18.冬支度
「イサギー! エドさんー! ただいまー! あー会いたかった、ポチ、タマ! なんか、違うのも増えてるし」
秋祭りからしばらくはセイリュウ領で稽古をしていたツムギだったが、王都での公演が有名になって、モウコ領、テンロウ領の貴族からも要請があって、劇団は大忙しで各地を飛び回っていた。
「ススキフウチョウ、サナちゃんからもらったの?」
「そんな感じや。エドさんが名前つけてくれたんやで。ぴーちゃんや!」
「よろしくね、ぴーちゃん」
久し振りに帰ってきた家で、足元に纏わり付くポチとタマを愛で、踊ってアピールするぴーちゃんを撫でて、ソファに倒れ込む。お芝居は大好きで、それに人生を懸けているようなものなので全く苦にならないが、以前のように遠征先で気楽な宿を自分たちで手配するわけでなく、豪華なホテルが用意されているのが庶民のツムギには合わないのだ。
「エドさんのご飯だ……これが食べたかった……」
「そんなに酷い食生活やったんか?」
「豪華なのよ! 物凄く豪華なの!」
フォークやナイフの持ち方まで意識しなければいけないほど、豪華な食事が三食出るのは、慣れなくて喉を通らないし、豪華すぎて胃もたれする。げっそりとしたツムギに、人参マンドラゴラの葉っぱを煎じた薬湯をイサギは渡した。
独特の青臭い匂いのするそれを、ツムギは礼を言ってちびちびと飲む。
「年末年始はどうされますか? 私とイサギさんは、クリスティアンを呼んで、ツムギさんも一緒に家族で過ごしたいと話していたのですが」
「それが、名誉なことに、うちの劇団が選ばれたのよ」
「何にや?」
「王宮の新年のお祝いの式典に」
王都での公演が評判が良かったことと、ダリアの希望で、新年のお祝いの式典でツムギの劇団が演目を一つ持たせてもらえることになった。国中の劇団、音楽隊、合唱団が競っていた中で、選ばれたことは名誉に違いなかったので、ツムギはそれをやり遂げるつもりであったが、王都からセイリュウ領までは距離がある。劇団には専属の移転の魔術師がいるが、リハーサルなどのために、一週間ほど前から王都には入っていなければいけなかった。
魔術学校を途中で辞めてしまって、上級まで行かなかったツムギは、移転の魔術をある程度使えるが、安全のために自由に使うことが許されていない。魔女騒動でイサギはこっそりと移転の魔術を使って王都まで飛んだが、あれも実のところ、許可されたものではなく、非常事態だったので仕方なくサナのお目こぼしを得たようなものだった。
「ツムギさんとは年越しができませんか……イサギさんと準備しているのに……」
「エドさん、お節作ってくれるの? 絶対食べたい……年越し蕎麦も……」
がっくりと肩を落とすエドヴァルドに、凛とツムギが顔を上げた。その表情は「絶対に家族で年越しをしたい」という決意に溢れていた。
「移転魔術師に飛ばしてもらうわ」
一応、魔術が使えないもののために、乗り合い馬車があるし、列車もある。更に金を積めば、それだけを生業としている、国の免許を持った移転の魔術専門の魔術師に、目的地まで飛ばしてもらうことができるのだ。
大抵、年若い貴族の子息が出かけるときや、富裕層で移転の魔術が得意でないものが利用することが多く、その代金は決して安いものではないが、ツムギは度重なるハードスケジュールの公演で最近は稼いでいたし、何より、家族での時間はお金にも勝ると判断したようだった。
「去年はツムギと二人きりやったのに、今年は、エドさんとクリスさんも一緒や。楽しみやなぁ」
「私もお節作るの手伝うよ。お正月も、公演が終わったらすぐに移転魔術師に飛ばしてもらって、帰ってくるね」
「ダリア女王と過ごさなくて良いのですか?」
何気なく問いかけたエドヴァルドに、ツムギは固まって、それから耳まで真っ赤になる。
「だ、ダリア女王様は、し、式典で、忙しいから、多分、私と過ごす時間はないよ」
「秋祭りのお礼も言いたいでしょうし、公演の後にご挨拶だけでもされてきたら良いですよ」
「お節、ツムギの分も残しといたるから、急がんでええで?」
「そ、そうかな」
赤くなりながらも、こそこそと「エドさん、また一緒にお手紙書いてくれる?」と問いかけるツムギに、エドヴァルドは穏やかに微笑んで了承していた。
お正月の一週間前までは、セイリュウ領で劇団の稽古に臨むツムギは、毎日、ヘロヘロになって帰ってきて、晩ご飯を食べてシャワーを浴びるとベッドに倒れ込んで泥のように眠っていた。
