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20.家族の年越し

 毎日作りためていたが、お節とは本当に種類が多く、それをイサギとエドヴァルドとツムギとクリスティアンの四人分作るのは、材料を揃えるのから大変だった。レシピに書いてある材料をメモして、仕事帰りに商店や市で買って来る。どれも日持ちのする料理であるということだけが救いだった。


「レンコンとゴボウと人参は、お酢に漬けて、摺りごま散らしてた気ぃするわ」

「蒲鉾は当日に切れば良いですよね」

「黒豆って、煮るのにこんなん手間かかってたんか!?」


 幼年学校を卒業した年に養父が結婚で出て行って以来、三年ぶりのおせち料理は、養父が作ってくれていたときには気にもしていなかったが、なかなかに面倒くさいものだった。

 魔術学校は休みになっても仕事は続いていたので、毎日、薬草畑の見回りをして、薬草保管室で調合やカビが生えないように空気を入れて乾燥させたりと働いた後では、その日の夕食も作らなければいけないし、お節ばかりに構ってはいられない。

 クリスティアンが合流してからは、彼も興味津々で手伝ってくれていた。


「味見してくれたまえ、この栗きんとん。見事な滑らかさだと思わないかね?」

「クリスティアンも薬の調合が得意ですからね」

「美味しい! クリスさん、才能あるで?」

「料理もやってみると、薬学に通じるものがあるね」


 男ばかりで立つキッチンは狭いが、熱量が籠って暖かい。いつの間にか、タマとポチとぴーちゃんも暖かさにつられて足元に来ていた。

 植物なので食べ物は与えられないが、植物用の栄養剤や肥料や水をあげるとぴこぴこと蔦の尻尾を振って喜ぶポチと、脚に身体をこすりつけるタマ。興奮してくると踊り出すぴーちゃんだけは、キッチンから早々に追い出されて、リビングに取り残されていた。

 煮しめ、卵焼き、ごまめ、海老、紅白かまぼこ、酢人参、酢レンコン、酢ゴボウ、黒豆、手綱こんにゃく、昆布巻き、数の子、菊花蕪と出来上がったお節を漆塗りの重箱に入れると、豪勢に見える。


「この重箱もお父ちゃんが行ってしもてから、使ってなかったわ」

「艶のあるとてもいい品のようですね」

「イサギを育ててくれたお父さんも、領主の血筋なのだろう?」


 サナの母親の年の離れた弟で、魔術の才能はそこそこだが、セイリュウ領で求められる攻撃の魔術には秀でていなかったために、ずっと放置され続けていた養父は、権力争いから離れて一人静かにこの家に暮らしていたという。その後に、モウコ領の領主の娘から求婚されて、イサギとツムギを育てている間は待ってもらっていたが、モウコ領とセイリュウ領を繋ぐ架け橋として、何より、領主の娘の惚れっぷりが激しくて押し切られた形で結婚していった。


「お父ちゃんのことはよく分からんけど、めっちゃ好かれてたって話だけは聞いとる」

「モウコ領の領主の末の娘さんで、結婚した頃は十代だったのでしょう」

「あぁ、あの子か」


 結婚式にはイサギとツムギもサナに連れられて出席したが、テンロウ領からクリスティアンとエドヴァルドも行ったという。魔術師の才能のある子どもが産まれていて、その子が次期領主になるのではないかと噂されていた。


「領主の直系から後継者を出そうと、どこも躍起になっているからね。僕はそのせいで母に纏わりつかれてるけど」

「あのひとは、本当にクリスティアンが心配なのですよ。それに、ダリア女王の政策が通れば、領主が次の領主を指名して、国王と各領主と議会での選定が行われるようになります」


 そうなれば、イサギとツムギの母のように、子どもを領主にできなかった親が暗殺を企てる事件も減るかもしれない。魔術の才能のない自分の実子を次期領主にしたいという、領主の思惑も絡んでくるだろうが、そこは国王や他の領主や議会を交えた選定で、話し合われるだろう。

