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19.クリスティアンの到着

 年末年始を家族で過ごすために、クリスティアンが移転の魔術で来てくれて、ツムギが忙しくて不在がちのエドヴァルドとイサギの家も賑やかになった。テンロウ領と王都を行き来することはあるが、セイリュウ領にクリスティアンが来るのは、ほぼ初めてだという。


「式典で来ると、領主の屋敷だけで終わってしまって、そのまま移転の魔術で帰るから、今回はセイリュウ領の街も見られると思って期待して来たよ」

「テンロウ領はセイリュウ領より北で、寒いんやろ?」

「こちらは雪が積もるか積もらないかくらいみたいだけど、テンロウ領は冬場は雪に閉ざされるね」

「雪かきが大変だし、冬場は家で本を読んでおくくらいしかなくて、暇だったんですよ」


 兄弟の話を聞いて、イサギは目を丸くする。初恋で心が生き返ったと思ったが、エドヴァルドが帰ってしまってから、イサギは生気のない生活を送っていた。

 幼年学校は給食を子どもたちに食べさせるという名目があったので、冬休みの期間が年末年始の5日間くらいで、それ以外は保護者の許可があれば休みをとっても良かったが、養父も仕事があったので冬場もギリギリまでイサギとツムギは預けられていた。雪が積もると授業が雪遊びになったりするのは、その時期は休む生徒も多く、学科を進められないからだった。雪玉をぶつけられたら、ツムギの後ろに隠れて、ツムギがやり返すのを「イサギ、雪玉作って!」と無理やり手伝わされた思い出が、イサギにはある。


「エドさんとクリスさんは、雪遊びとかせんかったんか?」

「危険なことは母が神経質になっていて、させてくれなかったし、兄さんともなかなか会わせてもらえなかった」


 離乳食に毒を入れられた事件から、クリスティアンの母親は二度とそんなことがないように、クリスティアンを大事に大事に、真綿に包むように育ててきた。同年代の遊び相手もおらず、弟とも触れ合わせてもらえないエドヴァルドにも、冬場に外で遊ぶような記憶はない。


「外に出ると、屋根から雪が落ちてきたりして、危険だと言い聞かされていましたね」

「暖かい部屋で読書は悪くなかったけど、読む本もいい加減尽きて」

「厨房にこっそり入り込みましたよね?」

「そう! そしたら、兄さんが使用人と料理を作っているのを見て、分けてもらったんだ」


 冬に退屈過ぎて部屋をこっそり抜け出した4歳のクリスティアンは、厨房から漂う良い香りに誘われて入り込み、エドヴァルドと出会った。それまでも、式典では同席することはあったが、兄弟なのに二人の席は離されていて、エドヴァルドは父親の隣り、クリスティアンは母親ががっしりと手を握って一瞬も離さなかった。


「おおきいひとがいる……ぼくとおなじあおいめ……わかった、エドヴァルドにいさんだね」

「よく分かりましたね、クリスティアン、あなたはとても賢いんですね」


 ご褒美に焼けたばかりのマフィンを割ってもらって、クリスティアンは兄のエドヴァルドのことが大好きになったのだという。勉強を教えてくれることはあるが、クリスティアンの賢さをこんな風に即座に認めてくれたのはエドヴァルドだけだった。どうして母親が近付いてはいけないと言うのか分からないくらい、エドヴァルドは親切で優しく、小さなクリスティアンにも礼儀正しかった。


「貴族として兄さんを見習おうと思って、それから僕も屋敷中を探検するようになったんだけど、抜け出したのがばれるたびに、母の拘束が強くなって……飛び級して魔術学校に行くために王都に行ってからは、かなり自由になったかな」

「せやったら、雪遊び、しましょう」

「雪遊びを、私たちが、ですか?」

「今日は石畳の雪は溶けてしもたけど、サナちゃんの御屋敷の中庭なら、下が土やから残ってると思うんや」


 学校は休みになっていたが、薬草畑は毎日でも見回らなければいけない。雪に強い品種に植え替えたし、虫も雑草も少ない時期とはいえ、餌のなくなった害獣や盗み目的の泥棒が入りやすいのもこの時期だった。