小雪もちらつくようになって、畑での仕事が少なくなって、代わりに薬草保管庫で収穫した薬草の処理をすることが多くなったエドヴァルドとイサギは、薬草が変質してしまわないように、火を使えないので、冷えた薬草保管庫の中で、体を寄せ合って作業をしていた。
「去年もこんな感じだったんですか?」
「去年はツムギと一緒やったけど、今よりもっと寒かった気ぃするわ」
隣りにエドヴァルドがいてくれて、肩をくっ付けて作業をするだけで、暖かく感じられる。痩せて細く、体温が下がりやすいイサギのために、エドヴァルドは湯たんぽを用意してくれるようになった。
足元と背中に湯たんぽを置いておくとぽかぽかと暖かいし、手がかじかんで動かなくなったときには、湯たんぽでしばらく温めれば良い。湯たんぽの導入は画期的だったが、ひとつだけ問題があった。
植物なので寒いと枯れてしまうはずのススキフウチョウのぴーちゃんも、スイカ猫のタマも、南瓜頭犬のポチも、それなりに元気でいるのだが、寒がってしっかりとイサギとエドヴァルドの足元の湯たんぽにくっ付いてくるのだ。
扱っているものが細かく擦った薬草だったりすると、ススキフウチョウの穂が混じってはいけないし、一度足元に陣取られてしまうと立ち上がることができない。
「あんさんら、こっちに湯たんぽ置いたるから、俺とエドさんの邪魔せんといて」
自分の分の足元の湯たんぽを少し離れた場所に置くと、今度はポチとタマとぴーちゃんで、取り合いが始まる。暴れられては仕事にならないので、結局、三匹分の湯たんぽも購入することになった。
「サナちゃん、これ、経費で落としてくれるやろか。ケチやから自費にしろ言われるやろか」
「ポチとタマとぴーちゃんの分は自費かもしれませんね」
苦笑しながら、冷めた湯たんぽのお湯を取り替えてくれるエドヴァルドの大きな手を、イサギはそっと握りしめた。
「エドさんが来るまで、寒いのは感じてたけど、それをどうにかしようとか思わへんかった。俺は俺を大事にしてなかった。エドさんが俺を大事にしてくれるから、俺も俺を大事にしようて思うし、タマやポチやぴーちゃんのことも大切にしようて思う。ありがとうな」
「私にとって、イサギさんは大事なひとですからね」
「俺にとっても、エドさんは、めっちゃ大事や!」
真っ直ぐにエドヴァルドの青い目を見上げると、頬に暖かな手が触れて、唇が重なる。初めてのときのような掠めるだけでなく、しっかりと唇の感触の分かる口付けに、イサギは頭から湯気が出そうなくらい興奮して立ち尽くしてしまった。
「す、好き!」
「えぇ、私もイサギさんが大好きです」
震える声の告白は、柔らかく暖かく受け止められた。
「エドヴァルドはんがそう言うなら、イサギとエドヴァルドはんの湯たんぽは経費で落としたるけど……」
「ぴーちゃんって、秋祭りで一番になったススキフウチョウっちゃろ? 雪が降る時期になったのに、枯れてないと?」
「イサギさんが優秀なのか、とても元気で、踊ってますよ」
「セイリュウ領の繁栄を願うお祭りで一番になったススキフウチョウが枯れんって、縁起がいいんやないと? サナさん、良いことあるかなぁ」
湯たんぽの話をしに行くタイミングが、レンも執務室にいるときを狙っていたのだと気付いて、イサギはエドヴァルドの後ろに隠れながら、彼の策士ぶりは弟のクリスティアンに勝るとも劣らないと感じる。悪意なくにこにことススキフウチョウのぴーちゃんのことを語るレンに、サナが弱いことをエドヴァルドは計算していたのだ。
「せやな、うちに捧げられたススキフウチョウが枯れたら困るもんな。……イサギ、枯らすなよ?」
レンには甘ったるい声で、イサギには地を這うような声で言って、サナは全部の湯たんぽにかかった代金を経費として落としてくれた。その後も、膝掛けや分厚い靴下の代金についてエドヴァルドが話に行くたびにレンが執務室にいて。
「エドヴァルドはんには敵わへん。イサギ、ほんま、大事にするんやで」
サナも色々と諦めて経費を惜しまなくなったのだった。
冬でもエドヴァルドとならば、イサギは暖かく作業ができる。惚れたあの日から、エドヴァルドの優しさと強さは変わっていないと、イサギは心も暖まるようだった。
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