 国が変わってきている。

 実感はわかないが、イサギとエドヴァルドが結婚する頃には、同性での結婚も国で認められるようになるかもしれない。


「たーだーいーまー! いーまーかーえったよー!」

「お帰り、ツムギ!」

「お疲れ様です、ツムギさん」

「ツムギ、新年の式典には僕も呼ばれてるから、演目を楽しみにしてるよ」

「クリスさん、いらっしゃい。あぁ、我が家だー!」


 いい匂いがするとキッチンに顔を出したツムギの目が輝く。


「お節! ここ三年、サナちゃんとこでしか食べてない!」

「お雑煮はレシピ見ても、地域によって全然違ってハードルが高かったから、サナちゃんとこで食べて、今回は勉強することにして、お節は用意したんや」

「お蕎麦! お蕎麦ある?」

「もちろん、あるで! 今日の晩御飯や!」

「やったー! 年越し蕎麦ー! これを食べに帰って来たのよー!」


 飛び跳ねて喜んでいるツムギの様子が信じられないのだろう、エドヴァルドとクリスティアンは顔を見合わせている。


「兄さん、蕎麦って」

「セイリュウ領でパスタみたいにして食べられてる麺ですね。軽食の部類に入るのですが、今日はイサギさんが晩御飯にしようと、天ぷらを揚げて上に乗せることになってます」

「クリスさん、お蕎麦食べたことないの?」

「噂では聞いているけれど、王都でもテンロウ領でも、出たことはないね」


 蕎麦はパスタと違って、小麦粉ではなく蕎麦粉で作られること、冷やして食べたり、暖かいお出汁で食べたりすることを説明していくと、興味深そうにクリスティアンは聞いていた。


「蕎麦と側をかけて、『来年も長く側にいられるように』て、願いをかけて、年越しには蕎麦を食べるんや」

「そういえば、大晦日ですね」


 忙しくしていたのでそのまま新年まで行ってしまいそうだったが、今日は大晦日で、年越しをするためにわざわざツムギは移転の魔術専門の魔術師に飛ばしてもらって、稽古の後に王都から家まで帰って来た。


「縁起物なら、気合を入れて作らないと。私が天ぷらを揚げますから、イサギさん、お蕎麦を茹でてくださいね」

「夫婦の共同作業やな……まだ、夫婦やないけど」

「でも、もう家族のようなものだろう。僕を呼んでくれてるし」


 家族が増えて嬉しいと純粋に言ってくれるクリスティアンに、イサギは笑み崩れてしまう。

 幼い頃に父は亡くなった。病床の父に寄り添うよりも、母はイサギとツムギを次の領主になるはずのサナを殺すために鍛えていたので、実の父のことはほとんど覚えていない。母のことも恐怖しか頭にない。

 家族に関して良い記憶があったことを、エドヴァルドと話をするうちに、養父に思い至って、ようやく自分にツムギ以外の家族がいたことを実感できた。その上、クリスティアンも実の家族のように一緒にお節を作ったり、雪遊びをしたりしてくれる。


「エドさんと結婚できるて、幸せやなぁ」

「私の方こそ、幸せですよ」

「ほんま?」

「自分を偽って誰か女性と結婚させられていたら、私も相手も不幸になっていました。イサギさんとならば、私が女性を愛せないことでイサギさんを不幸にさせることもなく、結婚できます……ただ、認めないひとは認めないでしょうが」


 僅かに苦みの走ったエドヴァルドの表情に、イサギは王都のテンロウ公爵の別邸での使用人たちの態度を思い出した。セイリュウ領では女王に認められているし、絶対君主の魔王のサナの後押しもあって、周囲がイサギやエドヴァルドに対して妙な態度をとることはない。むしろ、暖かく見守ってもらっている節すらある。

 しかし、王都やテンロウ領に行けばそうではないことを、イサギは身を以て感じていた。


「エドさんとクリスさんの御両親なんやから、俺、今は怖くて無理やけど、結婚までには、ちゃんとご挨拶に行くから。認められへんでも、エドさんを幸せにするていうのは、絶対伝えたい」

「ありがとうございます……いずれ一緒に」


 二人で作った年越し蕎麦は、クリスティアンとツムギに好評だった。


「エドさん、天ぷら揚げるのめっちゃ上手! 衣がさっくさく!」

「このお出汁、とても美味しいね」

「明日はお節料理食べたら、サナちゃんのところに挨拶に行って、お雑煮を食べるんやで」

「お雑煮は初めてですね」

「サナちゃんのとこのお雑煮は、お父ちゃんが作ってたのと同じやと思う」

「レシピを教えてもらってきましょうね」


 再来年は、自分たちの家でお雑煮も作って新年を迎える。

 一歩ずつ、家族の距離が縮まって、イサギとエドヴァルドの結婚の日も、遠い遠い未来ではなくなってきていた。

これで、第二章は完結です。

引き続き、番外編を挟んで、第三章もよろしくお願いいたします。


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