多少なら使えます」
「お姉様とリュリュ様は違いますのよ?」
「違っても、僕の大事な方が、危険に晒されているのです。僕の赤ちゃんを身篭っていらっしゃるかもしれない方が。僕は行かなければなりません」
すんっと洟を啜って、手の甲で赤い目を擦って涙を拭いたリュリュに、躊躇いながらもレンが短剣を一本渡した。魔女とローズが相対したときに投げ渡したのと同じ形の短剣だった。
「これは、ローズ女王の短剣と対になっていて、呼び合います。戦いを知らぬものでも、握れば自然と体が動くように魔術がかかっております。ただし、訓練されていない体を使った場合には、反動も大きいのですが……」
「構いません。レン様、ありがとうございます」
「いけません、リュリュ様」
「いいえ、これは僕の生まれた国のこと。僕がローズ様と決着をつけて参ります」
涙で潤んだ目で移転の魔術を編み出したリュリュを、部屋の陰で見つめているものがいた。オレンジ色の体、豊かに生えた頭髪のような緑色の葉っぱ。
「びきゃあ……」
深刻に呟いた人参マンドラゴラは、密やかにダリアの部屋から、ローズとリュリュの寝室に戻って、葉っぱをフリフリ思案しているようだった。
腰に短剣を下げて、マントを羽織って、リュリュは旅支度を整える。荷物の中には、飲んでも中身のなくならない保冷の水筒、傷まないように薬草を混ぜ込んだ非常食、大陸で金銭代わりに使える宝石のカケラなどを準備した。
他に必要なものを探している間に、人参マンドラゴラがその荷物の中に飛び込んだのを、リュリュは見ていなかった。しっかりと荷物を閉じて、肩に背負う。
「魔術具を一式揃えてあります」
出かける前に、レンとダリアが大急ぎで一流の魔術具を揃えてくれたようだった。あまり目立たないヘマタイトのついた、鳥をモチーフにした、ネックレス、イヤリング、ブレスレット、アンクレットを身に付ける。
「お姉様を見付けたら、何がなんでも捕まえてきてくださいませ。帰ったら赤ん坊が産まれるまで謹慎させます」
「必ず連れ帰ります」
「いざとなったら、これを使ってください」
レンが手渡したのは、宇宙の入ったような銀河の渦巻く小瓶だった。
連絡を受けたサナが、小瓶に魔力を詰め込んでくれたようだ。それを飲めば、一時的に魔力が跳ね上がるという。
「反動も大きいので、最後の手段としてお使いください」
「サナ様にも、お伝え申し上げておいてください。僕が無事ローズ様を連れ帰れたら、必ずお礼に参りますと」
こうして、王配のリュリュは愛するローズを助けるために大陸へと飛び立ったのだった。知らぬ間に荷物に入り込んだ人参マンドラゴラと共に。
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