 柵を見回って、凍えているポチとタマとぴーちゃんを迎えに行く。ポチもタマもぴーちゃんも害獣や泥棒を追い払ってくれるので、夜には見張りに畑に放しておくのだが、植物なのであまり寒いと凍えて動けなくなるようだった。


「これが、兄さんが言ってた、ポチとタマとぴーちゃんだね。スイカと南瓜とススキ……実に興味深い」


 湯たんぽを与えられてくっ付いて温まるポチとタマとぴーちゃんを、クリスティアンがまじまじと見つめる。見つめられて、ダンサーの血が騒いだのか、ぴーちゃんがふさふさとした穂を扇状に広げた。

 足元の雪をまき散らしながら、滑らかに踊り出すぴーちゃんに、ポチとタマが怯えて後退っていることに、クリスティアンは気付いたが、イサギとエドヴァルドは気にもしていない。


「イサギは凄いね」

「俺?」

「ローズ女王の飼っている人参マンドラゴラも、誰が育てたのか噂になっているよ」


 珍しい脱走するほど元気な人参マンドラゴラは、普通の人参マンドラゴラよりも効力が強いのではないかと、何度も盗難の危機にあっているらしい。そのたびに頭痛と吐き気を引き起こす奇声を発するので、ローズが駆け付けて盗人を退治している。


「俺が育てたのは全部あんなんやったから、あれが普通と思ってたわ」

「物凄い才能だよ。サナ様は許さないだろうけど、王都から密かにスカウトもされているとか」

「されてへんよ。俺、聞いたことないし」

「サナさんが止めているんでしょうね。私もイサギさんを王都にとられてしまったら困りますし」

「エドさん……俺に内緒で?」

「さぁ、どうでしょうね」


 悪戯に微笑むエドヴァルドが、サナと手を組んで、イサギが王都に連れて行かれないようにしていてもおかしくはない。セイリュウ領での二人きりの自由な暮らしを、エドヴァルドがそれだけ大事に思ってくれていることが嬉しくて、イサギはでれでれとだらしない笑顔になってしまった。

 畑の見回りを終えて、サナにクリスティアンが挨拶をしに行く。


「年末年始は、兄の婚約者に誘っていただきまして、こちらで過ごさせていただきます」

「敬語はうっとうしいから、使わんでええよ。テンロウ領の跡継ぎ様や、危険のないように、イサギ、ちゃんと守るんやで」

「も、もちろん……そんで、サナちゃん、中庭を借りてええ?」

「何するんや?」

「雪遊び……」


 その単語に反応したのは、執務室に同席していたレンだった。


「俺も一緒に行ってよか? コウエン領は暑くて、雪が降ることがほとんどないけん、雪遊び、したことがないっちゃん」

「ええけど、エドさんも、クリスさんも、ええよね?」

「赤ちゃんが生まれたら、一緒に雪遊びできるお父ちゃんになりたいし」

「赤ちゃん……えぇ!?」

「サナさん、もしかして?」


 嬉しそうに言うレンの言葉に、勘付いたイサギとエドヴァルドの視線がサナの着物の帯の下のお腹に向く。華奢な白い手でお腹を撫でて、サナはレンにちらりと目を向けた。


「落ち着くまで公表せんつもりやったんやけど、多分、そうやろって、お医者さんに言われたわ」

「来年の夏には、俺、お父ちゃんになるとよ」


 自然な動作でサナの肩に手を置くレンは、幸せ満面だった。


「おめでとう、レンさん、サナちゃん!」

「お産は生まれるまで何が起こるか分からへんけど、できるだけ健康な子が生まれてくるように祈っててや」

「こんなに早くとは思わなかったです」

「うちも、こんなにはよ赤さんがお腹に来てくれると思うてなくて、めっちゃ幸せや。レンさんとうち、相性がいいんやろかね」


 惚気るサナも幸せそうで、体を冷やすといけないのでサナは執務室で仕事を続けて、レンだけ連れてイサギとエドヴァルドとクリスティアンは中庭に出た。中庭には雪が薄っすらと積もっている。

 地面の雪は踏むとすぐに溶けてしまうので、イサギは手袋を付けた手で、植え込みの上の雪を掬った。


「魔術はなしやで? レンさん、魔術具も発動せんようにしてな」

「雪は思い切り固めて良いんですか?」

「エドヴァルドさんの思い切りは、ちょっと怖かね。柔く、の方がいいっちゃない?」

「じゃあ、まず、柔く握ってみて?」


 イサギを真似てエドヴァルドとクリスティアンとレンが、植え込みの上の雪を掬って丸める。あまり力を入れないように丸めた雪を、レンがイサギに、エドヴァルドがクリスティアンに、クリスティアンがエドヴァルドに投げたが、レンのは空中で分解して、クリスティアンのはエドヴァルドまで届かず、エドヴァルドの雪玉はクリスティアンの顔面に当たって砕けた。


「ぶはっ! 兄さん、酷い!」

「柔いと飛ばしにくいんですね」

「次、思い切り固めてみよか」

「なんか、面白くなってきた」


 職人気質のレンは、数種類、硬さの違う雪玉を作って準備するし、策士のクリスティアンは小ぶりの雪玉を作って二個一度に投げられるようにする。エドヴァルドはひたすら力を込めて雪を圧縮していた。

 いい年した成人男性主流の雪遊びは、白熱してくる。

 最早氷の塊の域まで圧縮されたエドヴァルドの雪玉が胸に直撃して咽るレン、次々とクリスティアンが投げる雪玉をコートで受け止めて弾くエドヴァルド、雪玉の硬さ検証を手伝って的になるイサギと、軌道を見てどれが一番飛ぶかを試すレン。


「ソリとかあって、もうちょっと積もってたら、遊べたんやけどな」

「私が乗れるソリはない気がします」

「赤ちゃんが生まれたら、ソリも買わないかんね」

「寒いのに、汗かいちゃったよ」


 白い息を吐きながら、存分に遊んだ後で、レンに別れを告げてエドヴァルドとクリスティアンとイサギは帰路につく。途中で商店や市に、クリスティアンは興味津々だった。


「セイリュウ領は海産物もよく流通しているのだね」

「そうやな、港町もあるからなぁ。来年の夏は、海に遊びに行こな」

「そうですね、私、海でも遊んだことないですよ。教えてくださいね」


 島国であるアイゼン王国は海に面していない領地はないのだが、北のテンロウ領は最北が海に面しているため、水温が非常に低く、泳げないのだという。海からよりも川からの魚が良く獲れる。


「俺もツムギと、養父に連れられて行ったくらいやけど……」


 失った7歳までの幼年期を取り戻すように、養父はよく遊んでくれていた気がする。それを思うと、他の領地に結婚で行ってしまった養父に、今更ながら感謝の気持ちがわいてくる。


「いつか、エドさん、俺の養父に会ってくれはる?」

「素敵なお父さんだったのでしょう?」

「優しぃひとやった気がする」


 モウコ領の領主の娘に気に入られて、結婚を請われていたが、せめて自分の預かって育てている二人の子どもたちが幼年学校を卒業するまでは待って欲しいと本人が40を超えるまで結婚しなかった養父は、確かにイサギとツムギを愛してくれていたのだろう。子どもだったし、他人に関心もなかったが、あのひとだけは優しかったような朧げな記憶がある。


「エドさん、梅酒、飲まはる? クリスさんも」

「梅酒、ですか? お酒は一応飲めますが、飲んだことないですね」

「俺はまだ未成年やから飲まれへんのやけど、養父……お父ちゃんが作って置いて行ってくれたのがあるんや」


 年末年始にそれを二人に振舞いたいと提案すれば、エドヴァルドもクリスティアンも喜んでくれた。


「ただし、全部は飲ませないでね。僕も、兄さんも、飲み始めると止まらなくなるから。イサギが成人した後に、ツムギと兄さんと飲まなきゃいけないものだよ」


 飲まないわけではないけれど、イサギとツムギが成人した暁にエドヴァルドと飲むために残しておけと言ってくれるクリスティアンに、イサギは感謝した。

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